壮絶な決意
沫那美先輩は敵を倒しながら、黄泉の国の入口まで血路を作ってくれている。
耳元では鹿島による投石の音も聞こえ、黒い影が次々と倒れた。
よく見ると矢を受け倒れる黒い影の姿も見える。春秋竜美だ。
須虞那先生は銃を使っていないが、銃声がする。
遠くから届く銃声は狙撃手。
近距離からするこの乾いた銃声は天野頭領。
須虞那先生は、自分が一人ではないこと、助けてくれる仲間がいること、そして自分がすべきことをよく理解した。
「いまだ、須虞那!」
沫那美先輩がバク転をして後ろへ退くと、そこには黄泉の国の入口が見えた。黒い影は一体もいない。
須虞那先生は転げるように座り込むと、封印の桃の実を置こうとした。
その瞬間。
「封印しないで。逃げられなくなる」
黄泉の国の入口に美しい女性が現れていた。
神々しい光に包まれた女性は
「私は天照大御神です。助けて」
そう言うと細い美しい手を伸ばした。
須虞那先生は驚いたものの、天照大御神が黄泉の国に囚われている説が会議で紹介されたことを思い出していた。
黄泉の国の殲滅に集中すると言われていたが、目の前で助けを求めているのを見過ごすことはできない。
須虞那先生は助けを求めるその手を掴もうとした。
「騙されるな、この気配は天照大御神ではない」
天野頭領が叫び、差し伸ばされていた細い美しい腕を切り落とした。
切り落とされた腕の切り口から、タールのような黒い粘着質の液体がドロリと落ちた。
美しい女性は断末魔のような悲鳴をあげ、後退した。
「貴様、よくも」
女は叫び、残された手で天野頭領に襲い掛かった。
襲い掛かったのは手かと思ったが、その手は腕から先が刀に変わっていた。
天野頭領は振り下ろされる女の刀を自身の剣で受け止めながら叫んだ。
「早く封印の桃の実をおいて逃げろ」
須虞那先生は慌てて封印の桃の実を置こうとした。
すると、先ほど切り落とされた腕が須虞那先生めがけて飛びかかってきた。
シュンと音がして矢が飛びかかる腕をかすめた。
切り落とされた腕は俊敏な動きで矢を交わしていた。
「早く、置くんだ!」
天野頭領が手を伸ばし、須虞那先生に襲い掛かろうとする切り落とされた腕を掴んだ。
「この、こざかしい奴め」
女の罵声が聞こえたが、それを無視して須虞那先生は封印の桃の実を置いた。
女は動きを止め、固まった。
やった!
そう思い、須虞那先生は天野頭領を見た。
だが。
天野頭領の上衣がふわっと舞い、ズボンは地面に落ちた。
えっ……。
須虞那先生は一瞬何が起きたか理解できなかった。
世界から音が消えた気がした。
が。
すぐにそこが戦場であると思い起こさせる様々な音に我に帰った。
振り返ると、戦いはまだ続いていた。
黄泉の国の入口が封印されても、ここにはまだ沢山の黒い影が……黄泉の国の軍勢が残っていた。
沫那美先輩は一本では足りないとばかりに二本の刀で黄泉の国の軍勢と戦っていた。
春秋竜美と鹿島は敵が近すぎる故、弓や投石での戦いをやめ、春秋竜見は鉈で、鹿島はこん棒で戦っていた。
銃声や投石の音も聞こえる。
他の隊員も必死に戦いを続けていた。
私も戦わなきゃ……。
須虞那先生が立ち上がろうとした時、「おぎゃあ」という声がした。
えっ……
須虞那先生は声がした方を見た。
そこには天野頭領のズボンがあり、そのズボンの中でごぞごそ動くものがあった。
まさか……
須虞那先生がズボンをまさぐると、そこには男の子の赤ん坊がいた。
訓練の時に何度も教えられていたことがあった。
黄泉の国の軍勢に、黒い影に触れてはならない。絶対に。
黄泉の国の軍勢に触れると、生命力が吸い取られる。生命力を奪われた人間は、退行が進み、大人の体から子供の体へ、子供の体からやがて赤ん坊になり、やがてこの世のから消えてしまう……。
動きを止めた女の腕は、刀から元の手に戻っていた。そしてその手は天野頭領の上衣を掴んでいた。
須虞那先生は女の手から天野頭領の上衣を奪い返すと、赤ん坊をくるみ、ぎゅっと抱きしめた。
お願い、消えないで。
すると「お姉さん、ここ、どこ?」という声がした。
須虞那先生が声の方を見ると、どこかサイズがあわないという感じの服を着た少年がいた。
まさか……。
今にも泣きだしそうな少年は夜見先輩だった。
少年の姿になった夜見先輩は喘息の症状は治まっているようだった。
「怖くないよ、こっちへ来て」
須虞那先生が声をかけると、恐る恐るという様子で夜見先輩は近くへやって来た。
須虞那先生は赤ん坊になった天野頭領を、残されたズボンの中にいれると足の部分を自分の体に結わきつけた。そして夜見先輩をおんぶすると、夜見先輩の武器だった鎌を手にとった。
必ず、連れて帰る、二人を。
須虞那先生は駆け出した。
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封印の桃の実をついに置くことができたのに、衝撃の展開が……。
この後、須虞那先生は戦地を脱することができるのでしょうか⁉




