どんな言葉も響かない翠さんに『おねえちゃんだいすき!』って言ってみた
「はぁ……」
ある日の昼休み、隣の席の高坂 翠さんが、席に戻るや否や深い溜息をついた。
これまで何度も似たような場面を目撃している僕は、彼女の気持ちを察してねぎらいの言葉をかける。
「お疲れ様」
「あはは、ありがとう」
困り顔での苦笑い。
屈託のない笑みとは程遠いソレであっても、彼女の可愛らしさを表現するには十分だった。
「毎日大変だね。みんな少しは高坂さんのことを気遣ってあげれば良いのに」
「あれあれ、もしかして御伽君も私の好感度を稼ごうとしているのかな?」
「バレちゃったか。好感度貯めるのも大変だなぁ」
「私は簡単には靡かないのですよ。なんてね。気遣ってくれてありがと」
僕が高坂さんに恋愛アピールをしないからなのか、それとも単に相性が良いだけなのか、高二で隣の席になった僕達は軽口を叩き合えるくらいには仲良くなった。だからという訳ではないけれど、今のように彼女が疲れている時に元気づけてあげるのが仲良しクラスメイトとしての役割かなと勝手に思っている。
「今日はどんな感じで告られたの?」
彼女が疲れている理由。
それは告白を断ってきた直後だから。
スタイルが良く、明るく、笑顔がとても可愛い高坂さんは男子たちに人気があり、毎日のように告白されている。いくら人気があると言っても告白がほぼ毎日なのは異常なのだけれど、それは彼女が撒いてしまった種のせいだったりする。
ある時、彼女は教室で友達と話をしている時にこう漏らしてしまったのだ。
『告白されるなら、心に響く言葉が欲しいなぁ……』
これまでの告白の言葉が陳腐だったなどと嫌味で言っているわけではない。
相手の一世一代の言葉に心動かない自分自身が悲しくて紡いでしまった言葉であり、それは話の前後関係で誰もが分かっていたから問題にはならなかった。
ただ、この言葉のせいで男子達が沸き立った。
彼女のために心を揺さぶるような言葉を投げかけてやろうと。
彼女自身がその言葉を欲しがっているのだから告白チャレンジしても問題ないとの免罪符を与えてしまったのだ。
その結果、毎日のように彼女の元へとチャレンジャーが押し寄せているというのが現状だ。
「う~ん、定番セリフを少し改変したパターンだったかな」
「月が綺麗ですね。みたいなやつ?」
「それよりマイナーなセリフだけど似たような感じ」
「あ~それだとパクってるのが透けて見えて冷めちゃいそうだね」
「あはは……」
彼女から返ってきた答えは苦笑いだけ。
たとえ彼女への告白がイベントのようになっているとしても、告白のセリフを他の人に漏らすことも、その告白の内容を彼女が評価することもない。
それは彼女が告白相手のことを尊重しているからであり、そんな優しいところもまた彼女の人気の秘訣だった。
男共は告白内容を共有して研究してるから別に断言しても良いと思うんだけどなぁ。
「はぁ……」
「今日はいつにも増して溜息が深いね。そんなに大変だったの?」
中には壁ドンなどで強引に迫ろうとしてくる輩がいるらしく、そういう時はいつも以上に疲れた顔をしている。今日もまたその手の厄介なケースなのかなと思っていたけれど、どうやら違うらしかった。
「ううん、なんかみんなに悪いなぁって思っちゃって」
告白の言葉に靡けないことへの罪悪感に押しつぶされそうになっていた。
これはもっとフォローしないとまずそう。
「男子達はなんだかんだ楽しんでいるから気にしなくて良いと思うよ」
「そういうわけにはいかないよー」
今では遊びで告白しているような人が大半になってしまっているので、そんな最低な相手に気を使う必要なんてないと思う。ただ、中には相変わらず真面目に告白してくる人もいるだろうから、もしかしたらその人たちのことが気がかりなのかもしれない。
「それに、自分が悲しくなってきちゃって」
「悲しい?」
「うん。私ってこんなに冷たい人間だったんだなぁって」
「冷たいだなんて、ないない」
感情豊かな彼女は普段から温もりをたっぷりと振りまいていて、冷たい人間だなんて言われても違和感しかない。
「だってさ、告白だよ告白。すっごい強い気持ちを私にぶつけてくれるのに、少しもドキドキしないとか変じゃない?」
そう言われても、僕は告白される経験なんて無いから分からないよ。
それに男子はチョロいから告白どころか女子に話しかけられるだけでドキドキしちゃうし。
今みたいに。徹底的に隠してるけれどね。
「最近はみんな告白内容が凝ってるから想いが伝わりにくいとかじゃないのかな。単純に『好きです!』って言ってくれた方がドキドキするとかあるんじゃない?」
「それが最近でもストレートタイプ結構多いの」
「へぇ、そうなんだ」
センスがありそうな言葉を選んで使うよりも、ストレートな『好き』の言葉の方がまっすぐ想いが伝わりそうだから、皆そっちを選んでいるのかも。そういえば『好きです!』のニュアンスを練習している男子を見かけたことがあったけれど、このためだったんだ。
「じゃあ下心を感じちゃって嫌とか」
「別に下心あっても気にしないよ?」
「え、そうなの?」
「うん、だって下心あるから付き合いたいんでしょ。そりゃあ露骨にエッチなことばかり考えてそうだったらノーセンキューだけど、少しくらいなら普通だよ普通」
「そういうものかぁ」
言われてみればそうか。
彼氏彼女になるということはそういうことが起きる可能性を多少は織り込み済なわけであって、意識を全くしないのもまた不自然だ。彼女の心を無視するような輩は論外だけれど、多少漏れ出るくらいなら気にしないというのが彼女の考え方なんだね。
「それなら実は女の子が好きだとか」
「…………女の子からも告白されてるの」
「マジですか」
「大マジです」
冗談のつもりだったのに冗談にならなくて困惑中。
「その話題触れたら怖そうだからやめとく」
「その方が良いよ」
「ひえっ、マジ顔やめて」
「ふふふふ」
疲れ顔だから、本気なのか冗談なのか判断つかない。
怖いけれど興味あるから後で彼女が元気になったら聞いてみようかな。
「はぁ……」
「重症だね」
どうやら今日は僕との会話では気分転換にならない程にブルーのようだ。
力になれず申し訳ない。
「ドキドキしてみたいなぁ……」
「それなら僕がチャレンジしてみるよ」
「え?」
「本気で不思議そうな顔されると流石にちょっとショックなんだけど。そりゃあ僕は童顔だけどさ」
僕がこうして彼女と仲良く会話ができている理由の一つに、僕が異性として意識しにくい風貌だからというのもあるに違いない。小柄で童顔で同じ高二とは思えない。人畜無害の幼い子供だって思ってそうな人もチラホラ見かける。
もう慣れたもので自虐ネタとして使っているのだけれど、優しい彼女は地雷を踏み抜き失敗したと思ってしまい焦り出してしまった。
「あ、違うの! ごめんなさい、そういうんじゃなくて!」
そういえばこのクラスになってからは、自虐ネタをまだ使ってなかったっけ。
もうとっくに使っていて鉄板会話ネタになってると思い込んでいた。
困らせてしまって申し訳ない。
急いで誤魔化さないと。
「な~んてね」
「も、もう。そういう冗談はやめてよね」
よしよし、いつも通りの雰囲気に戻った。
でも僕が告白チャレンジしそうなことについて、どうして彼女が驚いたのかはまだ分かってないや。
スルーしても良いのだけれど、彼女はそのことを思い出したのか説明してくれた。
「御伽君って私をクラスメイトとしか見てない感じだったからびっくりしただけなの」
そりゃあ僕だって高坂さんが彼女だったら嬉しいよ。
でも僕は見た目が幼いから端から普通の恋愛なんて諦めてるもん。
それにこうして楽しくお話が出来るだけで大満足だ。
これ以上を望んだらバチがあたるってものさ。
「高坂さんみたいな綺麗な人を前にドキドキしない男子はいないよ。ってのも効果無いんだっけ?」
「あはは、残念だけど恥ずかしいだけだね」
「それならこんなのはどう?」
もちろん本気で告白なんてしない。
そうしたら彼女のブルーな気持ちが強まってしまうだけだから。
このまま冗談を言い合っていつもの彼女に戻ってもらおう。
「はい二人組作ってー」
「私友達多いもん! それにそういうドキドキじゃない!」
素晴らしい光速のツッコミだ。
「僕が言われたらドキドキするけどね」
「うっそだぁ。御伽君だって友達多いくせに」
「多くはないよー」
愛でられているだけで友達と呼べるほどの人はそんなに居ないんだよ。
ダメダメ、考えたら僕がブルーになるから止めよう。
「そういえばさっき鬼瓦先生が高坂さんを探してたよ」
「え゛!?」
「生徒指導室で待ってるらしいからたくさん説教されてきなよ」
「何もしてないのに何でよ! というかそういうドキドキでもないの!」
鬼の生徒指導と呼ばれる鬼瓦先生。
鬼瓦先生に生徒指導室で『指導』されると、恐怖で慄きどんなワルでも更生しちゃうとかなんとか。
「そんな鬼瓦先生だけど、実はうちの高校を卒業した人と近いうちに結婚するらしいよ」
「え!? 教え子に手を出したの!? あの鬼瓦先生が!? ってだーかーらー、そういうドキドキでもないんだって…………冗談だよね?」
「ふふふ」
「え、待って、え?」
もちろん冗談だ。
あの生徒指導の権化のような鬼瓦先生がそんなことをするわけがない。
「冗談だよ」
彼女向けの冗談のはずが教室中が耳を傾けて興味を持ち始めたのでちゃんと否定しておいた。
こんな冗談が鬼瓦先生の耳に入ったら何を言われるか分かったものじゃない。
危ない危ない。
「たくさんドキドキ出来たでしょ」
「ブーブー」
「何が不満なのさ」
「趣旨が違いまーす」
今の彼女はいつもの笑顔に戻っている。
作戦成功だね。
それじゃあ最後の締めに、僕の得意技を見せてあげよう。
自分の弱点を逆手に取った究極の自虐ネタだ。
「それなら今度こそちゃんとドキドキさせてあげる」
「どうせまたネタなんでしょ?」
「ふっふっふっ」
少しだけ顔をうつ向かせて意識を切り替える。
今の僕は高二男子の御伽 草太 ではない。
見た目通りの無邪気な男の子、そうたくん。
仲の良いお姉ちゃんに自分の気持ちを真っすぐに伝えるシーン。
「!?」
顔をあげて純粋無垢な笑顔を向けると高坂さんは僕の雰囲気の違いに驚いていた。
ふっふっふ、驚くのはまだ早いよ。
研究に研究を重ねた究極の一撃を喰らうが良いさ。
「みどりおねえちゃん、だーいすき!」
あざといとか言ってはならない。
ボケなんだからそういう突っ込みは野暮ってものさ。
童顔だのなんだの弄られるなら、いっそのことそれを逆手にとって笑いに変えてやる。
そう誓って編み出したのがこのあざとい弟ムーブだ。
他人に披露したのは実はこれが初めてだったりする。
さてさて、果たしてどんな反応をするかな。
「…………」
あれ、固まってる。
びっくりさせすぎちゃったかな。
「おね~ちゃん、どうしたの?」
ごめんなさい。
悪戯心が湧いてつい続けちゃった。
「…………」
それにしても硬直が長い。
もっと攻めるべきか、様子を見るべきか。
悩んでいたらようやく彼女が口を開いた。
「そ……」
「そ?」
「そうたきゅううううううううううううううううん!」
「高坂さん!?」
にちゃあとした気持ち悪い顔になって叫んだかと思ったら抱き着いてきたんだけど!?!?!?
「そうたきゅん、そうたきゅん、そうたきゅん、そうたきゅん。はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「待って高坂さん。お願い待って離れて!」
「違う!」
「え?」
「みどりおねえちゃんだよ!」
「うわぁ」
どうやら高坂さんの触れてはならないスイッチをオンにしてしまったようだ。
多分だけど、これかなり厄介なやつ。
女子に抱き着かれて僕の方がドキドキしちゃうけれど、この展開はまずい。
中学の時に弟として異常に愛でられた黒歴史が頭を過り、慌てて彼女を剥がして距離をとった。
「逃げるなんて酷い!」
「本当の姉なら弟のことを『そうたきゅん』だなんて呼びません」
「そうた、こっちおいで」
「うわぁ」
温かな微笑みを浮かべて優しい姉を演出しようとしているのだろうけれど、失敗してるよ!
気持ち悪い『にちゃ顔』のままだよ!
「まさか高坂さんがここまで壊れるだなんて予想外だよ……」
「おねえちゃん、だよ」
「もう絶対呼ばないからね」
「反抗期かわいい」
「うわぁ」
この狂気に満ちた目の色、懐かしいなぁ。
中学の頃のクラスメイトがこんな感じだったよ。
「はぁ、はぁ、おねえちゃんともっとおはなししよう」
「今の高坂さんはちょっと……」
「おねえちゃんだよ!」
「よし、逃げよう!」
「あっ!」
可愛い高坂さんがベタベタしてくれるのは嫌ではないのだけれど、僕は弟扱いされたいわけじゃないからなぁ。自分は相手を異性として見ているのに、相手は僕のことを弟としか見ていないとか歪みすぎている。
「戻ってきて! そして付き合おう!」
「それ絶対付き合おうってルビ振られてるよねぇ!?」
「そうたが望むならおねえちゃんなんだってやってあげるよ」
「それはそれでインモラル!」
いくら相手が高坂さんだからって、歪んだ性癖の対象になるなんてまっぴらごめんだ。
少し離れて時間をおいて頭を冷やしてもらおう。
昼休みの間に治ってくれると良いけれど。
「内山田君、助けて!」
内山田君は、このクラスで僕と一番仲が良い男子だ。
少し大人しくて陰気味だけれど、話が合うから教室の隅で静かに世間話することが多い。
こういうトラブルは苦手そうだけれど、ごめんね。
他に助けを求められる相手が居ないんだ。
でも内山田君って確か高坂さんのことを可愛くて好みでいつか話をしたいって以前言ってた。
これをきっかけに彼女と話が出来るかもと思えば悪い展開じゃないのかな。
なんて思っていたのに最悪の展開になってしまったんだ。
「違うよ」
「え?」
「おにいちゃん、でしょ」
「君もかああああああああ!」
そう、僕にとって最悪の展開にね!
「はぁ、はぁ、ほら、おにいちゃんって呼んでごらん」
「アカン」
すでに目の色が高坂さんと同じで狂気に満ちてしまっている。
でもどうして内山田君が。
もしかしてさっきの僕の演技が耳に入ってしまって、そこで狂ってしまったのだろうか。
だとすると……まさか!
「はぁ……はぁ……」
「じゅるり」
「おねえちゃんって呼んで……」
「ほ~ら、おにいちゃんだぞ~」
「ぎゃああああああああ!」
クラス中が汚染されちゃってるうううううううう!
これじゃあ中学の時と全く同じじゃないか!
もう高校生になったのだから、こんな展開にはならないと思っていたのに、油断した!
このままだと徹底的に弟として愛でられ続けてしまう。
ある程度慣れてしまっているのが悲しいところだけれど、高校では普通の学生生活を送りたいって思ってるんだ。
こんなところで日常を諦めてたまるか!
「誰か……誰か味方は……そうだ!」
この騒ぎに加わらなそうな人がいるじゃないか。
窓際の一番後ろの席。
眼鏡をかけた甘いマスクのイケメンさんは、超草食系で学年一の秀才男子。
彼ならばきっと苦笑いでもしながら受け止めてくれるに違いない。
「三尾君、助けて!」
「あはは、大変そうだね」
眼が澱んでない!
三尾君はやっぱり正常だった!
「三尾君は普通で良かった」
「ボクには弟も妹もいるからね」
「あの中にはそういう人も混じってるんだけどなぁ」
魑魅魍魎の中には実弟や実妹が居る人も含まれているはずなのに、狂ってしまっている。
「リアル妹なんて糞くらえだ!」
「あんな奴、弟じゃない!」
「うわあ」
血の涙を流している。
一体どれだけ仲が悪いのさ。
僕を弟として扱おうとするその危険な性格を見抜かれているだけじゃないのかな。
「三尾君は家族と仲が良いんだね」
「うん、もちろんだよ。でもどうしてそう思うの?」
「だって彼らみたいに僕のことを変な目で見ないじゃないか。仲が良いから家族愛に満たされていて僕のことを弟だなんて言わないのかなって」
三尾君ならきっと優しい『おにいちゃん』で、弟達も心から慕ってるんだろうな。
「それもあるけれど、ボクはTSにしか興味がないからかな」
「何言ってるの!?」
おかしいな。
三尾君の優しい微笑みがなんだか怖くなってきたんだけど。
「だから安心して」
「それはそれで怖いんだけど!」
「怖くない怖くない。だってTSなんて現実には……あれ?」
「どうしてそこで僕を凝視するのさ!」
おかしいな。
三尾君の瞳にも狂気が浮かび始めてきたぞ。
「君って……実は女の子だったりする?」
「どうしてそうなるのさ!」
確かに僕は童顔で、やや中性的な顔立ちだけれど、女装させられて弄ばれることもあるけれど、女の子だなんてはっきり言った人は流石に今まで居なかったよ!?
「ボクの記憶では、君は以前は男子だった。まさか……TS……?」
「以前も今も何も変わってませんが!? なんならちゃんと生えてますが!?」
「生えているか生えていないか、それは観測するまで分からない」
「見せないよ!?」
「シュレディンガーの〇んこ」
「三尾君、本当はバカでしょ」
それもマッドなタイプの危険なバカ。
このクラスで一番の危険人物じゃないか!
「TS妹……最高じゃないか……ぐへへ」
「うわぁ」
甘いマスクのイケメン君でも、ちゃんとにちゃれるんだ。
うん、最高に気持ち悪い。
これでこのクラスに僕の味方は居なくなった。
仕方ない、いったん教室から出て避難を……しまった!
「おねえちゃん……おねえちゃん……」
「おにいたん……おにいたん……」
「そうたきゅん……」
「ぐへへ……じゅるり……」
窓際の一番後ろの席。
僕が立っているそこに向かって、クラスメイト達がゾンビのようにゆっくりと迫ってくる。
囲まれてしまい逃げ場がない。
このままでは僕は狂ったように愛でられてしまう。
それだけならまだ良い。
誰が本当の兄か姉かで血で血を洗う戦いに発展しかねない。
中学の時の悪夢を蘇らせてはいけない!
「TS妹……お着替えしようか……」
そして僕の貞操も守らなければいけない!
こうなったら仕方ない。
最終手段を使うしかないか。
もう二度と使わないと誓ったのに。
しかし背に腹は代えられない。
クラスが大混乱に陥り騒乱が開始される直前、僕は深い溜息を吐いてからソレを放った。
「お姉ちゃん助けて!」
ーーーーーーーー
「で、私達の愛しい弟に手を出そうとしているのは誰かしら」
「あたし達を差し置いて姉やら兄やらを名乗ろうだなんて烏滸がましいにも程があるわ」
「死にたいの?」
僕は今、三人の女性に抱きしめられて守られている。
「むぐぐ……ぐ、ぐるじい……」
しかもテンプレ的に色々なところを思いっきり押し付けられて息が苦しくなるほどに。
彼女達は僕の実姉。
「そうたきゅんは私の弟よ!」
「そうたきゅんって呼ばれてるじゃん!」
高坂さんの叫びは無視するとして、彼女は僕の一つ上の姉。
同じ高校の三年生だ。僕の叫びから三秒かからずやってきたのだけれど、一体どこに潜んでいたのだろうか。とても怖いけれど、いつものことなので慣れてしまっている自分の方が怖い。
「そうちゃんの姉はこの世界であたし達だけなのよ」
「ずるい!」
「あ゛あ゛?」
「ひいっ!で、でも負けない!」
高坂さん頑張るな。
姉ーずに睨まれると、全員恐怖で引き下がらざるを得なくなるのだけれど、まだ諦めないだなんて。特に二番目の姉はかなり目つきや雰囲気が怖くて、中学の同級生曰く、睨まれただけで死を感じるとか。実際、高坂さん以外のクラスメイトは逃げ腰だし。
そんな二番目の姉は、大学生。
僕と離れたくないとかなんとかで、家の最寄りの大学に進学したのだけれど、どうしてここにいるのかな。彼女も三秒以内にやってきたのだけれど、気にしてはならない。悲しいことにこの展開も慣れちゃってるんだよね……
「ふっ」
「あ~! 私も撫でたい!」
僕の頭をナデナデしながら挑発的な視線を高坂さんに向けているのは、一番上の姉。
もう就職していて、しかも女性警官だ。
制服姿だから勤務中で、色々な意味でここにいたら一番ダメだろう。
お姉ちゃん達は、僕が助けを求めるとこうして集まって守ってくれる。
僕は普通の日常生活を送りたいので、普段は絶対に近づかないように厳命しているのだけれど、その反動からか、こうして自分から呼び寄せると超絶甘やかしモードに入る。
これから一週間はお姉ちゃんたちのオモチャになることを覚悟しなければならないだろう。
しかし今回は僕のミスなので甘んじてその罰を受けるしかない。
「というわけで、僕には姉……お、お姉ちゃんが三人もいるから、これ以上は要らないよ」
危なかった。
お姉ちゃんって言わなかったら、甘やかしモードが一週間から一か月に伸びるところだった。
『お姉ちゃん』じゃなくて『おねえちゃん』じゃなかったところが姉的に不満があるようだけれど、微妙なニュアンスの違いくらい許して。
「諦めないもん!」
「高坂さん!?」
お姉ちゃん達を呼べばこれまでは全員諦めたのに、どうしてそこまで。
「ずっと弟か妹が欲しかった。そうたきゅんは理想のいも、弟なんだもん……」
「どさくさに紛れてそうたきゅんって呼ばないで! しかも最初、妹って言おうとしたでしょ!」
まさか高坂さんもシュレディンガーとか言い出さないよね。
「その気持ちは分かる。そうたきゅんは世界一の妹」
「待ってお姉ちゃん、その冗談は今は危ない」
一つ上の姉は僕を女の子扱いしたがるんだよ。
なんど女装させられたか。
「やっぱりTSは存在した?」
「してないから!」
「妹でも良いよ。はぁはぁ」
「内山田君も闇が深い!」
君達はもう退場したはずの面々だろうが。
いきなり会話に参加してきて闇アピールしないで!
「そうだ!」
「嫌な予感しかしない!」
高坂さんがいきなり何かを思いついたかのように叫んだ。
もう諦めてよ……
「私が御姉様方と結婚すれば合法的にそうたきゅんのおねえちゃんに」
「おいいい!」
高坂さんも闇が深かった!
このクラスもうダメだ!
「何を寝言を言ってるのかしら」
二番目の姉が一刀両断。
当然だよね。
だって見知らぬ女性にそんなこと言われても困るだけだもん。
「私達のパートナー、競争率高い」
「お姉ちゃん!?」
「私達と同レベルでそうたきゅんを愛せるか。その条件をクリアした人は未だ居ないわ」
「お姉ちゃん!?」
「あなたにその資格があるのかしら?」
「おねえちゃあああああん!」
条件って何!?
条件をクリアしたらお姉ちゃん、女の人相手と結婚するの!?
「それならその資格を証明するために、これからそうたきゅんのおねえちゃんとして振舞います!」
「高坂さん!?」
「へぇ、試験に挑むと言うのね」
「お姉ちゃん!?」
「なら仕方ない」
「待って待って」
「あなたの姉力、期待せずに見させてもらうわ」
「誰か止めて!」
この流れはやばい。
僕の平和な高校生活が終わってしまう。
「ぼ、僕は高坂さんと普通に付き合いたい!」
「え?」
仕方ない。
僕が高坂さんを異性として意識していることを伝えれば、弟として見ようなんて感じにくくなるはずだ。彼女にとって告白されることは苦手なことだけれど、今は少しだけ我慢してください。
「いいよ」
「え?」
「付き合おう」
「え?え?」
「弟とも付き合えるのが、血がつながってない利点だよね」
「ダメだこの人」
この流れを止めることはもう出来ないのだろうか。
「ふふふ、血がつながってなくても付き合えるわ」
「お姉ちゃん!?」
「そうちゃんが成長するまではって、ずっと我慢してたけれど、そうちゃんに彼女兼姉が出来るのならばもう解禁しても良いわよね」
「お姉ちゃん!?」
「楽しみ」
「止めろよ警官!」
お姉ちゃん達の目の色がいつも以上に危険になってるうううう!
「そうたきゅん」
「そうちゃん」
「そうた」
「そうたきゅううううん!」
「誰か助けてーーーー!」
軽はずみに『おねえちゃん』だなんて言ってはならない。
僕はそのことに今更ながら気づいたのだった。
シクシクシクシク。