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 ――なぜ、信長はあんなに強かったのか?

 軍事内局二階に与えられた執務室の机の前で腕組みし、ダイゴはそこから考えることにした。従来の職務であった進講に加えて、思索の結果アウグストに具申して認められた任務が、低地諸州同盟軍の今後をどうするか、研究することであった。

 一冊の本を広げる。

「近世軍隊とはなんだろうか。単純化するならば、それは戦争のみに専念する軍隊のことである。中世軍隊は、行軍や戦闘に伴って物盗りや人盗りを必ず伴うものだったし、戦争全般において統制が取れていなかった。町や村そして寺社などが巻き込まれて、略奪や放火にさらされることも戦場の常識だった。

 これが、信長に始まる天下統一戦を通じて厳禁され、軍隊についても陣立書や軍法が強制されてゆくようになる」(藤田達生『戦国日本の軍事革命』中公新書、一六三頁)

 元の世界から飛ばされてきた時、偶然リュックに入れていた新書が、ヒントを与えてくれた。もう何度も読み込み、主な項目は暗記してしまっていたが、今一度熟読することにした。

 ――戦争のみに専念する軍隊か。

 それ以前の封建的軍隊との違いで考えた。封建制下では、軍隊といっても、基本的な単位は一族郎党である。いってみれば、親兄弟親戚一族が主力を構成し、それに使用人である下人・小者が付き従って集団を成していた。これらが主君・棟梁を中心に集まって、軍を編成していたのである。当然、五人しかいない一族もいれば、三〇〇人の一族もいた。主君との間には主従関係があり、主従関係上で大きな意味を成すのは「一番乗り」、「一番槍」であった。個人の手柄を立てることが戦闘の目的である。封建時代の軍隊とは、一族郎党が自主性を持って(というより勝手バラバラに)戦っていたのである。当然、近代的軍隊に必要不可欠な規律や軍法というものは存在しない。腹が減れば村や町から略奪し、金になるのであれば人さらいと人身売買にも手を染めた。

 だが、信長の手によってそれは一変した。信長は隷下の軍隊を陣立書によって組織的に編成し、軍法を制定して規律を強制した。集団戦から組織戦に移行し、そのために必須な規律を課したのだった。これこそ、信長の作り上げた近世軍隊である。

 アウグストに呼ばれた折に訊いてみると、ネイザーラントでも軍の略奪にはしばしば苦しめられているという。かつて「イスハニア軍の逆上」が起きたように、給料が遅配気味の時があるらしい。傭兵には、金銭以外に戦う動機はない。

「神聖帝国がどうなろうが 俺たちちっとも構いはせん 明日にでも滅びちまえばいい」

 という行軍歌が、神聖帝国の傭兵ランツクネヒトたちに歌われているのが現状であると聞かされた。

 傭兵たちは、渡された給料から、日々の糧食や日用品を従軍商人から購入するのである。そのため、給料が渡されなければ、即略奪に走る(走らざるを得なくなる)。

 加えて、ネイザーラントは主食となる穀物をあまり生産していない。農業生産は、亜麻、菜種、茜、ホップなどの工業用作物や野菜、果物といった園芸作物に大きく偏っている。小麦やライ麦は、ゲルマーニャやその東側に位置するポルスカ王国からの輸入に頼っており、当然略奪の対象となる食糧パンにも大きな余分はない。これが余計に略奪に拍車をかけるという。

 また、給料遅配となれば、略奪を始めるのは、敵に限った話ではなかった。傭兵が主力なのはネイザーラント軍も同様であり、全国議会の認めた予算を使い切ると、給料は支払われなくなり、住民は味方の軍による兵禍にもさらされる(後世の歴史家のなかには、「この時代の軍隊は、地表を食い荒らしながら進んでいく害虫のような存在であった。あとには、飢餓と廃墟が残された」と記す者がいるほどだった)。住民としては踏んだり蹴ったりであり、戦場となることの多い南部の州からは、全国議会を飛び越えて住民代表が首都の同盟政府に陳情に来るほどだった。

「戦いは、他所よそでやって欲しい」と。

 ダイゴは、事務用紙を取り出し、ペンを走らせ、

「1 規律の確立」

 と書いた。これが第一の課題となる。

 軍に規律を守らせるためには、どのようにしたらいいか。第一には、信長やその配下の武将が出陣の度に出していた兵に略奪や暴行、放火、強姦などの非行を禁じ、違反した場合には厳罰に処したという軍法の制定である。

 従来からネイザーラント軍に軍法がなかったわけではなかったが、処罰は軽めで、しかも裁判権は、傭兵を一〇〇人の単位で各国から徴募してくる傭兵隊長(ネイザーラント人とは限らない)にあった。傭兵隊長は、傭兵を連れてくると中隊長の地位を与えられ、低地の軍人が務める大隊長以上の指揮官の部下となる。だが、傭兵隊長が自分の手駒である傭兵を厳しく罰することはない。そんなことをしたら、その傭兵隊長には悪評が立ち、次回から傭兵が集まらなくなる恐れがあったからである。

 軍法を制定するだけでなく、軍における裁判権を傭兵隊長から回収して、全軍の司令官に掌握させることが必要だと、ダイゴは結論付けた。だが、軍法という鞭だけでは、十分でない。略奪の原因は、給料の遅配(及びそのための糧食の欠乏)にある。兵に給料が確実に渡っていれば、略奪は抑えられるかも知れなかった。

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