不気味な出来事
黒影が発足し、そして須虞那先生が黒影に入隊した時、黒影は本当に金窃盗団制圧部隊だった。
現在の黒影第一部隊は裏方四十六名、任務に就く隊員が十二名で合計五十八名だが、須虞那先生が第一部隊に入隊した時、裏方隊員は存在せず、全員が任務に就く隊員で七十名が所属していた。
ただ、武器を所持して警戒する隊員に対し、最低限の武器しか持たず、伝令や武器の運搬、事務作業を行う隊員もおり、この隊員はこの頃から裏方と呼ばれていた。
ちなみに木ノ花先生は入隊直後からこの裏方業務の担当だった。
金窃盗団はオーストラリアからはるばるやってきていたのだが、台風を避け、潜水艦でやってきていた。天気の良い夜に浮上し、ボードで金山に上陸して勝手に採掘することもあれば、人が寝入る二時や三時という時間に採掘場に潜入し、金を盗んでいた。
黒影は二十四時間体制で金山と採掘場を中心に上陸地点を見張り、取り締まりを行っていた。
窃盗団として乗り込んでくるのは、元々が貧しい人達だった。富裕層に金で雇われ、はるばる黄金の国ジパングにやってきていた。そのため黒影が武器を装備し現れると、アリの子を散らすように退散。
武力を使う場面は滅多になかったという。
状況が変わったのは第四期隊員が入隊した頃からだった。
その頃、金の採掘はかなり進み、沢山の坑道が作られていた。そしてその坑道で不思議な目撃情報が相次いだ。女性のような形をした白い靄のようなものを見た、という情報だ。
坑道の見張りについていた黒影隊員からも目撃情報が上がっていた。だが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
つまり、女性のような形をした白い靄を見たからといって病気になるとか、眠れなくなるとか、呪われるとかそういったものは一切なかったため、そのまま放置された。
その頃の金山の周囲の塀は建設途中だった。
そのため、窃盗団はボードでやってくると、今の監視塔があるあたりの山肌で露頭掘りを行い、金を採掘していた。塀が完成していなかったため、黒影の隊員がそこに行くのはとても手間だった。
そのため、防衛本部の間ではこのエリアを窃盗団の巣と呼び、半ば目をつぶる形で、窃盗団の採掘を許していた。窃盗団もその状況を理解し、黒影が来ないことは分かっていたが、日中に発掘することなく、夜間に作業をしていた。
ある日、朝になっても沢山のボートが、窃盗団の巣に残っていた。
不信に思いつつ、放置していると、次の日、ボートの数が増えていた。
それでも放置していると、その翌日、またボートが増えていた。
さすがに暗黙の了解になっているとはいえ、こうも堂々とボートをとめて朝から採掘されるのは面目丸つぶれ、ということで、黒影の隊員が現場に向かうことになった。
残されているボートの数から二~三十人の窃盗団のメンバーがいると考えられ、黒影は四十名で現場に向かった。これが後に第一次掃討作戦と呼ばれるものだった。
相手はいつもの窃盗団、これだけの人数が武器を携えて現れれば、すぐにボートに飛び乗り退散するものと踏んでいた。
ところが。
現地からの通信で防衛本部に送られた映像に、窃盗団の姿はなかった。
その代わりに採掘で使っている道具が放置され、窃盗団が来ていただろう衣類が散乱している様子が映し出された。
その光景は不気味でもあったので、映像の送信を終えると、すぐに戻るように本部は指示をだした。
だが、隊員たちが戻ることはなかった。
七十名の隊員のうち、四十名の隊員が戻ってこないのは異常事態である。
その日の夜には後に第二次討伐作戦と呼ばれる作戦が立てられ、部隊が編制された。そして十名の隊員が現場へ向かった。今回は窃盗団の巣に上陸はせず、海から映像を撮影するだけにした。
そして、持参したライトで現場を照らすと……。
そこには採掘のための道具、窃盗団の衣類、そして黒影隊員の制服と武器が散乱していた。
その様子は映像として本部に送られており、その光景を見たものは不気味さに震えが走ったという。
すぐに帰還命令が出されたが、十名の隊員たちは戻ってこなかった。
陽が昇るとすぐに、ドローンが飛ばされた。するとはるか沖合に十名の隊員が乗っていたボートが発見され、そのボートには隊服と武器が散乱していた。
防衛本部は大騒ぎになった。
五十名もの隊員が突然姿を消した。しかもその生死は不明。
その後もドローンを飛ばしたり、窃盗団の巣には近づかないようにしながら捜索は続けられたが、誰一人して、発見されることはなかった。
そこで上層部はこれを窃盗団の仕業とし、五十名の隊員は窃盗団により連れ去られたということで終息させることしかできなかった。そして当時、残った黒影隊員に対して、真相の口外は堅く禁じられた。
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窃盗団の巣で何が起きたのか⁉
ハラハラ、ドキドキ。
引き続きお楽しみください。




