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*10* はじめての

 あんなに真剣なかえで、初めて……


 悶々としているうちに駅前へ到着。

 おびただしい人が闊歩する昼下がりの片隅に、ひょろ長いあいつはたたずんでた。

 あたしを見つけるとフィールドジャケットのポケットから手を出し、もたれていた街路樹から細い身を起こす。


「お疲れ」

「……どーも」


 いつもマシンガンみたいに続く会話は、これっきり。

 やけに胸がざわつく。息を吸えば、真冬の冷気にのどが凍りつきそうだった。


「……意外だったな。ユキさんがメイド喫茶でバイトしてたの」


 先に会話の糸口をつかんだのは、楓。あたしも探り探り言葉を返す。


「キャラじゃないけど、この辺じゃ一番時給よかったし……」

「似合ってたよ。見惚れた。そんで……やな気持ちになった。俺のほかにも、こんなユキさん見てたやつらが大勢いるんだって」


 下田しもださんや木村きむらさんだって悪気はなかった。そんなのわかってる。だけど。


「ユキさん……俺、すごく悔しい。茶化されて、ポロッと零れたみたいに知られるのが情けない。でもっ……この気持ちは、もうごまかせない……!」

「ちょっ……」

「好きだ……っ」


 後ずさるヒマすら与えられず、たった1歩で詰められた距離。

 腕をつかまれたあたしは、みるみる抱きすくめられていく。


「そんなっ、あり得ないよ!」

「……なにが」

「楓はかん違いしてるの! ふれても平気な異性が、たまたまあたししかいなかったから……!」

「たまたまさわれたから、ユキさんのこと好きになったと思ってんの? ちがう。ユキさんが好きだから、ふれられたんだ」


 腰を絡め取る腕。驚きのけ反った先で、熱に浮かされた瞳をあおぐ。

 心臓が飛び跳ねた。あたしを映す焦げ茶色の瞳が、身を焦がすほどに甘やかで。


「一目惚れはやだ? 信用できない?」

「そんな、ちが……」

「じゃあ聞いてよ、俺の気持ち。ユキさんが好きだ。かわいくてしょうがなくて……大切な女の子なんだ」


 なんだ、なんだこれは。

 だってあたしの知ってる楓は、ヘタレで、バカで。こんな大衆の前でなにかするとか、あり得なくて。

 鎖で繋ぐように、掻き抱いたりしない。かすれた低音で、囁いたりしない……

 そうやって、楓の全部をわかったつもりでいたんだ。


「本気だから」

「待ってかえでっ……だめっ!」


 どうして考えなかったんだろう。立ち止まって、向き合わなかったんだろう。

 向けられた好意がたしかなものだったこと。

 だからこそ、愛おしげに頬を撫でた楓が次にどうしたいかなんて、ほんの少し考えを巡らせたなら、たどり着けただろうに。

 愚かなあたしは、痛感するのだ。


「……んぅっ!」


 押しつけられた唇の熱さを。堰を切ったような楓の熱情を。

 真冬の冷気さえ入り込めない抱擁を一身に受け、いまさら思い知る。


「っは……だ……や、だ……」


 か細い懇願に、わずかながら離れる熱。

 泣きそうなのは、あたしだけじゃなかった。楓だって、顔を歪めていた。


「嫌なら、なんで突き飛ばさないんだ」

「だって、かえでが……っ!」

「こんな近くにいるから、止められなくなる……これ以上、俺を苦しませないでくれ」

「かえでっ、やっ、セ――!」

「頼むから、俺のこと見て。好きだって返して……! それ以外、なにも要らないから……っ!」


 応えてほしいとねがいながらも、言葉を紡がせてはくれない。

 いっそ思考回路を壊してしまえと、キスの雨を降らせる楓は、捨てられた子犬のように怯えていて。

 あたしは戸惑い、しがみつくのがやっと。

 近すぎて、楓が見えない。与えられる熱が、ひどく悲しい……


「っ……ユキさん……」


 苦しい……苦しい、苦しい。


「ユキさん…………ユキ」


 窒息しそうなほど、深い感情、愛。


ゆき……っ!」


 何度も何度も繰り返される声音にあてられて、熱い。身体が、燃えそうなの。

 甘い熱を逃したくて身をよじる。


 伸ばした指先が虚空を掻いた瞬間だった。

 糸が切れたマリオネットのように、あたしの世界はブラックアウトした。

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