予防線
「ええ、もちろん。まさか が一緒にいるとは。ええ、 は気配を消す能力が高く」
よく聞こえない箇所もあるが、夜見先輩は誰かと話しているようだった。
「もちろん、発現する前に ええ、必ず、天野を ええ」
俺はその場で固まった。
今、天野、と言わなかったか?
発現する前に、という言葉も出た。
どういうことだ?
俺は本能的にここにいることを知られない方がいいと思い、姿勢を低くすると、入口に戻ろうとした。
が、夜見先輩も話を終えたのか、入口に向かって歩き出した。
俺は咄嗟に電動自転車の手前に並べられた大型バイクの隙間に身を隠した。
今聞いてしまった言葉も相まって、心臓がバクバク音を立てていた。
目だけ動かし、夜見先輩が来る方角を見た。
床に夜見先輩のはく草履が見えた。
とその時、入口から伸びる影があった。
「ひまりさん、今お戻りですか?」
「ええ」
「先ほどは災難でしたね。今日は町の図書館へ行くご予定だったのですか?」
「そうです」
「新入隊員の方がご一緒とは……。珍しいですね」
電動自転車を手で押して倉庫に入ってきたひまり先輩の姿が見えてきた。
「偶然倉庫で会って、町に行くとのことだったのでご一緒しました」
「なるほど、なるほど。そうだったのですね。ふふ」
「四尊、あなたはここで何を?」
ひまり先輩が自分から質問をした。そして幸運なことに、俺が隠れる隙間のところでひまり先輩が立ち止まってくれた。
これで夜見先輩が俺のところへ近づく可能性はグッと下がった。
「ええ、わたしは蓮くん、狭霧くんの電動自転車の返却手続きをしていたのですよ」
「そう。もう終わった?」
「はい」
「それはご苦労さま。私、これから電動自転車を返却するので、いいかしら?」
「おっと、お邪魔でしたね。ではわたくしはこれで」
!
ナイス、ひまり先輩。
俺は夜見先輩の足音が徐々に遠ざかる様子に耳をすませていた。
「もう、出てきて大丈夫ですよ、蓮くん」
ひまり先輩は倉庫に入った瞬間から、俺の気配を感知していたという。
そして俺のそば、すなわち大型バイクのそばを通る際に、俺がいる場所を確定し、夜見先輩から見えないように立ち止まってくれたのだ。
ひまり先輩は電動自転車を戻すと端末をかざした。
俺が使った電動自転車は夜見先輩が返却手続きをしておいた、と言っていたから大丈夫なんだろう。
俺がひまり先輩のそばに立っていると、ひまり先輩は「何か?」という表情をした。
「あ、あの、なんで俺がそこに隠れていたのか、聞かないのですか?」
「聞いてほしいのですか?」
「あ、えっと……」
「聞かれれば、答えなければならない。聞かなければ、質問されることはない」
ひまり先輩は端末をしまうと俺を見た。
「わたしは休憩所のことについて、蓮くん、狭霧くん、あなた達に質問されたくありません。なぜならそれを答えることが今の段階ではできないからです」
……!
「蓮くん、あなたは同じ黒影隊員である四尊から身を隠していました。それは仲間から身を隠していた、ということを意味します。つまり何か事情があり、それは誰にでも話せることではないのでは? つまり、蓮くん、あなたは私と同じです。あなたも私から質問されたくないのでは。だから私はなぜそこに隠れていたのかと尋ねることはしません」
……!
ひまり先輩はだん先輩と違い、話せないことを聞かれないよう、予防線を張っている。
俺はその頭の回転に舌を巻くとともに、俺からも何も聞かないと宣言してくれたひまり先輩に感謝した。
「ひまり先輩の言う通りです。俺は今ここで聞いたこと、見たことに確信がまだもてません。だからなぜここにいたのか、先輩から問われたらどう答えようかと考えていました」
ひまり先輩は初めて笑顔を見せた。
「私は何も質問していませんよ。寮に戻っては?」
「はい」
俺はひまり先輩にペコリと頭を下げ、倉庫を出た。
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滅多に笑わないひまり先輩の笑顔、筆者も見てみたいものです。




