どこから来たのか?
「だん君によると、陽菜に襲い掛かった巨大な手は、廃墟をさ迷う霊ではなかった。そもそも三人がいた場所は、だん君が既に鎮魂の歌と舞を捧げていたから、霊はいなかったの。ただその周囲にはみんなが到着した時点では霊がいた。でもだん君の鎮魂の歌と舞により、浄化されていた。つまり、周囲にいた霊もみんな黄泉の国へ旅立っていたの。だから巨大な手の正体は霊ではない。ではなんだったのか? ただの黄泉の国の住人なら、人間を攻撃しない。でも巨大な手は陽菜に襲い掛かった。そうなるとそれは黒い影ということになるのよ」
狭霧は合点がいったようで、何度も頷いた。
「でも黒い影は黄泉の国の入口を通って現れるの。だん君が持つ神の力なら、黄泉の国の入口があれば感知できる。では黄泉の国の入口を感知したかというと、ノーよ。つまり黄泉の国の入口がないのに突然黒い影が現れたことになるの。余談になるけど、だん君は『僕が油断していました』って天津頭領に報告したそうだけど、これは油断とかの問題じゃない。あの場に誰がいても、黒い影の出現は唐突で事前に対処はできなかったと天津頭領も言っていたわ」
「先生、休憩所の件も同じですか? その、黄泉の国の入口は見つからず、でも現れたのは黒い影だったのですか?」
狭霧がすかさず尋ねた。
木ノ花先生は頷いた。
「防衛本部から町へ続く道路とその周辺は、工事をする前に浄化を終えていたの。だからそもそもとして霊はいない。それにひまりの分析でも黒い影だったわ。でも黄泉の国の入口は見つからなかった……」
「一体どこから黒い影は来たんだ……?」
思わずつぶやいた俺の言葉に木ノ花先生は答えてくれた。
「ひまりによると、数キロ以上離れた場所でその気配が察知され、ものすごい勢いであの休憩所に襲ってきたらしいの。ひまりの第六感はかなり強いから、敵が現れれば即探知できる。でもあの時は気配を察知して到達まで十秒足らずだったから、方角までは分かったけど、正確な位置まではつかめなかったの。相当な速さで襲撃してきたのよ」
「それでその黒い影はどの方角から来たのですか?」
「それがねぇ、黒雷くん。廃墟のある方角、まぁ、防衛本部がある方角だったのよ」
「ということは、陽菜を襲った黒い影と同一ということですか?」
俺の言葉に木ノ花先生は「それはないわ」と答えた。
「だん君はあの場で瞬時に黒い影を倒してしまったの。つまり、浄化してしまったから、黒い影は消えてしまったわ。だから同一ってことはないわね。ただ参考までに話すと、だん君は神視覚が発現していないし、神視覚が発現していても、ひまりみたいに属性分析できる人なんて、そうそうはいない。『今逃げたのは水属性の黒い影でしたよね?』みたいな会話はなかなか成立しないのよね……」
それだけひまり先輩の神視覚は特殊ということか。
「あと、ひまりもだん君も第六感を持っているけど、そこで感じた感覚の共有は難しいの。例えば同じ黒い影に対しても、その気配をゾワゾワするようだという人もいれば、息が苦しくなるような重い感じという人もいる。だから第六感で判断するのも難しいわ。あと黒い影ってそもそも見た目の区別が難しいのよね。何せ影だから。表情はないし、顔の特徴なんてないし。背の高さや太っている、痩せているぐらいの区別はつくかもしれないけれど……」
木ノ花先生の説明に俺たちは「なるほど」と頷いた。
「黄泉の国の入口について聞いてもいいですか~?」
「もちろんよ、陽菜」
「これまでの話だと、黄泉の国の入口は、金を採掘する過程でうっかり開けちゃってたんですよね~? でもでも、黄泉の国の方から、入口を作ることはできないんですか? もしそれができるなら、黄泉の国の方で入口を開けて、黒い影が出て行った、みたいな。で、終わったら塞いだ、みたいな」
怪奇現象は苦手とあれだけ言っていたのに、ブレスレットの力なのか、陽菜は怖がることなくこの話に参加していた。
「いい視点ね、陽菜。黄泉の国の方から葦原の中つ国、すなわち私たちの世界に入口を作ることができるのか、というと、正直分からない、って陰陽頭は言っていたの。なにせ試したことがないし、試したという人にあったことがないからね、って。ただ、もし黄泉の国から入口を作ることができたら、それは大変なことになってしまうのは確かよね」
「つまり、黄泉の国の方から入口が作れるなら、毎日のように大量の黄泉の国の住人が、人間の住む世界に来てしまう、ということですね」
「その通りよ、天野くん」
この投稿を見つけ、お読みいただき、ありがとうございます。
黒い影の区別をつけるのは難しいようです。
カラーボールを投げつけて色をつければ区別できるかな……?




