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*4* デジャヴなんだが

 さすが、師も走るだけのことはある。

 それからというもの、なんともまぁ平和ボケした日々が駆け抜けた。

 まるで、あの夜の出来事なんて、はじめからなかったかのように。


(やっぱ夢だったとか? ハイビジョンの)


 トラックに跳ねられた光景がリアルすぎたため、錯覚を起こした。

 そうか、そうなんだ。だってふつうに考えて、タイムリープとか非科学的すぎる。

 今日はセツと約束もしてないし、さっさと帰って休んどこうかね。そう結論づけた、学校帰りのこと。


「はぁあ? 大学生のクセに、これっぽっちなわけ?」


 結論づけた矢先に、やめてくれ。


 日付を確認。12月8日。場所、駅前の大通り。よし、違う。

 しかしなぜだ。深夜の街で、制服ギャルに金をたかられるひ弱な男の図。激しくデジャヴだぞ。


「バイトしてんだろー? もっとあんだろー?」


 ギャルのすがたをしているが、お(さつ)で頬を叩くその横顔は、ヤのつくアレ以外の何者でもない。

 男のほうもやっぱりされるがままだし、ったく。


「ちょっとぉ、あたしも混ぜて……」


 とかいう言葉は、飲み込んでしまった。

 変にカッコつけてガチで死に目を見た経験があったし、第一に。


 ――ユキちゃんは、すごくやさしい。


 ツッパってる自分が、気恥ずかしくなったというか。


「はーい、そのへんにしてやってね」


 ごちゃごちゃ考えることはせず、ただ、間に割って入る。

 予想外の展開だったのか。一瞬だけ視線の合った男が、氷みたくカチンコチンに固まっている。

 でも食い入るようにあたしを映した瞳をゆらしているのは、恐怖ではなくて。


「んだよテメー」


 こんなときでも、もちろんギャルのすがたをしたヤクザ――なげぇ、ギャルザーでいいな――は黙っちゃいなかった。


「あたし? 通りすがりの一般ピーポー」

「はぁ? ふざけてんの?」

「赤の他人の修羅場仲裁するくらいには、真面目かな。はいこれ回収しまーす」

「なっ!?」

「あんたもねぇ、たかがギャルザー1匹にビビってんじゃないの。男でしょー」

「えっと……うわっ!」


 ギャルザーから奪還したお札を、すかさずひ弱な男、略してひよ男の手へ返却。そんでお次は。


「ざけんじゃねぇっつのっ!」

「あ~らよっと」

「テメェッ……!」


 予想はできてた。だから蹴りをかわした。その余裕っぷりが、ギャルザーの導火線にふれたらしい。

 さながら、しっぽの毛を逆立てて威嚇する猫、なんて猫に失礼か。


 肩をすくめてふり返れば、ひよ男はビクッと過剰なくらいからだをはねさせた。失敬な、取って食ったりせんわ。

 とりあえず背中の殺気が痛いので、グッと背を反らし、意外に背の高いひよ男を見上げる。


「行きな。あいつしつこいから」

「えっ……でも!」

「行けっつってんの!」


 口早にまくし立て、ひよ男の背中を力任せに突き飛ばす。

 適当にかわして、あたしも逃げよう。人ごみにまぎれてしまえば、こっちのもんだ。

 気を抜いたつもりはなかったが、どうやら、ヤツを見くびっていたようだ。


「……いッ!?」


 後ろ髪をつかまれる感触。そうしてふり向かされた次の瞬間、吹き抜ける風。

 ツー、と生温かいものが左頬をつたい、遅れて痛みがやってくる。


「調子乗んな! ブス!」


 すっかり頭が茹で上がったギャルザーに、頬を引っかかれた。それだけのことなのかもしれない。

 でも、もし万が一、あのネイルが目に突き刺さってたら。想像したとたん、からだが凍りついた。

 動けないネズミは、ボコボコにされるのが世の常なんだろうが。


「来てっ!」


 強い力に腕がさらわれた。もつれる足を立て直し、見上げた先。あたしを引っ張るのは、あのひよ男で。

 キーキーうるさい罵詈雑言から逃れるあたしたちを、真冬の追い風が加勢した。



  *  *  *



「はぁっ、はぁっ……はぁっ!」

「……大丈夫ですか?」

「なわけあるかボケ! こちとらか弱い乙女だぞ、加減くらいしろやボケェッ!」

「うわぁあ! すみませんすみませんすみませんッ!」


 人通りの多い中央街に入り、ギャルザーの魔の手から逃れることはできた。満身創痍だがな。


「いつまで握ってんの、あんた子供!?」


 意外に俊足だったひよ男。いまだガッシリつかんで離さない腕をブンブンふれば、はじめて気づいたように目をまん丸にする。


「…………て、る」

「は?」

「さわ、れてる。俺さわれてる! っはは、すげー!」

「人の話を……聞けッ!」

「ってぇっ!?」


 よくわからん理由で歓喜しておる野郎に、膝蹴りをお見舞いしてやった。

 あたし渾身の一撃に、みぞおちを押さえ、ひょろ長いからだを折るが。


「えっ、なにニヤけてんの? Mなの? うわぁ……」

「引かないでください!?」

「寄るなドM! 感染(うつ)る!」

「待って待って待って! 俺の話聞いてください!」

「ええいわかった! わかったから抱きつくなぁっ!」


 ひよ男はあたしが逃げないと知ると、やっとからだを離した。

 いや、腕も離してね? 周囲の視線がグサグサ痛いからね?


「助けてくれて、ありがとうございます……」


 こら、人と話すときは相手の目を見ろと、お母ちゃんから習わなかったか。

 とかいう説教は、叶わない。


「すみません、俺、ちょっと……っていうかかなり、女のひとが苦手で」

「はぁ、で?」

「なんていうか、トラウマがあって……目とか合わせられないし、ふれるとか、もってのほかで。そこにいるってだけでも、からだがふるえちゃって……」

「詰まるところは、女性恐怖症なの?」

「です……」


 てことは、だ。ギャルザーに反抗しなかったんじゃなくて、そもそも足がすくんで動けなかったと。

 そういや絡まれてるときに、ムダに長い脚が、産まれたての子鹿みたくふるえていたような気も。


「ちなみに、どのような症状がありますか」

「じんましん出ます。ひどいときは、冷や汗出て、過呼吸になったり……」

「重症だなおい。まぁ、あいつの前で立ってただけでも、よくできましたというか」


 ……いや、待て待て。大事なことを忘れてないか。


「それを踏まえて、あたしの腕をつかんでるのは、どういった事情で?」

「俺にもちょっとよくわからないです!」

「はぁ? それはなにか、あたしが女じゃないとでも?」

「そっ、そういうわけじゃなくてっ!」

「じゃあどういうわけ!」

「た、たぶん、きみだとオッケーなのかも!」

「説明になっとらん!」

「でも実際、苦しくないし! じんましん出るどころか、ふれてると安心して、だから、本能的に心が許せるひと……なんだと、思い、マス……」


 なにこいつ、ロマンチスト? 天然タラシ? よくもまぁ歯の浮くようなセリフを次々と。


「本当に、ありがとう」


 疑った矢先に、視線合わせてきやがって。

 おあえつらえ向きに、顔がいいときた。自覚なんてないだろう。なんて憎たらしいヤツ。


「……あんたさ、いつもこんな時間に出歩いてんの」

「はい……長時間レポートしてると、ストレス溜まっちゃって。気分転換に」

「じゃあ真面目な大学生くんに忠告しとく。この辺はさっきみたいなやつらの根城だから、散歩するならルート変えるか、もっと早い時間ね」

「ですね……以後気をつけます」

「あと、それ」

「……え?」

「いかにもな歳下に敬語使うの、やめたほうがいい。ナメられるから」


 じゃ、そういうことで。

 腕をすり抜けたはいいが、背中を向ける前に、反対側をつかまれた。


「……かえで」

「なに……?」

「俺の名前。月森楓(つきもりかえで)。きみの名前を、知りたい」


 教えなきゃ離さんぞと。おやおや、なにやら見覚えのある展開だな。


「ユキ。お礼はいいよ。よかったら覚えといて。……なによその顔。あんたが訊いたんでしょ」


 鬱陶しげに扱ってたからか、まさか本当に教えてもらえるとは夢にも思わなかったらしい。

 鳩が豆鉄砲を食らったような面持ちのひよ男、もとい楓とやらにジト目を返せば、首を横にブンブンふられた。


「ちがっ、変な意味はなくて! そっか、名前、ユキって言うんだ……」

「うん」

「ユキ……ユキ、さん」

「おい、さん付けやめろっつうに」

「ムリムリムリ……呼び捨てムリ。俺には厚かましすぎる。ハードル高すぎて激突して死ぬ……!」

「ハードルにぶつかった程度じゃ、ひとは死なん! 人類ナメんな!」

「うわぁああ! 待ってユキさん! 置いてかないで!」

「離せ! 赤の他人に泣きついて、情けないと思わんのか!」

「思わない! だって俺、ユキさんのこと他人って思ってない!」

「いやいや他人でしょ、真っ赤な他人でしょ!」

「ち・が・い・ま・す!」


 通りがかりに助けたことが、どうしてそんなに心にひびいたかは、知らないけど。


「ユキさんは、俺のっ、お師匠さまだッ!」


 なんだかややこしい話になっていることだけは、否定しようがない。


 月森楓。どうやらあたしは、面倒この上ない犬になつかれたようだ。

 はぁ……頭が痛くなってきたんですけど。

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