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*33* 人間らしく

 冷たい雪が、顔に吹きつける。


かえでくんっ!」


 やっとの思いで見つけたその子は、通学路でもある道路沿いの河川敷にいた。白い芝生で膝を抱え、雪だるまみたいに微動だにしなくて。


「よかったぁ、心配したよ~!」


 そばにしゃがみ込んだぼくから、ふい、と顔を背ける楓くん。


「帰れよ」

「そだね、お家帰ろっか!」

「……なにがおかしいの」

「えー? いつも通りでしょ~?」

「っざけんな!!」


 甲高い叫びを、木枯らしが舞い上げる。

 静まり返った夜の闇。弧を描いて、白雪とともに落ちてきたのは、ぼくの傘だ。

 さし出したままの右の手の甲が、じわりとむなしい熱を持つ。


「なんで怒んないの? なんで全部許すの?」

「やだなぁ! だってきみは、ぼくの……」

「かわいい弟? 家族って、好き勝手しても、なんでも許してくれるもんなの?」


 それは違うよ、とは、言えない。言えるはずがないんだ……〝怒り方〟を、とうの昔に忘れてしまいました……なんて。


「あんたのそういうとこ、大ッキライ」


 氷点下の夜風に吐き捨てられた言葉は、暗に「叱ってほしかった」と、言っているようで……


「か……えでくん、は、なにを……してたの?」


 すると、一瞬、ほんの一瞬だけ、焦げ茶色の大きな瞳が見開かれた。すぐにフンと鼻を鳴らして、そっぽを向くけれど。


「……別に。いつものヤツらと、遊んでやっただけ」


 ぼくは、なんてバカなんだろう。

 遊んでやっただけ。この子がやけに顔を背ける日は、決まって起こることが、あるじゃないか。

 思い出したとたん、驚くほど頭の熱がスーッと引いていった。


「……楓くん、ちょっとこっちにおいで」

「はぁ? イヤだし」

「来なさい!」


 いまにも離れていきそうな肩を引き戻す。案の定、グッとのぞき込んだ顔には、すり傷、切り傷、青ジミが、そこかしこにあって。

 寄せては返す波のように、引いた熱が芯からこみ上げる。


「なんで言わなかったの!」

「……なこと、言っても……おれに、逃げ出せって言うのかよ……」

「そう! だってきみは、なにも悪いことしてないんでしょ!?」


 生まれつき、普通の人より、髪と瞳の色が明るい。

 ほかとは違うことが、集団にとって格好の餌食になるんだって、ぼくは知ってるはずなのに……


「あんたには……カンケーない」

「あるよ!」


 もどかしくなり、両手を使って正面を向かせる。


「喧嘩はダメです! 死んじゃったりしたらどうするの! こんなに傷だらけで……!」


 ぼくの鈍さが、この子に意地を張らせてしまった。悲しい言葉を言わせてしまった。

 謝るのはぼくのはずなのに、楓くんを咎める言葉が、あふれて止まらなくて。


「…………ウソ」

「え……?」

「やり返すとか………ガキのすることじゃん」


 ストン。


 力が抜けたときに、腕からこぼれ落ちたきみは、見つけたときみたいに、芝生へ座り込む。


「……さっき、やっと…………終わったんだ」


 両膝を抱えた手は、綺麗だった。喧嘩を買ったにしては、あまりにも。

 あぁ……そっか。

 この子は……ほんとは、優しいんだ。


「……いきなりごめんね。よく我慢したね、えらいね」


 頭をなでると、ハッとしたように楓くんがぼくを見上げた。

 ほんとにごめんね……向き合えてなかったのは、ぼくのほうだったね。


「手当てしなきゃ。さぁ、お家に帰ろう?」


 自分のマフラーをほどいて、楓くんに巻いてあげる。


 イヤだって言うかな?

 いらないって言うかな?


 楓くんは口をひん曲げたまま、無言で立ち尽くすだけ。沈黙が、つらかった。


「えっと……あっ、そうだ! お腹空いてない? ぼくお菓子持ってるよ、はい!」


 キャンディ型に包まれたそれを差し出すと、焦げ茶色の瞳をぱちくりする楓くん。

 それから、ぼくの目をじぃっと見つめるものだから、なんだか焦ってきちゃった。


「えと、キライ、だった?」

「……いや。チョコは、すき」


 肯定的な言葉を初めて聞いたこのとき、楓くんが、ぼくの手からお菓子を受け取ってくれたんだ。驚き半分、くすぐったさ半分。


 ……チョコが、すきなんだ。


 なんでもない会話が、こんなにほっこりするものだなんて。


「また、笑ってる」

「あ、ごめんっ……」

「別に、悪くないけど。……さっきと、別人みたいだ」


 さっきのことなんて、すっかり忘れてた。

 心の奥底に押し込めた怒りや悲しみが、いつの間にか顔を出していた、なのに、昔感じたような不快感は、まったくなかったから。


「人形じゃなくて……人間、らしかったよ。……ありがと……せつ、兄さん」


 くしゃっとなった笑顔。どうしようもない熱が込み上げる。

 かける言葉が見つからないから、ぎゅって抱き締めた。そしたら、ね。ぎゅって、抱き締め返してくれたんだよ。


 楓くんが、兄さんって呼んでくれるようになった。

 ぼくも、かえくんって呼ばせてもらえるようになった。

 頭で考えるより先に、笑顔が零れて止まらなかった。


 凍える雪の夜。ぼくはきみが教えてくれたぬくもりを、絶対に忘れない。

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