久しぶりの木ノ花先生
翌日からの訓練ではヨガと瞑想の割合が増えた。しかも訓練を担当するのはひまり先輩。
これは明らかに神の力の発現につながる訓練だ。
俺はそう思い、訓練に集中しようと思ったが、余計なことがすぐに頭に浮かんでしまった。その度にひまり先輩に「無心になって」と注意されてしまった。
須虞那先生に夜見先輩のことを相談したかったが、会って相談するのはなかなか難しかった。
俺たちは訓練に追われていたし、須虞那先生は医師として忙しい日々だった。そこで端末を使い、就寝時間が過ぎた後、当直の須虞那先生と短い時間であったが話をすることができた。
夜見先輩が狭霧を狙ったかどうかは、はっきりとした証拠がないのだから、一概に犯人扱いしない方がいい、と須虞那先生は言った。
さらに、夜見先輩の退行は特殊なケースと考えられていた。
天野頭領と春秋竜美は赤ん坊に、鹿島建御は五歳児ぐらいに退行していた。だが夜見先輩は一歳分しか退行していない。
しかもMRI検査で、他の者にはない、腫瘍とは違う何かの塊が脳にあった。
そのため夜見先輩は極秘裏に、長年防衛本部の観察下に置かれていた。何か不穏な動きをすれば、それはすぐにわかるし、何よりも防衛本部の敷地内で無茶な行動はしないだろう、というのが須虞那先生の見解だった。
さらに夜見先輩が誰かと一緒にいるという報告はほぼないという。
もし誰かといたとしても、それは事務連絡や任務中だった。狭霧をどうかするための仲間がいるとは考えにくい、と須虞那先生は断言した。
狭霧はこの言葉に安心し、冷静な気持ちで夜見先輩から訓練を受けることができた。何よりも夜見先輩による訓練の時に、安藤教官と鈴野教官が同席してくれことも心強かった。結局変なことは起きず、訓練を終えることができた。
むしろ狭霧を苦労させたのはリツコ先輩だった。
うまくできると抱きつく、うまくできないと密着して指導する。狭霧は表情を変えることなく耐えていたが、その日の訓練が終わった後はいつも以上にぐったりしていた。就寝までの自由時間に屋上の東屋に来ることもなく眠ってしまった。
そんな訓練の日々だったが、任務で活躍する黒影隊員全員から一度ずつ訓練を受け終えると、一日がかりで木ノ花先生による座学を受けることになった。
「みんな久しぶりね。先輩たちにいっぱい鍛えてもらえたかしら?」
確かに木ノ花先生に会うのは久しぶりだった。廊下ですれ違うとか、食堂とかで見かけることはあったが、こうやって向き合うのは久々だった。
「今日は、皆さんの人生観、価値観が変わるような話を次々としていきます。嘘としか思えないような話もあるかもしれませんが、これはすべて真実なので、心して聞いてくださいね」
いつにない気合の入り具合で、木ノ花先生は授業をスタートさせた。
「レジュメはいつも通り、端末に送りました。ただ、機密情報が多いので、閲覧にはパスワードが必要ですし、コピーや転送はできないようになっています。取り扱いには十分注意してくださいね」
そう言うと、木ノ花先生はスクリーンモニターにレジュメを表示した。
そして木ノ花先生はこの時がようやく来た、という表情で俺たちを見た。
「昨日までの先輩黒影による訓練は、ただの訓練ではありませんでした。先輩黒影たちは、皆さんのある資質を見ていました。それは黒影の隊員が戦わなければならない敵と、戦える力があるか見るものでした」
木ノ花先生は両手をついていた教卓から身を起こし、手を後ろに組むと教壇を歩き始めた。
「以前、天野くんに黒影は戦わないと言いましたが、それは敵が現れていないからです。これから話す敵が現れれば、黒影は戦わなければなりません。ただそれは、窃盗団ではありません。窃盗団は今、金剛駿河山の方に出没しており、ここ、金剛お台場山には現れていません。しかし、いつ現れるかわかりません。現れれば、もちろん黒影は出動します。でも相手は金を盗もうとしているだけで、黒影のような武器を装備していません。ですのであくまで威嚇し、相手がひるみ、撤退することを促すだけであって、戦いません。では黒影が戦う敵とはなんなのか?」
木ノ花先生が俺達の顔を順番に見た。
「実は皆さんは、その敵にすでに遭遇しています。通常、その敵は誰もが認識できるわけではありません。特別な力がないと、見ることも、感じることも、戦うこともできません。ですが、ここにいる三人は、その特別な力が芽生える、すなわち発現が始まっているようです。なぜならその敵を、天野くんと黒雷くんは見ることができている。陽菜は匂いで感知しているからです」
俺たちは黙って木ノ花先生を見た。
この投稿を見つけ、お読みいただき、ありがとうございます。
木ノ花先生は毎年この講義をするのが楽しみなようです。
引き続きお楽しみください。




