神社の御神体
「神降ろしはとても繊細な神事です。本来、陰陽師である祖父と黒影の当人の二人のみで行うものです。それをなぜおひとりでやっているのか、いえおひとりでできるのか、それはわかりませんが、ただ言えることは一つ、私たちはここにいてはならないのです」
芽衣さんは早足で扉に向かって歩きながら、押し殺した声で言った。
俺も慌ててその後を追った。
「こちらの御神体、実は天野頭領の武器だった、神剣なのです。天野頭領がお亡くなりになった際、沫那美美鶴さまが見つけ、防衛本部へ持ち帰りました。それを祖父が御神体として奉り、ここに神社を拓いたのです」
芽衣さんは神事を邪魔しないよう、極力小さな声で、足早に扉を目指しつつ、途中右側の扉も閉めながら、俺に事情を説明した。
「つまり、狭霧にとっては父親を通じて縁のある御神体だったということですね」
俺が小声で問いかけると、芽衣さんが頷いた。
「恐らくは大変強い縁、ゆえに天野さんが呼びかける前に、御神体の方が天野さんを呼んだのではないかと」
すべてが合点のいく説明だった。
!
俺と芽衣さんは小走りをしながら話していたので、前方に注意を払っていなかったが、扉のところに誰かいる!
俺と芽衣さんは扉の数メートル手前で小走りをやめ、人影が誰であるか確認するために、目を凝らした。
まさか泥棒⁉
「ああ、黒雷くん、そこにいたんですね! 部屋に戻ったら、君と天野くんの姿がなかったから探していたんですよ」
なんと扉の外で中を伺っていたのは、結婚一周年記念の旦那三人衆だった。そして今、俺たちに声をかけたのは田畑さんだった。
「天野くん、会えてよかったよ。実は授与所の方へ探しに行こうとしたら、何か大きなものが追いかけてきたんだ。僕たちはここへ走ってきたけど、追いかけてくるかもしれない」
そう言ったのは沢野さんだった。
「ここは聖域です。しかも雨降ろしの日にそのような得たいの知れないものが現れることは……」
芽衣さんの言葉に小川さんが
「もしかしたら猪でも迷い込んできたのかもしれないです」
その言葉に芽衣さんは「猪……?」と眉をひそめたものの、神社の周囲は森になっており、現れないと言い切れなかったようで言葉をつぐんだ。
「動物なら鼻が利きます。追いつかれる前に、この中に入ってもいいですか?」
田畑さんが背後を気にしながら、芽衣さんを見た。
芽衣さんは一瞬考え込んだが
「分かりました。この本殿は入口が二つあり、左手の入口からは宿泊棟につながる渡り廊下に出ることができます。一旦中に入ったらすぐにそちらの扉に移動して、みんなで宿泊棟に行きましょう」
「でも芽衣さん、その扉は外から鍵がかかっているのでは?」
「外鍵になっているのはここの扉だけです。他はすべて内鍵なので、大丈夫です」
なるほど。
「では中に入っていいですか?」
田畑さんが芽衣さんを見た。
「ええ、お入りください」
続いて、沢野さんが
「では入りますね」
芽衣さんが頷いた。
「では私も入りますよ」
小川さんがそう言うと、急いでいた芽衣さんは少しキツイ声で
「はい、早く入ってください。そして皆さんこちらへ」
と言った。
そして小川さんが中に入った時だった。
「ついに入ったぞ、ついに入ったぞ」
田畑さんが突然両手を挙げて叫んだ。
田畑さんの声とは思えない、おぞましい声だった。
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本殿で何やら不穏な事態が……。
引き続きお楽しみください。




