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*38* 甘えてごらん?

「ね、今度はあたしに付き合って」

ゆきちゃんも、何か用事?」

「ちょっと時間かかるし……買い出しの前に済ませたほうがいいと思って……」


 モゴモゴながら切り出して、ふたつ返事で了承を得た数時間後。


「わぁ……!」


 どうやら、せつを喜ばせることになったようだ。


「はじめて会ったときの幸ちゃんだ! 懐かしいなぁ……」

「地味じゃない?」

「ぜーんぜんっ! こっちの幸ちゃんもかわいいよ~!」

「ちょ、声大きい雪……店員さんこっち見てるから……!」


 やってきたのは美容院。担任との約束もあったし、思い切って黒髪に染め直してみたわけだ。

 けれども、やった先からかわいいかわいいと連呼されては、たまったもんじゃない。

 ほほ笑ましげな店員さんから逃げるように、雪の腕を引っ掴んで店を後にする。


「ねぇねぇ、どうして染め直そうと思ったの?」

「目ぇ輝かすなって……色々事情があるんだよ、高3は」

「ふむふむ……事情ねぇ……」

「……なによ」

「なーんでも? あ、ひとつだけ。幸ちゃんがあまりに愛しいので、ぎゅっとしてもいいですか?」

「よくないです、人前です!」

「あははっ、照れ屋さんだなぁ」

「あんたは恥じらいをどこに置いてきたの! もう幽霊じゃないんだよ!?」


 ぎゃあぎゃあ喚くあたしの腕を捕まえ、雪はにっこり。


「オトナの余裕、引き出してみた」

「な……!」

「甘やかしたいんだよ。これ以上にないってくらいにね」


 甘え上手で、甘やかし上手。


「ね、甘えてごらん?」


 これが、不意討ちってやつですか?


「うぅぅ~~~っ!」


 うまいこと丸め込まれて、抵抗不可能。

 白状しなきゃ、やられちゃう。


「……雪みたいに綺麗な黒髪じゃないけど、これが元のあたしなわけだし……」

「うん」

「……自分のやりたいこと、素直にやりたいなぁって思ってて」

「知ってる」

「……そのためには、今すっごい苦しいわけなんですけども」

「だから、ぼくがいるんでしょ?」


 優しく抱き寄せられながら、ああ、敵わないなぁと観念する。


「たまには大人に、甘えてみなさい」


 ポンポンと背中をさすられたなら、もう限界。



「雪、あたしね――」



  *  *  *



 はじめて訪れたとき、実家暮らしにしては、ひとけがなさすぎると不思議だった。

 今となっては、納得だけどね。


「ただいま……あれっ、ユキさん髪染めた? 黒髪もかわいいなー。てか和風美人!」

「……土に還れ」

「なんで!?」

「ふふっ、ありがとうだってー」

「意訳にも程があるぞ」


 月森つきもり家に招かれた夜、かえでの帰宅と共に、お祝い会はスタートする。


「ユキさんの手料理、だと……っ!?」

「ヒマ人だったしね」

「すごいよねぇ。だれかの手料理って、何年ぶりかなぁ」

「店で出してたのアレンジしただけ。あんまハードル上げないでよ」


 きのこのクリームスープ、生ハムとアボカドのサラダに、モッツァレラチーズのオムライス。

 デザートに、カシスソースのチョコレートケーキを用意して。


〝メイドさん手作り〟が最大のウリ。

 だから、ホールに出ないメイドが実際に厨房に立つっていうのが、うちのスタンスで。

 店以外で腕を振るうのなんてはじめて。変に気恥ずかしくなり、話題を逸らす。


「せっかくなんだから呑めばいいのに。パーッとお祝いするんでしょ?」

「うーん、ぼくはお酒弱くて……」

「好んで呑もうとは思わないな」

「見た目裏切らんな、あんたら」

「それなら、幸ちゃんが淹れたカフェモカ、飲みたいです!」

「あ、俺も俺もっ!」

「聞こえとるわ。大人しく座っとれ、甘党共」


 あたしがカフェモカ得意だったって、どこ情報だ。さては、楓のやろうが雪にチクリやがったな。

 内心毒づくのは、照れ隠し。手早く支度し、料理が冷めないうちに食卓を囲んで、いただきます。


「それじゃあ改めて。みんなおめでとう!」

「おめでとさんでーっす!」

「……おめでとう」


 目の前の光景は、陽だまりの中へ放り込まれたみたいにまぶしくて、あたしにはまだ、むず痒い。


「この間といい今日といい、完璧に俺好みのふわとろ具合を熟知してるな、ユキさん」

「いやっ、たまたまです」

「うぅっ……オムライスって、こんなに感動するんだねっ……生きててよかったぁ~!」

「泣くな雪!」


 ……騒がしいのはいつものことだけど。

 この風景が日常になるなら悪くないかも、なんてね。

【Next】

騒がしくて、眩しくて、むず痒い。

そんなお祝い会が終わって、あたしを連れ出す雪。

冴え凍る三日月夜、両耳を温もりが包み込む。

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