本殿
本殿は奥まった場所にあり、周囲を木々に囲まれていた。
さっきまでいた場所に比べ、かなり暗く感じた。
俺は芽衣さんの提灯を預かり、自分の提灯とあわせ、扉の鍵を開けようとする芽衣さんの手元を照らした。
「あら?」
芽衣さんは小さくつぶやいた。
「どうかしましたか?」
俺が尋ねると、芽衣さん不思議そうに「鍵があいています」と言った。
え……?
「あ、でもたまにあるんですよ。忙しい時とか、鍵の閉め忘れが」
「そうなのですね……」
「念のために中に入って確認するので、こちらでお待ちいただけますか?」
「えっ」
俺は二つの意味で焦った。
一つ目は、この薄暗い場所に一人で取り残されるのはちょっと怖い……という情けない理由。
二つ目は、もし鍵の閉め忘れではなく、泥棒の仕業なら、中で鉢合わせする可能性もある。芽衣さんを一人で行かせるわけにはいかない。
「本殿は基本的に一般市民に解放されていない場所で、神職ではない人の立ち入りが制限されていることは重々承知しています。承知はしていますが、芽衣さんに何かがあったら心配なので、一緒に入ってもいいですか?」
芽衣さんは少し考え込み
「分かりました。でも中に入ったことは内緒ですよ。そして神を敬う気持ちを強く持って入ってくださいね」
そう言うと芽衣さんは中へ入っていった。慌てて俺も後を追った。
そうだ、神を敬う気持ちだ。
急な訪問をお許しください。友を探してお邪魔しています。
俺はそう心の中でつぶやいた。
「今、明かりを、あら、つきませんね」
パチパチと何度もスイッチを押す音だけがむなしく響いた。
「電球が切れてしまったのかしら。一応電気も使えるようにしているのですが、基本、自然採光を採用しています。左右の扉を開ければ少しは明るくなるかもしれません」
芽衣さんと俺は提灯の明かりを頼りに壁沿いをつたい、右側の扉にたどり着くと内鍵をあけ、扉を開いた。
月明りもない、ミストが降る夜であったが、扉を開けることで闇に濃淡ができた。あとはわずかばかりの俺と芽衣さんの持っている提灯の明かりで、足元を照らしながら再び奥の方へ進んだ。
本殿は天井も高く、とても広かった。
「あちらに御神体が奉られています。あら……」
芽衣さんが提灯を持った手を高く掲げ、奥を照らそうと背伸びしていた。
俺も同じ方角に提灯を掲げてみると……。
「狭霧⁉」
御神体の前に狭霧が横たわっていた。
俺と芽衣さんは小走りで狭霧のそばに駆け寄った。
「おい、狭霧!」
俺は立て膝をつき、狭霧の肩に触れた。
「冷たい」
思わず声が出るぐらい、狭霧の体は冷え切っていた。
芽衣さんも狭霧に触れ、その冷たさに驚いたようだ。
「こんなに体が冷え切っているなんて……。本殿は木造作りですが、機密性は高いですし、床も木材です。大理石の床ではないのに、まるで雪原の中にいるような冷たさ、これは尋常な状態ではないですね」
そう言ってから芽衣さんは手を狭霧の口元にかざした。
まさか……。
血の気が一瞬でひいた。
「……大丈夫です。息はされています」
俺と芽衣さんは同時に安堵のため息をついた。
「とりあえず社務所に運びましょう。職員用の仮眠室、有事に備えた医務室がありますから」
「わかりました」
俺はそう言って狭霧を持ち上げようとした。
お、重い……。
狭霧の体は、全身が鉛の塊になってしまったかのように重たかった。
「芽衣さん、すみません、無理です。狭霧の体が鉛のように重たくて動かせないです」
俺の言葉に芽衣さんは動きを止めた。
そして俺に尋ねた。
「天野さんが本殿に来た理由、思い当たることはありますか?」
「え……」
この神社には今日初めてきたので分かるはずが……いや、そうだ!
「宿泊棟から拝殿に向かう時、渡り廊下が二手に分かれている箇所があるじゃないですか。左に行くと本殿、右に行くと拝殿。狭霧はそこで立ち止まって、本殿の方から声が聞こえるって言っていました」
俺の言葉に芽衣さんは目を丸くした。
「まさか、そんな……」
そこで言葉を切ると、「今すぐ、本殿を出ましょう」と言った。
「え、狭霧をおいて、ですか?」
「むしろ、おいていかないとダメです」
「え」
芽衣さんは立ち上がり、切迫した表情で俺を見た。
「信じられないことですが、狭霧さんはおひとりで神降ろしをされています」
この投稿を見つけ、お読みいただき、ありがとうございます。
狭霧、ようやく発見!しかーし!
引き続きお楽しみください。




