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沙織2

フードコートで、沙織の夢について話を聞く。

沙織がその夢を見るようになったのは、初潮がはじまってからだった。

 フードコートは、学校帰りの学生たちで半分ほど埋まっていた。

 ぼくらの高校の制服はむしろ少数で、H女子高やJ高校、B学園などいろいろな制服がある。

 カップルらしき男女もチラホラいる。


 ぼくと沙織は、窓際のテーブルを確保した。

 店舗からはすこし離れているけど、落ち着けそうな場所だ。

「モスのフィッシュバーガーとアイスティーのセットね」

「ぼくがおごるの?」

「安いもんでしょ。胸を当ててあげたんだし」

 沙織は、テーブルに肘をついて、フフっと笑っていた。

 すごい意地悪な顔をしていた。

 ぼくは、(わざとだったのかよ)とブツブツいいながら、モスバーガーのカウンターに並んだ。

 沙織のフィッシュバーガーセットと、自分の照り焼きチキンセットを買って戻った。

「悪いわね。私がおごらせたみたいで」

「早川さんって、ときどきすごく性格悪いよね」

「そうかしら。先生に、とてもいい子だって褒められるのよ」

「付属高校のイメージが変わりそう」

 ぼくは、包み紙を開いてハンバーガーにかぶりついた。

 沙織が、こっちをじーっと見てた。

 大きな瞳でマジマジとぼくを観察するみたいに。

「食べないの?」

「ううん……楠くんって、子供みたいな食べかたをするんだなって思って」

「行儀が悪いってこと?」

「私、男子がガツガツ食べるのって好きよ。なんでも美味しく食べてくれそうだし。見てて気持ちいいわよね」

 沙織は、モソモソとハンバーガーを食べた。

 一口一口、小さくかじるみたいに。

 口もとにソースをつけたりしない。

「やっぱりモスが一番ね。値段がすこし高いけど」

「マックも悪くないけどね」

「私、モスのフライドポテトが好きなの。ポテトの味がしっかりしてて。まえの高校でも、よく学校帰りにこうして寄り道してたなぁ。中学のときから、5人でずっと仲のいいグループがいたの。休みの日にはイベントやセミナーにいったりして」

 沙織はポテトを指でつまんで頬張る。

 ストローに口をつけて、アイスティーを飲んだ。


「……でね、ここからが本題だけど。いまからいうことは、かなりセンシティブな話だから、まじめに聞いてほしいの」

「センシティブ?」

「私、初潮が中学1年だったの」

 ぼくは、飲んでたコーラを吹き出しかけた。

(いきなり、なんちゅーことをいうんだ)

 と思った。

「だからいったでしょ、センシティブだって」

「っていうか、いきなりそんなことをいわれても」

「まじめな話なの。私がその夢を見るようになったのは、生理がはじまってからなのよ」

 沙織の表情は、いたって真剣だった。

 ぼくをからかったり、困らせようとしているふうではなかった。

 それに沙織はそんなことを冗談でいうような女子ではない。すくなくともぼくが知るかぎりは。

 

「はじめは、なにが起きてるのかわからなかったの。真っ暗な場所で、目がさめて……水の音が聞こえる。まるで私だけ、深い森の中に取り残されたみたいに。とても怖くて、とても寂しい。暗闇の中で、泣いて助けを呼んでも、だれも来てくれないし、返事もないし、時間がすぎるのを待つだけ。それを毎月1回、生理の日に見るの」

「中学1年からずっと?」

 沙織はうなずいた。

 ぼくに、理解をしてほしいと黒い瞳が訴えていた。

「……それと、私、生理がすごく重いの。初日はとくに。男子にはわからないと思うけど、貧血みたいになって、一日中ベッドから起き上がれなくなるぐらい。ママが心配になって、大丈夫? 大丈夫? って。ぜんぜん大丈夫じゃないの。この先、一生こんなつらい目にあうぐらいなら、いっそ死んじゃいたいって思うぐらい。それにあの夢でしょ……はっきりいって、憂鬱を飛び越えてる」

 ぼくは、なぐさめるべきなのか、同情すべきなのか、判断がつかない。

 陰鬱な夢だけでも大変なのに、普通の人よりもかなり重い生理。

 沙織にくらべたら、ぼくなんて屁みたいなもんだ。

「私、いつも夢の中で泣いてた。でもね……人って不思議よね。1年ぐらいしたら、あー、またあの夢かって思うようになったの。真っ暗でさみしいのは変わらないけど、基本的には無害なわけだし」

「ぼくは、起きたらいつも汗でびっしょりだ」

「それは、楠くんが必要以上に恐れているからよ」

「そういってもさ」

「考えてみて。夢の中で銃で撃たれても、ビルから飛び降りても、死ぬことはないでしょ」

「早川さんって、度胸あるよね。転校したり、元カレを返り討ちにしたり」

 あのリアリティはそんなもんじゃない、とぼくは思った。

「楠くんよりベテランっていうだけよ。あとね、【暗い洞窟の夢】っていってるけど、洞窟じゃないの」

 ぼくも、最近になって気づいていたことだ。

 沙織とあの古墳を訪れて以来、なんとなく。肌で感じるという感覚がピッタリかもしれない。

「古墳?」

「証拠があるわけじゃないけど」

「やっぱりそうなのか」

 むしろ、ぼくは怖くなった。

 あの暗闇の恐怖が、現実にあるのだと思うと背筋が寒くなる。それも思ってたより近くに。

 まるで暗闇のほうから、ぼくを追いかけきているようだ。

「早川さんは、ぼくが夢を見てるのを、どうしてわかったの?」

 それはぼくにとって、ずっと疑問だった。

 沙織が、あの夢を見ているというのなら、そうだろう。

 それだけだと、ぼくが同じ夢を見ているとはわからないはずだ。

「それは、明確な理由があるの」

「どんな?」

「……そのまえに説明させてもらっていいかしら」

 沙織は、どこから話すべきなのか考えているみたいだった。

 まるで紙に書かれた迷路の出口を、指でなぞって探すみたいに。

「私の見る夢は、真っ暗じゃないの。いまは、だけど」

「真っ暗じゃない??」

「真っ白な空間なの……壁も天井も床も、どこまでも真っ白。ある日を境に」

(真っ暗から、真っ白な空間??)

 それはそれで、かなりトリッキーだ。

「……私を見下ろすように大きな水晶の柱があるの。白い空間にポツンと。高さ3メートルぐらいで、横幅はこれぐらい」

 沙織は両腕を左右に広げた。

 ブレザーの制服が、かなり体に馴染んでいた。

「全体が青白く輝いていて、内側にサイダーの泡みたいに、見たこともない文字が下から上に流れてる。それに触れると、いろいろなことがわかるの。正確には、私が知るべき情報を、頭の中にインプットしてくれる。でも、砂浜に書いた文字みたいに夢から覚めるとほとんど忘れてるの。それが私たちに夢を見せている装置」

(まるでSF映画に出てくる、モノリスみたいだ)とぼくは思った。

 沙織がいってることが、事実なら。

 ふと、夢に事実ってあるのだろうかと、関係ないことを考えた。

 夢と事実は対局にある物のような気がする。

「それが古墳の地下にあるの?」

「にわかには、信じられないわよね」

「早川さんのことを疑うわけじゃないけど、話が飛躍しすぎてて」

「私も楠くんの立場なら、同じふうに思ってたはずだから。自分でいってて、あぶない宗教の勧誘みたいだし」

「ごめん……」

「安心して。簡単に証明できると思う」

 ぼくは、沙織の顔を見た。

 沙織は、瞳を輝かせていたずらっぽい顔をしていた。


「続きが聞きたかったら、銀だこのたこ焼き買ってきて」

 ぼくは顔をしかめて、「有料なの?」と聞いた。

「こんな美人と話せるなんて、お得でしょ」

 ぼくは「そういうこと、自分でいうなよな」と文句をいいながら席を立った。


 ぼくは銀だこでたこ焼きと、唐揚げ専門店のからあげを買ってきた。

「わあ。美味しそう。私、一生、楠くんにたかって生きて行こうかしら」

 沙織は、熱々のたこ焼きをハフハフいいながら口にした。

「いいわよ。半分あげる」

「どういたしまして」

 ぼくは、銀だこを箸で摘まんで食べた。

 外はカリッとして、中はジュワ―としてて、とても美味しい。

「なんか、普通にデートしてるみたいだ」とぼくはぼやいた。

「デートじゃないの?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」

「なに、そのへんな言い回し」

「早川さん。歯に青のりがついてる」

「やだ」

 ぼくの小さな仕返しだ。

 たこ焼きを食べ終わったあと、ぼくらは一つずつ唐揚げを食べ始めた。


「ねえ、楠くんの妹さんって、何歳なの?」

「小学校5年生だから11歳だよ……小田桐さんに聞いたの?」

 ぼくは、小田桐ヒナに妹のことを話したことがあったかな、と考えた。

 ヨシオは知ってるけど、早川さんがヨシオに聞くとは思えないし。

「5年生か……悔しいなぁ。さっき、”ある日を境に”夢が変わったって話したでしょ」

 ぼくは、黙ってうなずいた。

「ある日っていうのは、去年のお宮さんの日なの」

 お宮さんっていうのは、9月の半ばにある秋祭りのことだ。

 地元で一番大きな祭りで、夕方には中央通りが歩行者天国になって、親子連れや市内中の若者が大挙して押し寄せる。

 通りには露店や屋台がぎっしりと並んで、とにかく歩くのも大変なぐらいの大賑わいで、こんなに人がいたのかっておどろく。

 ときどき特攻服をきた暴走族が乱入してきて、取り締まる機動隊と衝突する騒ぎが起きることもある。

 通りの奥にある神社には、恋愛成就のご利益があり、女の子は色あざやな浴衣を着て参拝するのが習わしで、それを目当てにナンパしにくる男たちがたくさんいる。


 沙織は、セミロングの髪を両手を使って頭の上にかきあげて、まとめる仕草をした。

 髪に隠れていた、形のいい耳や、シャープなあごのラインが見えた。

 その格好のまま、ぼくのことをじーっと見ている。なにか思い出さない? というように。

 ぼくは、口の中に残っていた唐揚げを塊のまま飲み込んだ。

「……お団子頭にしてた?」

「やっと、思い出してくれた」

 沙織はふふっと笑っていた。

「だって……ウソだろ」

 ぼくは、もごもごといって、うまく言葉が出なかった。


 去年のお宮さんに、ぼくは、ヨシオのナンパに付き合いでいってた。ものの見事に空振りだったけど。

 途中ではぐれてしまい、まあ、そのうち会えるだろと思いつつ、イカ焼きを食べて、ひとりでウロウロしていると、ぼくの目の前で、浴衣姿の女の子が思いっきりコケた。

 履き慣れない下駄のせいなのか、ビタン! て感じで地面に倒れて、まるでマンガみたいだった。

 いままであんな見事にコケた人を見たことがなくて、びっくりしたぐらいだ。

 まるでぼくがコケさせたみたいで気が引けた。

 ぼくは「ケガはない?」といって、手を貸して起こしてあげた。

 アサガオの浴衣を着て、お団子頭を紫のリボンで結んだ、一度見たら忘れられないような美人だった。

「手にソースが……」

「ごめん。さっきイカ焼き食べたんだ」

「……」

 ぼくは、浴衣についた泥を手で払ってあげて「ぼくの妹も、浴衣を着せてもらってはしゃいで転んでたな」みたいな感じで軽く笑った。

 べつにバカにするつもりじゃなくて、フォローするつもりでだ。

 そのコは、ぼくのことを不機嫌そうにキッとにらんでいた。

 というか、たぶん怒ってた。

「ありがとう」もいわずに、下駄を鳴らして人ごみに消えてった。


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