上陸
小笠原久光を含む二十二名は七隻のゴムボードに乗り込み、窃盗団の巣へ向かった。
この日は幸いなことに台風の兆しはなく、太陽の薄日が差し込む曇り空だった。
風も比較的穏やかで、七隻のゴムボードは予定時刻より早く、窃盗団の巣が望める海上へ到着していた。
その場所からも、そのまま放置された窃盗団の採掘道具や服、黒影隊員の衣服や武器が見えていた。
坑道で無事黄泉の国の軍勢を倒し、封印に成功したとはいえ、散乱し放置された衣服や武器を見ると、隊員の心には言い知れぬ恐怖が芽生えていた。
小笠原久光はその空気を察したのか、持参していた木箱を開けさせると、中に入っていたドーナツを配った。
思いがけない甘いものに隊員たちの心は温かくなった。
「では上陸を」
天野頭領が乗ったゴムボードから順に、窃盗団の巣へ向け、上陸が始まった。
全員が上陸すると、小笠原久光が九字護身法による願掛けを行った。
それを終えると天野頭領を先頭に、窃盗団の巣に向けて歩き始めた。
小笠原久光と残った二人の隊員は祭壇の設営を始めた。
窃盗団の巣と呼ばれる場所は、上陸地点から十ートルほど歩き、岩肌を三十メートルほど登ったところにあった。天野頭領は隊員を二手に分け、岩肌を登り始めた。
岩肌を登り始めてすぐ、辺りの空気が変わってきた。坑道で感じたあの冷たさが、空気の中に感じられ始めたのだ。
同時にさっきまで薄日が差し込んでいた空には灰色の雲が広がり、急に薄暗くなってきた。
第六感が発現している隊員たちは、すでに黄泉の国の軍勢の気配を感じ始めていた。
神嗅覚が発現している隊員は、黄泉の国の軍勢が放つ臭気に眉をひそめていた。
窃盗団の巣まであと数メートルという地点で天野頭領は立ち止まった。沫那美先輩が率いる九名が現れるのを待った。
ほどなくして沫那美先輩が率いる九名も、天野頭領率いる八名と向き合う地点に到達した。
天野頭領が合図を送り、沫那美先輩は頷いた。
「行くぞ」
沫那美先輩のすぐ後ろにいた須虞那先生は、その声を合図に窃盗団の巣のエリアに駆け下りていった。
窃盗団の巣は階段式で採掘されていた。隊員たちが一斉になだらかな階段状の岩を下っていくと、下方の地面が真っ黒になった。黒い影が沸き上がってきた。
その数、急激な寒さ、初めて対峙する黒い影……黄泉の国の軍勢に、訓練を積み精鋭と言われる隊員でも恐怖を感じずにはいられなかった。
さらに本当に自分の武器が効くのかという不安も相まって足が重くなった。
「ひるむな。訓練を思い出せ」
沫那美先輩が隊員を励ますように声をあげた。
「弓、投石、狙撃の者はこの辺りから敵を狙え」
天野頭領の声も聞こえてきた。
さらに、小笠原久光の式神のオオワシが現れ、黒い影めがけ、投石を始めた。
それだけではなかった。
防衛本部にいる陰陽師たちの式神のオオタカも現れ、神酒が入った瓶子を黒い影めがけて投下し始めた。
加えて、神聴覚が発現した者たちには、防衛本部につめる僧侶たちの祈祷の声が聞こえた。
それは空に広がる闇を払えと言う祈りで、さっきまで薄暗かった空に光が一筋、また一筋と射してきていた。
「進め、ひるむことなく進め」
天野頭領の声に
「おーっ」
隊員たちは答え、一斉に階段を駆け下りた。
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次回、遂に黄泉の国の軍勢との戦いの幕が切って落とされます。
明日の更新をお楽しみに!




