豹変
「三人全員入れたぞ、三人全員入れたぞ」
沢野さんも田畑さんにあわせるようにしゃがれ声で叫んだ。
「人間の体は便利だな、人間の体は便利だな」
小川さんは甲高い声で含み笑いをもらしながらつぶやいた。
すでに左手の出口に向かっていた芽衣さんは異変を察知し、立ち止まって振り返った。
その顔には「信じられない」という驚愕の思いが読み取れた。
「黒雷くんは黒影。黒雷くんは黒影」
そう言って俺の方に歩み寄る田畑さんの顔は、みんなで布団を敷いている時や夕食で見せた穏やかな顔とは似ても似つかない、まさに鬼のような形相になっていた。
「黒影は敵。黒影は敵」
田畑さんだけど、田畑さんではない何者かが、俺の方に手を伸ばした。
これはなんなんだ⁉
言い知れない恐怖で体が竦んだ。
「黒雷さん、走って。こっちに来て!」
芽衣さんのこの凛とした声がなければ、俺は体を動かすことができなかっただろう。
呪縛から解き放たれたように、俺は芽衣さんの方へ駆け出した。
芽衣さんはその間に胸元から護符を取り出した。
「祓え給い 清め給え 神かむながら守り給い 幸さきわえ給え」
両手に持った護符にそう唱えると、護符は意思を持ったかのように芽衣さんの手を離れた。
その速さは矢のようで、何枚もの護符が田畑さんの方に飛んで行った。
護符が田畑さんを取り囲むと、田畑さんは「苦しいよ、苦しいよ」とその場から動かなくなった。
「その女、許さない。その女、許さない」
そう喚きたてる沢野さんも、田畑さんと一緒だった。
三人の中では一番顔立ちの整った人だったのに見る影もない形相になっていた。
芽衣さんは田畑さんの時と同じように護符を使い、沢野さんの動きを封じた。
「もう護符がないわ」
芽衣さんは御神体の周囲を素早く見た。
「祭壇の左側に破魔矢と破魔弓があります。私が残りの一人をひきつけている間にとってきてもらえますか?」
俺が頷くと、芽衣さんは左手の入口に近寄りつつ、小川さんをけん制していた。
ミストが充満しているのと、御神体がある本殿という場所のせいか、小川さんの動きが遅いことだけが救いだった。
俺は祭壇めがけて全速力で走った。
そして提灯で祭壇を照らすと、破魔矢と破魔弓を探した。
これだ!
俺は破魔矢と破魔弓をとると、芽衣さんの元へ戻った。
俺は床に破魔矢と破魔弓を置き、芽衣さんの提灯を預かった。
「ありがとう」と芽衣さんは言うと、破魔矢と破魔弓を床から拾い上げた。
素早く小川さんに狙いを定めると、矢を放った。
破魔矢は先端が尖っていないので、小川さんにあたると、そのまま弾き飛ばされ、床に落ちた。
「やった、一体倒せました。破魔矢には魔を払う力があります。小川さんを浸食していた影の血が、破魔矢が当たった瞬間、体から飛び出し、ミストで浄化されて瞬時に消えました」
俺は矢の方に気をとられ、影の血が飛び出す様子を完全に見逃していた。
小川さんはというと、膝から崩れ落ちた後、ゆっくりと横に倒れた。
「気を失っているだけで、御無事です」
芽衣さんはそう言うと、破魔弓を床に置いた。
……というか芽衣さん、神の力を持っている? 影の血が見えていたんだよな?
一体倒せたという事実に、俺は落ち着きを取り戻した。
そして芽衣さんに神の力があるのではと考える余裕もできていた。
だが、事態は深刻なままだった。
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ハラハラドキドキの展開です。
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