突然のピンチ
俺と狭霧はだん先輩の方に駆け出した。
するとだん先輩の体は今度は上方へ持ち上げられたと思ったら、左へ強く放り投げられた。
その瞬間、俺は黒い大きな腕のようなものが、だん先輩の背後に見えた気がした。
あれはなんだ⁉
放り投げられただん先輩は器用に空中で一回転するとそのまま地面に着地し、
「陽菜ちゃん」
と叫んだ。
俺と狭霧は走るのを止め、後ろを振り返った。
陽菜は、突然走り出した俺たちとだん先輩を立ち上がってみていた。そしてその足元から黒く、暗い、深い、闇が突然沸き上がった。
俺は本能的に恐怖を感じ、その場に凍り付いた。
次の瞬間、闇は人のような手の形になり、その手のひらで陽菜を包み込むように動いた。
既視感。
俺は陽菜がこうやって闇に包まれる瞬間を前にも見たことがある――。
助けなきゃ。
そう強く思った瞬間、恐怖ですくんでいた体が動いた。
俺は全身の力を振り絞って駆け出した。そして陽菜に向けて手を伸ばした。
「触れては駄目だ」
頭上でだん先輩の声がした。
温かい陽の光のようなものを感じた。
同時に強い赤い光に思わず目を閉じた。
すると熱風が吹き、俺の体は後ろへ吹き飛ばされた。
地面に数回転がったが、柔道をやっていたおかげで受け身をとれた。
俺は地面に両手をつき、顔をあげた。
陽菜は⁉
すると少し離れた場所にだん先輩が立っていて、その腕の中に陽菜が抱えられていた。
だん先輩の髪は逆立ち、赤く燃え、顔立ちもいつもと違って見えた。
「つぅ…」
声の方を見ると、数メートル離れた場所で、俺と同じように吹き飛ばされた狭霧が体を起こすところだった。
狭霧は受け身なんてとれてないはずだ。大丈夫だろうか?
俺は慌てて起き上がると、狭霧のそばに駆け寄った。
「大丈夫か。怪我はないか?」
俺が手を出すと狭霧は力強く握り返し、立ち上がった。
「うん。ありがとう。平気だよ。それより陽菜は……」
俺と狭霧はだん先輩を見た。
逆立っていた髪は元に戻り、いつもの表情のだん先輩がそこにいた。
「本当にごめんね、二人とも。油断していたよ。怪我はない?」
「はい、問題ないです。それより陽菜は?」
「うん。身体的な怪我はどこにもない。意識は失っているけど、あれには触れてないはずだ」
その言葉を聞いた途端、俺はさっきまでの気力のようなものが消え、急に怖さを感じた。
「だん先輩、あれは…ゆ、幽霊ですか」
「え…あ、うん、そう、そうだね。怖かったね」
「おやおや、何事かと駆けつけてみれば、だん君じゃないですか」
聞き覚えのある声と話し方。夜見先輩だ。
振り返ると、昨日とはうって代わり、黒いシャツに黒いズボン、そしてなぜか白衣姿の夜見先輩がいた。
「あ、夜見くん、丁度良いところに来てくれた。外出許可をとっていたから近くにいてくれたらいいなと思っていたんだ。今日も薬草探し?」
「ええ。春は沢山新芽が出ますので。そちらのお嬢さんは玉依陽菜さんでは?」
「うん。ちょっと気を失ってしまって。見てもらえるかな?」
「もちろん。横にしていただいていいですか?」
だん先輩が陽菜を横たえると、夜見先輩は陽菜の脈をとったり、呼吸を確かめたりし始めた。
「夜見くんはね、黒影に入隊する前から薬草の研究をしていたんだって。その過程で医学も勉強したそうでね。入隊後も須虞那先生に医学書を借りて勉強を続けている。だからちょっとした怪我の処置もできるし、調合した薬も持ち歩いているから、いざという時に助かるんだ」
「ううん」
陽菜が声を上げ、目を開けた。
「気付け薬を使いました。どこも問題ありません」
「良かった」
だん先輩がホッとした顔をした。
俺と狭霧が駆け寄ると、陽菜はきょとんとした顔をした。
「あ、あれ、みんなどうしたの?」
いつもの陽菜だった。
「陽菜ちゃん、立ち上がることできる?」
「はい。大丈夫です」
するとだん先輩は陽菜の両手を持ち、立ち上がらせた。
「歩けるかな?」
陽菜はてくてくと歩き、振り返った。
「大丈夫です」
本当にどこも何もないようだ。
「良かった~。陽菜ちゃん、怖い思いをさせて本当にごめんね」
だん先輩は陽菜に腰を曲げて謝罪した。陽菜は何が何だかわからないようだったが、「だん先輩、顔をあげてください」と恐縮していた。
「みんな無事で本当によかった。そして心から申し訳なかった。ごめんね」
今度は俺ら三人に深々と謝罪し、俺らが顔を上げてくださいと頼みこみ、ようやく顔をあげた。
そしてだん先輩は懐中時計を取り出し、時間を確認すると「帰ろうか」と言って歩き出した。
陽菜は「一体何があったの???」という顔で、俺と狭霧を見た。
これは寮に戻ったら質問攻めだな。
俺と狭霧は苦笑いをした。
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