作戦開始
天野頭領は坑道での戦闘を沫那美先輩から聞いていた。黄泉の国の軍勢との戦いは、黄泉の国へ続く入口を封印しない限り、際限ないものになることを理解していた。
だからこそ、勢いのある最初の攻撃は二手から入り、敵を分散させ、その隙をぬって天野頭領が黄泉の国の入口へ向かい、封印の桃の実を置く作戦を立てていた。
万が一に備え、坑道で見事封印の桃の実を置くことに成功した夜見先輩を従え、天野頭領は黄泉の国の入口を探した。
予想通り、黄泉の国の入口は、すり鉢状に採掘された窃盗団の巣の中央部にあった。
大きさとしては二メートル四方ぐらいだった。
天野頭領と夜見先輩は敵を倒しながら、また後方の弓や狙撃、投石隊員の支援により、順調に黄泉の国の入口に向かっていた。
一方、沫那美先輩の姿をいつの間にか見失っていた須虞那先生は、いつの間にか黄泉の国の入口近くまで来ていた。
封印の桃の実は特別なものだった。
防衛本部につめる陰陽師、僧侶が一丸となって飲まず食わずの三日三晩の祈祷で清められた特別な桃。
今回の討伐作戦のために三十個が用意され、隊員は一人ひとつずつ封印の桃の実をもたされていた。それは、作戦では天野頭領が封印の桃の実を置く役目を担っていたが、チャンスがあればどの隊員でも置くことができるように、という計らいからだった。
須虞那先生は素早く封印の桃の実を取り出すと、西の方角にあたる場所にそっと置いた。
甘い桃の香りが広がった。
その瞬間、周囲にいた黒い影が動きを止めた。
さらに黄泉の国の入口からまさに出ようとしていた黒い影の一部の動きが、止まった。
その効果たるやてきめんだった。
動かなくなった黒い影に銃を向けようとしたところを制したのは天野頭領だった。
「よくやった須虞那。動けなくなった黄泉の国の軍勢は、朝日を浴びれば消える。このまま放置して構わない」
そう言うと天野頭領は北の方角に封印の桃の実を置いた。東の方角には夜見先輩が封印の桃の実を置いていた。
黄泉の国の入口にいた黒い影が続々と動きを止めていた。
あと一か所で黄泉の国の入口は封印される。
その時だった。
ひときわ大きな黒い影がこちらへ向かっているのが見えた。
だが、すぐに桃の香りを感じたのか、移動をやめた。そしてそばにあった大きな岩を、南の方角に封印の桃の実を置こうとした夜見先輩めがけて投げてきたのである。
すると天野頭領が素早く駆け寄り、夜見先輩をその場から突き飛ばした。
夜見先輩も天野頭領も岩の直撃をかわすことはできたが、天野頭領は転がった先で黒い影に襲い掛かられてしまった。
須虞那先生は慌てて銃を向け、天野頭領に馬乗りになろうとする黒い影を倒した。だが、地面に横たわる天野頭領に他の黒い影が次々と近づいていた。
「四尊、早く封印の桃の実を!」
天野頭領の声に、夜見先輩は慌てて起き上がろうとした。
だがその時、あろうことか喘息の発作が出てしまった。
封印の桃の実が置かれていない南の方角の入口からは、黒い影が湧き出してきていた。
無防備に咳き込む夜見先輩の周りにも黒い影が迫っていた。
須虞那先生はその場で固まってしまった。
封印の桃の実を置きたいが自分はもう持っていない。そして天野頭領と夜見先輩には沢山の黒い影が迫っている。
自分は何をすべきなのか、とっさの判断ができず、動けなくなった。
その時だった。
「させません」
そこに現れたのは春秋竜美だった。
武器が弓だった春秋竜美は、天野頭領と夜見先輩が黄泉の国の入口にたどり着けるよう、後方支援をしていた。そしてこの危機的状況をいち早く察知し、駆けつけたのだ。
春秋竜美はものすごい速さで走りながら、何本もの矢を天野頭領と夜見先輩を襲う黒い影に向けて放っていた。
「須虞那さん、受け取ってください」
春秋竜美の後ろから駆けてきたのは鹿島建御だった。
武器が投石の鹿島は、抜群の腕前で自分の封印の桃の実を須虞那先生に向けて投げた。
と同時に「天野頭領!」と、沫那美先輩の声がした。
須虞那先生が封印の桃の実を受け取った時には、沫那美先輩は天野頭領に襲いかかるほとんどの黒い影を、その鋭い刀で倒していた。
須虞那先生はそれを見て安心し、黄泉の国の入口の方を振り返った。
油断をしていた。背後をとられていた。
須虞那先生は背後に迫る黒い影を見て目を閉じた。
その瞬間、ヒュンという音が連続して聞こえた。
驚いて目を開けると、背後に迫った黒い影が倒れていた。
「ここから援護します。封印の桃の実を早く」
鹿島が投石で助けてくれた。
「大丈夫ですか、夜見!」
夜見先輩に襲い掛かる黒い影を倒した春秋竜美が、夜見先輩に声をかけるのが聞こえてきた。
須虞那先生は封印の桃の実を持って黄泉の国の入口に向かった。
だが南の方角の入口は黒い影で溢れ、近づくことができなかった。
鹿島が投石で援護してくれているが、あまりにも数が多かった。
「ひるむな」
沫那美先輩が須虞那先生のそばに駆け寄った。
「これだけの数を銃でさばくのは難しいだろう。封印の桃の実はまかせた」
沫那美先輩はそう言うと、一切の迷いなく、溢れ出てくる黒い影に切り込んでいった。
「がんばれ! 須虞那さん」
鹿島も背後から声をかけてくれた。
須虞那先生は沫那美先輩を追いかけ、駆け出した。
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須虞那先生は封印の桃の実を置くことができるのでしょうか⁉
引き続きお楽しみください。




