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 ダイゴはアウグストに「旅行の成果をまとめたい」と申し出て、許可された。食事と用便の時を除いて、しばらくの間、勤務時間中は執務室から出ようとしなかった。早朝から深夜まで、机の前に座って紙にペンを走らせた。六日間かけて、これまでの思索と旅行の見聞を活かした建白書を書き続けた。

『低地諸州同盟軍の現状及び今後の課題』

 と題されたそれは、一日かけて推敲され、さらに三日を費やして書き直され、そして完成した。パソコンとプリンターがあれば二日で十分だったが、この世界には電気すらないから、すべて手書きになり、これだけの時間を要した。ダイゴはアウグストの予定を押さえて時間を予約し、長官執務室に持ち込んだ。

「今後の我が軍をどのようにすべきかを、まとめさせて頂きました」

 と文書の主題テーマを述べて、主な内容を項目順に口述した。

「わかった。時間をかけて読ませてもらう」

 アウグストからそう言われて、執筆者は退室した。

 ◇◇

 建白書では、

① 規律の確立

② 報酬支払方法の改善

③ 火力・機動力の強化

④ 砲兵・工兵の正規軍化

 という、これまでのダイゴの知的作業が、紙の上につづられていた。頁をめくる内、アウグストは内容の深さに引き込まれた。

 砲兵・工兵については、デ・レーケが案内した先代総督時代の戦場での見聞で補強されていた。その多くは、城塞を巡る攻防戦だったからである。この時代の野戦なら、歩兵と騎兵で十分である。だが、城を攻めるとなると、城壁を打ち崩す砲兵と、城壁の下に坑道を掘り進み、爆破したり陥没させたりする工兵が欠かせない。従来は閉鎖的なギルドを雇用する形だった砲兵と、土木作業を担う作業人夫の集団だった工兵を正規軍化し、軍の編制に組み入れることが、建白書上に記述されていた。

 ――何とも大胆な内容だな。

 ダイゴが申し出た任務を、承認したのは自分である。だが、その成果は、事前の想像を大きく上回った。この改革を実現しようとすれば、軍事予算は膨張するだろう。全国議会相手に、難しい交渉が予想された。だが、難問は別にもある。

 ――誰が実行する?

 こと軍事行政については、実務レベルにおいて軍事内局長官である自分に全権がある。誰に任せるかは、一存で決められる。では、具体的に誰に任せようか?

 ――言い出した本人にさせてみるがよかろう。

短時間の自問自答で、結論は出た。正直なところ、この試みが大変な冒険になることは、アウグストにもわかる。だが、従来実戦を采配してきた自分が、今では戦場に出られず、さりとて他に人材は見当たらない。

 ネイザーラントでは、軍人の社会的地位は相対的にさほど高くなく、優れた能力を持つ者は文官に偏りがちなのである。イスハニア相手の危機的状況を打破してくれるなら、出自を問うている場合ではなかった。それが実情なのである。

◇◇

 建白書を提出した三日後、ダイゴはアルテュールを介してアウグストの呼び出しを受けた。建白書の内容に自信はあったが、自分では見抜けない問題があったかも知れない。あるいは、従来の軍の在り方を、大きく否定しかねない内容であるため、却下されるかも知れない。そういう不安を抱えつつ、ダイゴは長官執務室へ向かった。

 ダイゴが入室すると、執務机の向こう側に座ったアウグストが待ち構えていた。アルテュールは、そのまま父の傍らに控えた。

「貴公、建白書の内容に、自信はあるか?」

 とアウグストは質問を放ってきた。

「ございます」

 自分が知力の限りを注ぎ込んで(リーセロットの役に立ちたい一心で)書き上げた建白書に、自信がないとは言えなかった。

「では、貴公に任せよう。建白書の内容を実現してみせよ」

 アウグストは、よろめきつつ立ち上がって宣告した。

「貴公を低地諸州同盟軍の軍監に任ずる。軍改革のため、全権を与えよう。正式の任命式はまだ先だが、今日から準備に入れ」

 思いもよらない言い渡しに、ダイゴは少々度を失った。

「軍監、でございますか……?」

「左様。同盟軍の総司令官たる総督の幕僚長という意味だ。必要なことは、何でも言うがいい」

 ダイゴは、面食らった。せいぜい建白書が上に取り次がれて認められ、少しでもリーセロットに近付くチャンスができればいいという願いでおこなってきた作業だった。それが、彼女の幕僚長になってしまうという結果になった。だが、これは願ってもないチャンスが到来したということではないか。リーセロットの傍に仕え、独立戦争の采配を振るえるのである。目論見は大当たりとなった。

「息子を貴公に委ねる」

 アウグストは、傍らに控えていたアルテュールの方を向いた。

「副官としてでも使ってやってくれ」

「よろしくお願いいたします。軍監どの」

 前に進み出て、アルテュールは一礼した。

「ありがたく、承ります。閣下」

 ダイゴは、膨張した胸の中を抑えて、そう答えた。

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