変化自在
木ノ花先生は待っていました、その反応!という感じでニヤニヤしながら話を続けた。
「どんな衣装にするか、細部までイメージする必要があるから、みんなスケッチという作業をして服のイラストを描くの。そこで活躍するのが、ヨガの訓練で獲得した集中力よ。集中して、頭の中に完璧にイメージを記憶させるの。後は天の羽衣を着た時、その衣装をイメージするだけ。一度イメージしたら、よっぽど強い力で別の衣装をイメージしない限り、脱ぐまで変化することはないわ。一度脱ぐとリセットされて、元の忍者装束に戻る感じね。ちなみに着用中に意識を失うと、これもまたデフォルトの忍者装束に戻るわ」
「信じられない」
「すごーい、すごーい! 陽菜、今すぐ試したい」
「これは……驚きですね」
俺たちは次々に驚嘆の言葉を口にした。
「天の羽衣は変化自在……。だん先輩の戦闘服は水兵服でしたよね。でもパルクールをするために廃墟に行ったときはロングTシャツにジャージだった。天の羽衣を戦闘服ではなく、パルクール用に変えていた、ということですか? つまりさっきの俺の質問の答えは、天の羽衣の力でだん先輩はパルクールをしていた⁉」
俺が尋ねると木ノ花先生は「その質問の回答は複雑なの」と言ってしばし考え込んだ。
「まずはそもそもなぜだん君が廃墟でパルクールをしているのかを説明するわね」
そう言って再び話始めた。
「だん君が廃墟にパルクールをしに行くのは、趣味半分、任務みたいなものが半分っていう感じなの。というのも、廃墟には……東京には、沢山の死者……霊がさ迷っている。一連の災害は連続して起きてしまったから、東京での救出作業はろくにすることができなかった。だから沢山の死者を出してしまった。そして弔いも全然できないまま、時間が過ぎてしまったの。それでだん君は公休の度に廃墟に出向いては、鎮魂の歌と舞を捧げているのよ。その結果、沢山の霊がさ迷い、よどんでいた空気が浄化され、死者も黄泉の国へ旅立つことができるの」
「ということは、狭霧に聞こえていた歌声は、鎮魂の歌だったのか」
俺の言葉に木ノ花先生は頷き、狭霧も「なるほど」と頷いた。
「黄泉の国に行ったことがない霊は通常、人間から生命力を奪うほど強くはない。だから大丈夫だとは思うけど、廃墟に行く時は戦闘服を……天の羽衣を着てほしいと思っているの。でもだん君にはだん君なりの美学があって、パルクールをやる時は天の羽衣の力は借りたくないって。だからあえて天の羽衣を着ないようにしているの。つまり、パルクールはだん君の実力よ。ただ、あの日、みんなを廃墟に連れて行った時は、万が一の時にみんなを守れるように天の羽衣を着用していたわ」
これは複雑な事情だ。でも木ノ花先生の説明は分かりやすく、よく理解できた。
「あの、木ノ花先生、廃墟で陽菜が襲われた件ですが、あの時、だん先輩は『触れては駄目だ』と言いました。そして細かいことですが、木ノ花先生はこの授業の最初の方で『皆さんがだん君と行った廃墟で遭遇した怪奇現象は、この黄泉の国から現れた』と言っていました。でも、今、先生は廃墟にいる死者……霊は黄泉の国に行ったことがなく、生命力を奪うほど強くない、と言いました。これってどういうことですか?」
「……!」
確かに言われてみれば……。
「……、さすがね、天野くん。そこの矛盾に気が付いたとは」
そう言うと木ノ花先生は「まず整理しておくわね」と言い、スクリーンモニターをホワイトボードに切り替えると、タッチペンで何かを書き始めた。
●黄泉の国にいったことがない死者=いわゆる幽霊
人間から生命力を奪うことはできない。
●黄泉の国の住人=黄泉の国にいる死者
人間を攻撃することはないが、人間に触れると生命力を吸い上げてしまう。黄泉の国の入口を通ってしか、人間の世界(葦原の中つ国)に来ることができない。
●黄泉の国の軍勢
黄泉の国の入口を通って現れ、人間を襲い、攻撃する。黒い影の集団。触れた人間は生命力を奪われてしまう。倒すためには神の力が必要。
●黒い影
黄泉の国の軍勢の個々のことを黒い影と呼ぶ。
「この前提を元に話していくわね」
そう言うと木ノ花先生は話を再開した。
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次回更新のタイトルは「どこから来たのか?」です。
明日から、朝の7時に3話、夜の21時に4話、更新します。
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