11
軍事内局隊務部長フレーデリック・エフベルト・ミューレンは、子爵家の次男である。当然なことに爵位は継げず、食うため軍人となった。下に弟は三人おり、三男はライテン大学の神学部教授、四男は故郷ゼラント州の裁判官である。五男はというと、フレーデリックと同じ軍人であった。
ミューレン家の五男ハンスは、軍事学校が開校され、その学生を命ぜられると、早速不平を鳴らし始めた。
「なぜ、今さら、教育を受け直さなければならないのだ!」
というのが、その理由である。既に大隊長を務め、実戦経験も少なからず有する自分が、どうして改めて学校教育を受けなければならないのか、その理由がわからないのだった。
しかも、学校長はというと、どこから来たのかもわからない若造である。軍功も、あるとは聞いていない。それどころか実戦経験がありそうにないし、第一外見からして軍人らしくもない。
軍事学校開校間もない頃、ハンスは教場において、教壇に立った腹回りのやや太い学校長に対して、
「学校長どのは、いかほど実戦経験がおありなのか?」
と、挑戦的な質問を放った。
「ない」
ダイゴの返答は、単純で素っ気ないものだった。
教場内に、数十人分の敵意をはらんだ失笑が空気のように広がった。
「それで、何を我々に教えて下さるというのか?」
失笑を代表する形となって、ハンスはさらに攻め込んできた。
「では逆に問うが」
あらかじめ、このような反発は予期したような口ぶりだった。
「貴官らは、イスハニア軍に、これまでどれだけ勝てているのか?」
今度は、ハンスがダイゴから動かしがたい事実を突きつけられた。イスハニアが、オットマン相手に苦戦している現状の前、低地諸州同盟軍がイスハニア軍相手に連戦連敗だった事実を、である。
教場の空気は、緊張に張り詰めた。
「勝ててはおるまい。それは、戦い方が悪かったからである。私は、イスハニア軍に勝てる戦い方を諸君とともに考え、かつ徹底するために学校長を命ぜられた。新しい戦い方を不要と思う者は、止めない。この場を去れ。だが、イスハニア軍に真に勝ちたい者はここに残れ。選択は任せる」
ダイゴからの反撃に、直ちに声を上げる者はいなかった。だが、緊張は残された。
「そうまでおっしゃるなら」
一〇秒ほどして、ハンスが立ち上がって視線をダイゴと衝突させた。
「学校長どのの、勝てる戦い方とやらを、お見せいただきたい。我々が納得できるような、勝てる戦い方を」
ハンスは挑戦するつもりだった。少なくとも、ずぶの素人にしか思えない相手に、言いくるめられて服従するつもりはなかった。
「よかろう。見せてやろうではないか」
学生たちの目の前で、学校長は言い切った。
一週間後、学校舎前の練兵場で、模擬戦をおこなうことが、その場で決まった。
◇◇
両陣営が、大隊をそろえた。兵たちは、いずれも訓練中の傭兵である。練度に差はない。
「実施要領を、今一度確認する」
ダイゴが、学生一同を相手に説明を始めた。
「両陣営、各一個大隊で状況を開始する。両軍、一〇〇メットの距離から射撃可能とする。以後は、サイコロの振った数に基づき、銃の命中数を判定する。五〇メット以内は、全弾命中とする」
「承知いたした」
そう答えたハンスは、自らの大隊の位置へ向かった。
自分も向かおうとするダイゴに、アルテュールは、
「大丈夫でございますか、学校長どの」
と、心配げな声をかけた。
「案ずるな」
ダイゴは言葉を返した。内心とは正反対の堂々とした態度で。
――大丈夫、だよな……?
戦術は、改革案を練る過程で、十分考究したはずだった。ただ、実戦形式で試したことはない。いつかは来る試練がいよいよ到来した。
何といっても、自分には実戦経験はない。机上で描いた構想があるだけである。一方、敵は勝利体験に乏しいとはいえ、実戦での場数は踏んでいる。ここでしくじったら、これまで練った軍改革の構想も、軍監兼学校長の地位も水の泡である。
両陣営の大隊は、三〇〇メットの距離を置いて、対峙した。
審判官を務める学校職員が宣言した。
「状況開始!」
各大隊は、パイク兵を中央に置き、両サイドをマスケット兵で固めるという、似たような隊形である。公平を期すため兵数は同じだった。だが、それ以外は、自由に編成を定めてよいこととされていた。ハンスの赤大隊が従来式のパイク兵とマスケット兵の混成だったのに対して、ダイゴの青大隊は従来式よりマスケット兵の比率を高め、約半分がマスケット兵だった。
マスケット銃弾がある程度命中が望める距離は、せいぜい一〇〇メットである。その距離に至った時、両陣営が同時に最初の射撃をおこなった。もちろん、空砲である。
両大隊の中間に置かれた天幕の中でサイコロが降られた。
「赤大隊、マスケット兵二、パイク兵五死傷。青大隊、マスケット兵三、パイク兵四死傷」
判定が一時停止した両大隊に伝達された。その数だけ、隊列の中から、人員が引き抜かれる。
「状況再興!」
赤――ハンス側大隊は、前進を再開した。だが、青――ダイゴ側は動かない。代わりに、射撃したばかりの第一列が両脇を通って、最後尾に付き、第二列が射撃準備をして正面に出た。
「放て!」
ダイゴの命令が発せられた。
今度は、赤大隊のマスケット兵四、パイク兵二死傷。青大隊死傷なしだった。再度人員が引き抜かれる。
ダイゴが青大隊内でマスケット兵の数を、赤大隊の倍にしていた効果が表れた。
その間も、青大隊は第三列が射撃準備をして正面に出た。
「放て!」
赤大隊のマスケット兵一〇死傷、パイク兵二五死傷。
距離が詰まるに従って、射撃回数の多い青大隊の戦果は上がる一方だった。
両大隊の距離が五〇メットに達した。
「放て!」
「放て!」
この距離では、両軍とも全弾命中と判定される。
結果、赤大隊はこの時点で戦力の二五%を喪失した。一方、青大隊は五%程度の損耗である。この先、パイク兵に突撃をかけさせても、まず逆転は望めないのは明らかだった。
「状況終了!」
審判長役の副学校長が宣言した。模擬戦は終わった。
――ふぅー、負けんで済んだわ。
青大隊の後部で、ダイゴは帽子を脱ぎ、額の冷や汗をぬぐっていた。
天幕の前で両大隊が整列し、第一列目にダイゴとハンスが立った。
審判長の読み上げた損耗の数と勝敗の結果は、青大隊の軽損耗による勝利だった。
見守っていた将校学生たちは、当初声を発さなかった。だが、判定結果の発表が終わり、解散になると、口々に声を上げ始めた。
「バカげた結果だ!」
「青大隊は卑怯だ! 止まって銃撃ばかりで!」
「こんなもの、まやかしだ! 突撃に移れば、直ぐに――」
皆、ダイゴの勝利を是としないものだった。
「止めろ!」
だが、そうした学生たちの声を制する学生の声があった。
発したのは、ハンス・ミューレンだった。
「私は負けた。その事実は動かせない。従来の我が軍の戦法が間違っていたのだ」
ハンスは、振り返って、ダイゴの方に顔を向けた。
「学校長どの、勝てる戦いのやり方、しかと承った。今後、我々にそれをご伝授下され」
これ以後、ハンスは将校学生の中で、最も熱心に学ぶ者となった。




