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 嫌な時が遂に訪れた。その日の旅程には、ネイザーラント有数の大河レッグ川を船で東へ遡ることが含まれていた。

 ダイゴたちは数十人の旅人のなかに入って、ロッターダム市の船着き場から川船に乗った。船の動力は風である。大陸西岸では、年を通じて西の洋上から強い風が吹いており、その風を利用して船は川上に向かうのである。

 出航してから、船酔いを覚悟していたダイゴは、意外の感を受けた。船というと彼にとっては揺れる乗り物であったが、この川船ではほとんどそれがないのである。

「補佐官どの、いかがされましたか?」

 不思議さが顔に現れたか、デ・レーケが尋ねてきた。

「いや……あまり揺れないものだと思ってな」

「海の上を進む船とは違います」

 デ・レーケは知識を披露した。

「河口から国境を越えてゲルマーニャに至るまで、高低差はわずかです。流れというものは、ほとんど感じさせない程度に過ぎません。このとおり、風を使えば、容易に川を遡ることができます」

「それでは、逆に川下に向かって進むときは、苦労するのではないか?」

「心配はございません。帆を上手く傾けることで、船は風上にも進むことができます。このような次第で、我が国とゲルマーニャなど内陸との間の人や物の往来は、河川に頼っております」

 揺れがないなら、船酔いの心配もない。ダイゴは安心することができた。川の上を見渡す余裕も出てきた。かなり大型の船が、レッグ川の水面上を運航しているようだった。川岸を見ると、時たま水門が目に入って、川に運河カナルが接続していることがわかった。

 デ・レーケに尋ねると、

「大河川は、専ら東西に流れております。南北方向への水運は、運河に大きく頼っております」

「運河は多いのか?」

「我が国を流れるレーン川、レッグ川、ワールー川、エイゼル川の間には、幾本もの運河が掘られ、大型船も通れるようになっております」

 ――これは、使えるのではないか。

 ダイゴは、インスピレーションが湧いたような気がした。戦場から戦場の移動すなわち戦略機動は、古今東西を通じて大問題である。人馬の移動と同時に大量の補給品を輸送しなければならない。

「ふむ、船を使って、川の上を移動すれば、かなり楽に輸送ができるな」

「おっしゃる通りです。これまで、我がネイザーラントが苦戦した戦いは、ほとんどすべて、敵が河川の利用に便利で、我が方が河川の利用に不向きな土地での戦いでした」

 脇では、黙ってアルテュールが両者の会話を聞いていた。

 船はそのあとも順調に西風に乗って川上に向かい、夕刻にはヘンダーラント州都の船着き場に接岸した。多くの乗客が降りた後で、三人は馬を連れて上陸した。

「今夜はアンヘルムの街で宿泊します。よい宿に目星をつけておきましたので」

 馬に乗る前に、デ・レーケが二人に告げた。

 馬でアンヘルムに向かう道を進みながら、ダイゴは考えた。

 ――どのくらいの大きさの船が使えるかが問題だな。

 アンヘルム市街に入り、大きめの宿に入った。客室に通され、旅装を解くと、夕食までの時間、ダイゴはその日の見聞をメモにまとめ始めた。

「補佐官どの、夕食の時間です。食堂に参りましょう」

 と、アルテュールが声をかけるまで、ダイゴはそのような作業に没頭していた。

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