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*27* 泣かないで

 名前を、呼ばれた気がした。

 ふと射し込んだ光。

 もの凄い力で吸い寄せられるように、明らかになる意識。


「ユキさんっ!」


 焦げ茶色の髪と、あたしをゆらゆら映す同じ色の瞳が、真っ先に飛び込んできた。


「……かえで?」

「そうっ、俺楓! 気づいたっ? 無事でよかったぁっ!!」

「うぐっ……苦し……首、折れ……」

「へっ? あ、ごめんユキさ……うわぁああ!! 死なないでユキさぁんんん!!」


 目を覚ましたとたん、安堵したバカ弟子にぎゅうぎゅう圧死させられそうになる。そんなバカっぽい日常が、帰ってきた。



  *  *  *



 気づけば、病院のベッドの上だった。

 今日は12月28日。あの夜から3日間も眠り続けていたらしい。大した外傷もないのに……って。


「……あたし、屋上から落ちたんだけど」

「ユキさんが落ちた下にさ、ネットとかシートが積み上げられてたんだよ。解体工事用に準備されてたやつ。それが、クッションになったんだ」


 たまたま? 偶然が積み重なって、打ち身とすり傷程度で済んだって……?


「さらに言うとね、クッションをやわらかい新雪が覆ってた。きっと、兄さんが守ってくれたんだね」


 あたしが欲しがった言葉をサラリと口にし、ベッド横の椅子に座る楓。そうして目線を近づけて、ポンポンって頭をなでるんだ。


「嬉しいって言ったら……未練がましいって、笑っちゃう……?」

「笑うもんか。せつ兄さんがユキさんを守った。俺はそう信じてるよ」


 ほかの誰が疑っても、俺は味方だよって。

 うつむくあたしを見越し、楓はひときわ明るい声音で口を開く。


「俺が雪兄さんと初めて会ったのは、10歳のときなんだ。血はつながってないんだよ、俺たち」

「……うん。なんとなく、そんな気してた」

「似てないもんなぁ。まぁいわゆる親同士の再婚、お互い連れ子ってことで」


 知ってる。薄っすらとだけど、雪の記憶があたしにも流れ込んできたから。


「俺さ、正直母親が好きじゃなくて。男にだらしなくて、そういう仕事してるから、いつも放ったらかし」

「……実のお父さんは?」

「さぁ? おふくろ自身もよくわかってなかったんじゃねーかな。……ってごめん、変な話して」


 静かに首を振る。それが、楓が女性を毛嫌いするようになった原因だから。

 ホッと胸をなで下ろした楓は、ポツリポツリと昔話を漏らし始める。


 雪のお父さんと楓のお母さんが結婚し、雪たちは兄弟になった。

 それまで愛情を充分に注いでもらえなかった幼い楓は、赤の他人も同然の雪に反発をする。

 雪は戸惑いながらも、一生懸命歩み寄り、時にぶつかりながら楓と打ち解けた。


 やっと軌道に乗りかけた家族の幸せは、楓の母親の事故死によって打ち砕かれる。

 後を追うように雪の父親も病死し、年若い兄弟のみが取り残された。


 不安で堪らなかっただろうに……それからずっと、大切な弟を、雪は守り育てて来たんだ。

 血のつながりがなくたって、愛する家族であることに変わりはないんだよって。


「楓は、雪に会えた……?」

「……うん。紗倉さくらにユキさん連れてかれて、パニクってるときに。嬉しいわ衝撃だわ、身体貸してくれとか頼まれてビビるわで、もう頭ん中ゴッチャゴチャ」

「まぁ、そうだよね……」

「けど……ユキさんを助けるために、雪兄さんも必死だった。断る理由なんてなかったよ」

「ほんっと……お人好しだよねぇ。雪は」


 運良く神様が目にとめてくれたんだ。

 最初から最後まで楓のことだけ考えて、あたしと〝交換〟されるのを待ってればよかったものを。なに……あたしの守護霊みたいな真似、やってんだか。


「ねぇ楓、あたしとあんたを引き会わせてくれたの、雪なんだよ」

「雪兄さんが、俺たちを……?」

「ホントはあたしね、あのギャルからあんたを助けて、死ぬ運命だった。けど雪に会ったから。あいつが言うように素直になってみたから、こうして楓と話せてるの」


〝再会〟した日、雪が妙にあたしを引きとめた理由が、いまならわかる気がする。

 運命を折り曲げたのは雪本人。この先いつあたしが死ぬかはわからない。ならそのときが来るまで、そばにいようって。


「雪は、最初から身を引くつもりだった……あんなに甘やかして、あたしの心盗ってったクセに、そばにいてくれないの。ぜんぶ雪の思惑通り……サイテー……くやしい……」


 最期にぶつけられなかった文句があふれて、あたしをいっそう惨めにした。

 ただシーツを握り締める震えを、包み込む手のひらがある。


「泣いたら悪い虫にたぶらかされるぞって、言った気がするんだけどなぁ……」

「……かえで?」

「そんくらい可愛いの。いいとこも悪いとこも、全部引っくるめてユキさんにゾッコンなわけ、俺たち兄弟は」


 はらはら流れる雫を拭い、頬に添えられた手が、少しだけ上を向かせる。


「泣かないで」


 低くささやいて、楓はあたしに、唇を寄せた。

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