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35/44

*35* 気になるお年頃なんです

「いやぁ、ビックリたまげましたー……」


 ちょっとやそっとのことじゃ動じませんと、ドヤ顔をしていた笹原(ささはら)さん。

 あたしと入れ替わりに一般病棟へ移った(せつ)の担当となり、しばらくたった今もそう話す。

 巻かれた舌がもどることは、この先ないのかもしれない。


「兄さん保護してきました……!」

(ゆき)ちゃんだ! いらっしゃ~い」


 病室のドアがスライドし、部屋の主がもどってきた。

 ふにゃふにゃスマイルにペースを持って行かれそうになる。

 が、事が事なので椅子に陣取り、腕組み、脚組みでむかえてやる。


「こーら雪、どこほっつき歩いてたの」

「仲良しのおじいちゃんに誘われて、お孫さんと3人で日向ぼっこをですねぇ」

「というわけで、日当たりのいい食堂まで」

「ご苦労だったね、(かえで)

「あざす。なでてください。あとユキさん、そのポーズ、色っぽくてイイと思います」


 たわ言をほざいてるバカはサクッとスルーして、雪を呼ぼうとするが。


「うんうんっ、幸ちゃんかわいいよねぇ!」


 当の本人がコレなため、脱力感半端ない。


「おやおや佐藤(さとう)さん、モテ期ですか? 両手に花ですか?」

「笹原さんまでやめてくださいって……あーもう雪、ハウス!」

「ぼく、ワンちゃんじゃないよー」


 とか言いながら、ベッドに戻ってくる雪。素直か。


「よいしょっと……」


 無事腰かけることができ、一件落着。

 一度預かった松葉杖をベッドに立てかけた流れで、ふわふわな黒髪をなでた。

 えへへとうれしがる雪は、うん、間違いなく小動物だ。


「手足の感覚はいかがですか?」

「だいぶよくなりました。すぐ疲れなくなりましたし」

「リハビリの経過も良好ですね。この様子であればじきに退院できると、先生が仰っていましたよ、雪さん」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「では、僕はナースセンターにもどりますね。ごゆっくり」


 はじめ、雪の手足は充分に機能しなかった。5年も眠り続けていたことで、筋力が著しく低下していたためだ。

 それがほんの数週間で驚異的な回復力を見せたのは、偶然じゃない。言うなれば、楓のおかげ。

 中高と運動部で活躍していたらしい楓は、故障に敏感だった。


〝この5年間、毎日毎日お見舞いに来て、言葉をかけながらマッサージをしてあげていたんですよ〟


 楓とやたら出くわしていたことの真相だ。

 この病院は噴水広場にもほど近い。笹原さんに話を聞いて、納得。


「楓」

「うん? ユキさんどうかした?」


 兄さんは、きっと目を覚ましてくれる――強く信じていた楓のお手柄。

 だから手招きをして、屈んできた焦げ茶色の頭をガシガシ掻き回す。

 うわっ! と声を上げる楓に、雪も上機嫌だ。


「ふふっ、少し見ない間にかえくんがおっきくなってるから、お兄ちゃんはうれしいです」

「子供扱いするなって……俺もう20歳なんだしさ……」

「だねぇ。成人式までには退院したいな」

「まさか来るつもり!?」

「自慢の弟くんの晴れすがた、見逃せないしね!」

「いいって、そういうの!」

「せっかくだから、袴にしようよ~」

「やだよ目立つし! そういう雪兄さんだってスーツだったじゃん!」

「ぼくはよかったの。袴だと、なんでか七五三と間違われちゃったから!」


 間違われたのか……

 うっかり口をすべりそうになったが、雪の名誉のため、のどの奥で留めておく。というか。


「そういや結局、雪って何歳だっけ?」


 次の瞬間、雪が笑顔のまま固まった。


「い、いくつだったかな? ちょっと覚えてないなぁ~」

「物忘れが始まるほど歳か……」

「ひどい! ぼくまだギリギリ20代だよっ!」

「え、ギリギリなの? マジ?」

「はっ!」

「雪兄さん、チョロすぎだろ……」

「もーっ、他人事みたいに!」


 小柄な体格、ベビーフェイス。

 あどけない言動も相まって、ポカポカ楓にアタックするすがたは、どう見ても20代後半のそれじゃない。


 ギリギリ20代? それって俗に言う、アラ――


「俺と6つ違いだよ。ユキさんの8つ上になるかな」

「ってことは……26?」

「わーっ、なんでバラしちゃうのー!」

「別に隠すことはないだろ?」

「ぼくが恥ずかしいんですっ!」


 ……乙女か。


「だって四捨五入したら三十路だよ? もうおじさんじゃないですか~!」

「雪、無理に四捨五入しなくてもいいんだよ?」

「幸ちゃんは、8つも歳上のおじさんでも、いいの……?」


 雪にとって、年齢の話題はタブーなのか。気にすることないのに。


「もし幸ちゃんとふたりで歩いてたとして、26歳男性と女子高生だよね? これって犯罪にならないかな……」


 あ――……そういうことか。

 同じく悟ったらしい楓と顔を見合わせ、苦笑。


「大丈夫。雪は例外だから」


 切迫した様子で頭を抱えていた雪は小首をかしげ、キョトン。


「そうなの?」

「そうなの」

「そうなんだよ」


 あたしと楓のうなずきに、チョコレート色の瞳をくりくりっと丸くさせたのだった。

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