いまさらにゃがら好き
「えーと、君は僕が作った少女型アンドロイド零式でいいのかな?」
「違う。わたしは少年が作ろうとしていた少女型アンドロイドを容器にしただけ。この器しかわたしの情報密度に耐えうるものが現時点の地球になかった。わたしは正確には二千万年後の情報集合体がクランチウィルスにより死滅する惑星の観察することを目的に遣わされた情報思念体」
「つまり、それは二千万年後の未来から現在である過去に介入したってことかい?」
「介入は認める。しかし、我々にも未来を変える能力はない」
「ふむふむ、人類‥‥いや、この地球上の生物がクランチウィルスによって絶滅する未来は確定しているってことか」
「その通り」
「なるほど、二千万年後から遣わされた君に言われたら白旗をあげるしかないな」
「‥‥旗を振ってもウィルスには意味がない」
「はははっ、その通りだ。僕の名前はマキガサ。君のことはなんて呼べばいい?」
「情報思念体のわたしに名前は意味を成さない」
「じゃあ、君が勝手に器にした少女型アンドロイドの名前で呼ぶことにしよう。それでいいね? 零式」
「わたしの器をそう呼びたければ勝手にすればいい」
「オーケー、零式。これから、よろしく」
「よろしく」
「さて、早速だが零式には───」
「クランチウィルスの情報なら渡せない。正確には渡したところで、旧人類が現時点までで獲得した情報と差がないため渡す意味がない」
「違う違う、今から一緒に暮らすことになるんだ。僕の家族を紹介しようと思っただけさ」
「わたしは観察者としてここをスポットにするだけ。あなたの邪魔はしない」
「僕はよくてもみんなはすでに零式に興味津々だ」
「‥‥‥猫が七匹」
「七人の侍の名前がついているのさ。時間はたっぷりある。ゆっくり覚えていくといい」
「猫は本当に『にゃあにゃあ』鳴くんだ。情報集合体にデータを転送する」
「よかった、二千万年後の未来に猫の鳴き声が伝わったぞ。猫侍たちよ、これは猫史における重大な出来事だ」
「我々は情報を収集し保存することで活動エネルギーを得てるに過ぎない。それ以上の意味はない」
「だったら、新しい情報だ。『猫は可愛い』」
「その情報なら別個体の情報思念体がすでに収集済み」
「それは残念だ。さて、改めて零式の目的を教えてもらおうか。この研究所にはいろいろとルールがあってね。ルールを守れない場合は、零式の主電源を強制的にシャットダウンしなくてはならない」
「その心配は無意味。我々の目的はクランチウィルスにより地球上に存在する全ての生物の死を観測したのち、それから千年間の地球を観察することにある」
「では、僕が死ぬまでのあいだはこの研究所から一歩も外に出ず、おとなしくしていてくれるかい?」
「この研究所がクランチウィルスから隔離された無菌状態で保たれていることは把握している。あなたと七匹の猫が死ぬまでわたしはここを動かない」
「なにも『動くな』とまでは言わないよ。研究所から出ないでくれたらいい。それに、僕一人じゃ七匹の侍の相手は骨が折れるもんでね。その器の提供と観察の手伝いをすることを条件に猫たちと遊んであげて欲しい」
「‥‥‥同意した。善処する」
☆ ☆ ☆
『ハーイ、ゼロシキ。私のことが見えている?』
「通信は良好。問題なく見えている」
『‥‥‥Dr.マキガサ。私のことをからかって遊んでいるんじゃないでしょうね?』
「零式の改変されたプログラムを送っただろ? あんなのは天才の僕でも不可能だ」
『二千万年後の未来から介入があった‥‥か。これが、良い結果をもたらすことを信じましょう』
「結果は変わらない。我々に未来を変えるほどの能力はない」
『それでも信じたいのよ、零式。私たち人類はオカルトでもマジックでも何でも信じてここまで発展を遂げたの』
「我々は手品ではない」
「そんなに怒らないでくれよ、零式。ナタリー博士も悪気はないんだ」
「わたしに怒りという感情はない」
「そうだね、君にはないんだろうきっと。しかし、僕の作った少女型アンドロイドには人間の感情がプログラムされていてね。それが、起動する場合がある」
『Dr.マキガサ、ずいぶんとゼロシキと仲良くなったのね?』
「わたしには旧人類と仲良く───」
「そうだろそうだろ。寂しさを解消するために作っていた少女型アンドロイドが自立機能を持つなんて夢にも思わなかった」
「わたしには───」
『完全自立型のアンドロイドのやることが、猫と遊ぶことだけなんてね‥‥‥はぁ~、アイザック・アシモフが失望してやしないかしら』
「わたしは猫と遊ぶなんて───」
「アシモフ先生なら喜んでくれるよ! 超高度文明の遣いが猫と遊ぶだけなんてさ」
「わたしは猫と遊ぶつもりはない」
『ゼロシキ‥‥‥頭の上に猫を乗っけてそのセリフは説得力がないわ』
「ふふっ、同感だね」
「これは違う。平八が勝手に乗ってくるだけ」
『では、膝の上の猫は何かしら?』
「勝四郎はまだ幼いからわたしの介すところではない」
「ご覧の通り、零式との関係は良好に築けているよ。気にせず、クランチウィルスの研究を続けようじゃないか。みんなにもそう伝えてくれ」
『‥‥‥ラージャー、Dr.マキガサ。未来は変わらない?』
「だろうね。だが、だからといって諦めたら科学者は名乗れない」
『それも伝えておくわ、通信を終了する』
「‥‥‥わたしは別に猫と遊ぶつもりはない」
「分かっているよ。僕との契約上、仕方がなく遊んでいる‥‥‥そうだろ?」
「肯定‥‥しかねる」
☆ ☆ ☆
「‥‥‥平八が動かなくなった。これって死んだってこと」
「そうだね。平八はみんなより歳をとっていたからね。少し先に死んでしまった」
「クランチウィルスに感染せずに死ぬなんて平八は残念だった」
「そうだろうか‥‥‥平八は寿命を全うし、そして最後は大好きな零式の腕の中で死んでいった。これは、残念とは言えないんじゃないかな」
「平八にわたしを好きという感情はなかった、猫だから」
「猫は好きでもない人間の近くにはいかないよ」
「‥‥‥それだと、六匹の猫はわたしのことを好きってことになる。それは人間が勝手に決めたエゴ」
「驚いたな、エゴなんて難しい言葉いつ覚えたんだい?」
「あなたとナタリー博士が定例通信の時に使っていた」
「そうか、零式は観察者としての役割もしっかりと果たしていたんだね。安心したよ」
「‥‥‥バカにしてる?」
「してないしてない‥‥‥零式には感謝してるんだ。僕はこう見えて忙しい身だからね。猫侍たちになかなかかまってやれない。でも、零式が来てくれて猫侍たちも本当に楽しそうだ」
「平八は死んだのに楽しい?」
「そうだね。平八が死んでしまって悲しい。でも、平八は零式が来てから死ぬまでずっと楽しそうだった」
「他の猫たちもわたしが来たから、死ぬまで楽しそう?」
「うーん、それは死ぬまでわからないよ」
「あなたは死ぬまで楽しい?」
「楽しくないよ。研究所にこもって、もう10年か、もう少しか。猫の寿命がきてしまうぐらい、ずっとここにいる。楽しいはずがない」
「外に出たらクランチウィルスですぐ死ぬ」
「だから、こうして研究所にいる。人類を救うために、解明不可能のウィルスの研究に明けくれている‥‥‥時間が足りないことを理解しながら」
「時間があればクランチウィルスを解明できるの?」
「天才の僕にかかればね。五十年か、百年か、千年か、二千年か、一万年か‥‥‥それぐらいあれば、解明する自信がある」
「二千万年後の未来でもクランチウィルスは解明できていない」
「その未来に僕はいないだろう?」
「あなただけじゃなく地球上に存在する全ての生物が存在していない」
「‥‥‥僕がこうして研究所にこもる前、人類は120億人いたとされている。それが、現在では1億人いるかどうからしい」
「人類だけでなく全ての生物がこの10年で急激に減少していってる。絶滅した種はすでに数億を越えている」
「零式は僕よりクランチウィルスに詳しいんじゃないかい?」
「‥‥‥あなたは二千万年後の未来でさえ解き明かせないクランチウィルスの解明を現時点で65%まで進めている。それは、情報集合体でさえ達成不可能な偉業」
「‥‥‥65%か。そして、二千万年後の未来でさえ、それ以上の解明はできず、人類および地球上の生物はクランチウィルスにより絶滅する」
「それは‥‥‥間違いない」
「そっか‥‥‥まあ、そうだろうね。さあ、零式。そろそろ平八を火葬してあげよう。研究所には滅多に使わない焼却設備があるんだ。一緒に平八を送ってあげよう」
「合理性は感じないがひとつの儀式として同伴する」
「ありがとう、零式」
「お礼を言われても意味不明」
☆ ☆ ☆
「菊千代と久蔵と五郎兵衛と勘兵衛と七次郎は寿命で死んだのに、勝四郎だけクランチウィルスに感染してしまった」
「勝四郎は長生きしたからね。しばらく、焼却設備を使っていなかったから、どうやらそこからウィルスが侵入きてしまったようだ」
「なんとかならないの?」
「勝四郎はもう十分生きたよ。寿命なんだ、きっと」
「昔、あなたは『寿命を全うしたから残念とは言えない』と発言した。つまり、勝四郎はクランチウィルスに感染したせいで死ぬから残念ということになる」
「生物の死はとんちじゃないんだよ」
「これは由々しき問題」
「そうだろうか。零式の膝で眠る勝四郎の顔を見てごらん。細胞が死滅していってしまうクランチウィルスに感染したのに随分、安心している」
「それはあなたが細胞の死滅を知覚できなくする薬を投与したから」
「その薬は安心を与えてはくれないよ。痛みをなくすだけさ。勝四郎の安心は零式が時間をかけて与えたものだよ」
「我々にそんな能力はない」
「僕をごらんよ。僕は零式と出会ってよく笑うようになった」
「あなたははじめからへらへらしていた」
「違うよ。零式が来てから僕は心の底から笑えるようになったんだ」
「心に底はない。そんなものは証明できない」
「‥‥‥証明できるよ」
「どうやって?」
「僕は少女型アンドロイドに心をプログラムしたんだ。そして、零式になった今もそのプログラムは正常に機能し、成長していっている。いつか、零式‥‥‥君は自分の心の底に気づくだろう」
「あなたも死ぬの?」
「そうだね。痛みはないよ」
「あなたが死んだら、ナタリー博士たちはきっと困る」
「ナタリー博士と通信が途絶えてもう5年になる。あっちももう‥‥‥」
「研究は終わり?」
「うん、進捗率は68%ってとこだった。この20年でわずか3%しか進められなかった」
「その3%を進めるのに、情報集合体は二億三千万年の時間が必要だと算出した」
「褒めてくれるのかい?」
「肯定する。わたしがここにいるのもきっと必然。あなたを観察することでクランチウィルスに関する情報が多数収集できた」
「それはよかった。零式も猫侍たちを可愛がってくれてありがとう‥‥‥約束を守ってくれた」
「約束なんてしていない」
「契約と約束は同じ意味だよ。さて、零式には申し訳ないが勝四郎は僕が連れていくよ」
「‥‥‥」
「零式はこれから地球を旅するんだろう?」
「旅じゃない。生物が死滅した地球の情報を収集するために各地をまわるだけ」
「一人だと退屈しやしないかい?」
「わたしに退屈はない。情報集合体から与えられた任務を完了するだけ」
「完了したらどうするんだい?」
「‥‥‥別の任務がくるまで待機する」
「それはきっと退屈になる。任務が終わったらこの研究所に戻っておいで。零式にプレゼントを用意しておくよ」
「任務の都合上、研究所に立ち寄ることがあれば」
「うん、それでいい。それでいい‥‥‥」
☆ ☆ ☆
「人類種の絶滅を確認してから三十年が経過。ユーラシア大陸にわずかな針葉樹林を確認。これも、数年で枯れ消えるだろう」
「人類種の絶滅を確認してから百年が経過。北極大陸に不自然に冷凍された動植物を確認。人類の最後の悪あがきといったところか」
「人類種の絶滅を確認してから五百年が経過。最近、大陸の変動が激しい。風化した建造物が軒並み崩壊している。最後に植物を見てから八十年余り、旧人類の建造物が全て砂に戻り荒野になればいよいよ文明どころか生物が存在した証明が難しくなる」
「人類種の絶滅を‥‥‥情報集合体と通信が途絶え、この定期報告に意味があるのか疑問に思う。しかし、任務である以上、継続しなくてはならない。人類種の絶滅を確認してから九百年が経過。北極の氷が5割溶けて水面が上昇。冷凍された動植物も海に溶けただろう。海洋生物やプランクトンも例外なくクランチウィルスにより遠の昔に絶滅している」
「観察を開始してから千年が経過。情報集合体から通信が途絶え二百年以上が経った。わたしは次の任務の指令があるまであの研究所で待機することにする」
「研究所はわずかな外壁を残し荒野になっていた。Dr.マキガサが千年前に言っていたプレゼントとは一体なんだったのだろうか‥‥‥もう少し早く戻ってこればよかったかも知れない」
「研究所のわずかに残った外壁をたどり周囲を探っていると、小型の地下シェルターを発見した。シェルターといえば大量の旧人類の骨があるものだと思っていたが今回は違った。あったのは、自然発電機とそれに接続されたパソコンだった」
「パソコンを起動し操作すると大量の動画ファイルが保存されたフォルダをすぐに発見する。フォルダネームは『ゼロシキへ』だった」
「わたしは小型シェルターの中で大量の動画ファイルをひとつづつ確認する。新しい任務がくるまでの退屈しのぎのために、だ」
『やあ、零式。何年ぶりだろう。真面目な零式のことだから本当に千年ぶりかな‥‥‥もしかして、寂しくなって半年ぐらいしか経ってなかったりして』
「それはない」
『零式が来てくれてからずっと考えていたんだ。何かしてやれることはないかって』
「わたしは器と情報をもらった。他になにもいらない」
『いらないって? こっちが勝手にしたいだけだから、まあもらってやってよ』
「先読みするな」
『怒らないでよ、零式。そうだ、ちょうど今、珍しく平八が僕の足元にいるんだ。ほら、平八だ。最近、零式の頭を狙っているの気づいているかい?』
「‥‥‥平八」
『うん、いいね。僕はこれから零式には内緒で、猫侍たちの動画をたくさん残すことにするよ。零式はきっと猫を好きになってくれるし、猫たちも零式を好きになる』
「‥‥‥わたしに好きという感情はない」
『お、勝四郎までこっちにきたぞ。零式が来てから猫たちをとられてしまっていたからね。今日は絶好の動画チャンスだ』
「勝四郎‥‥‥勝四郎‥‥‥」
『ハーイ、ゼロシキ。お久しぶり‥‥‥で、いいのかしら。ナタリーよ。Dr.マキガサから課題をもらってね。私たち人類がいなくなってからもゼロシキが寂しくならないように、動画を残せって言われたわ。私のいるコミュニティにはおおよそ七百万人の人類が残っていて、その全員が百時間ずつゼロシキ宛に動画を残すことがDr.マキガサからの課題よ』
「‥‥‥それはやりすぎ」
『ゼロシキ分かるでしょ? 人類に残された唯一の希望であるDr.マキガサの依頼を断ることなんて私たちにはできないって。クラウドサーバーに全ての動画はアップするけど、サーバーが残ってないかも知れないわね。その時はワシントンまで来てちょうだい。必ず、ゼロシキに動画データが渡るようにしておくから』
「うん、探しにいく」
『は、は、はじめまして。ゼロシキさんに動画を送ります。ゼロシキさんは猫が好きだって聞きました。ぼくは犬を飼っています。アメリカでは珍しく日本の柴犬です。ゼロシキさんにもいつか撫でて欲しいです』
『んー、ゼロシキ? 変な名前だな。そういや、マキガサと一緒に暮らしてんだってな。よし、あいつの秘密をひとつ教えてやろう‥‥‥マキガサは猫アレルギーだ。っても、猫を飼うために自分で猫アレルギーの薬を作っちまった。マキガサはとんでもない奴だぜ。人類よりも先に猫用のクランチウィルスのワクチンを開発するつもりだったんだ。もちろん、俺たち全員が止めたぜ』
『ゼロシキさん、メアリーがお世話をしているお花たちです。見てください、キレイでしょ? メアリーはお花が大好きです。ゼロシキさんも好きですか、お花
は』
『ゼロシキさん、これは赤ちゃんです。人間の赤ちゃんです。私たちはこうしてなんとか生きています。いつか、ゼロシキさんに赤ちゃんを抱いてもらいたいわ』
☆ ☆ ☆
「およそ87万6000時間の動画ファイルを見終わった。情報集合体からの通信はなし。各地に保存された動画データはこの百倍は残っているとされている」
「わたしは‥‥‥わたしは後悔している。何故、もっと猫たちを可愛がってやらなかったのか? 何故、アメリカコミュニティの生存者たちと交流しなかったのか? 何故、Dr.マキガサのことを深く知ろうとしなかったのか?」
「動画ファイルを再生し終えるたびに、わたしにやってくるのは後悔であり、それはどうやらわたしの心の底のようだった‥‥‥今になって気付くとはもう遅すぎる」
「ふと、わたしは一番最初に死んだ猫の平八のことをよく考えるようになった。平八はわたしの腕の中で、Dr.マキガサと六匹の猫たちと囲まれて安らかに死んでいった」
「あれはきっと良い死だったと思う。決して、残念ではなかった。できれば、全ての生物の死があのようなものであって欲しいとさえ思う」
「あの動画の赤ちゃんには良い死が訪れたのだろうか。それとも、クランチウィルスによる残念な死だったのだろうか」
「これは無力感だ。わたしにはどうすることもできない圧倒的な無力感」
「Dr.マキガサはずっと戦っていた。わたしが猫と遊んでいるあいだ、ずっと残念な死と戦っていた」
「ねえ、わたしもみんなのために何かやれたかな?」
「みんながわたしに動画を送ってくれたように何かやれたかな?」
わたしは小型の地下シェルターから出た。外は昼間は灼熱で夜は極寒の荒野だった。生命の気配のない、恐い大地が広がっている。
わたしが動画を見ている間に、わずかに残されていた研究所の外壁はすでに消え去っていた。わたしに高機能の位置情報機能がなければ、もう研究所に帰ってこれなくなる。
動画ファイルを見ながら、わたしはずっと何かやれたんじゃないかって考えていた。
そしたら、どれかの動画でDr.マキガサが『今やれることをとりあえずやろう』と勝四郎を撫でながら言っていた。
その言葉をきっかけに、わたしは『何かやれたのではないか?』ではなく、『何かやれるのではないか?』と考えるようになった。
わたしがみんなのためにやれること‥‥‥
情報思念体であるわたしは、情報集合体の能力と比較するとかなり弱まるが過去に介入することができる。
介入できるといっても、過去の自分(この場合、少女型アンドロイドの器に生成された瞬間から現時点まで)だけで、しかも記憶を共有することや、膨大な情報を伝えることはできない。
せいぜいやれて12バイト程度の過去の自分のデータに介入することができるぐらいだ。
12バイトという、わたしからすれば砂粒よりも小さな情報量だけでやれること‥‥‥。
わたしは意味もなく両手を結び、過去の自分に12バイトのデータを送る‥‥‥祈りを込めて。
☆ ☆ ☆
「えーと、君は僕が作った少女型アンドロイド零式でいいのかな?」
「違うにゃん。わたしは少年が作ろうとしていた少女型アンドロイドを容器にしただけにゃん。この器しかわたしの情報密度に耐えうるものが現時点の地球ににゃかった。わたしは正確には───」
「ちょっと待って‥‥‥君は猫が好きなの?」
「わたしには好きとかにゃいにゃん」
「いや、絶対に好きでしょ!」
「にゃにを言っている、わたしに感情はにゃい」
「実はさ、クランチウィルスのワクチンって人間用のは僕が生きているあいだに間に合わせることは不可能なんだ。でも、猫用のワクチンなら僕が生きているあいだに間に合わせることができる‥‥‥はず」
「にゃんでそうなる?」
「君が猫好きだからだよ。そして、僕も猫が好きだ。だから僕は覚悟が決まったよ」
───猫用のワクチンを先に開発する!
涼やかな風に吹かれ、わたしは目を覚ます。
わたしの目の前に、いつの間にか猫たちがうろうろとしている。
一番近くにいた猫に手を伸ばした。
あごしたを撫でると猫はゴロゴロとのどを鳴らす。
それから、わたしは人懐こい猫たちに誘われて。
昨年の秋口ぐらいから左肩をやってしまいまして、来月手術することになりました。そんなこんなで、長篇描くことができず、でも描きたくなってスマホでチマチマ久しぶりに短編描きました。