怖がりな二人
「さ、狭霧、どうかしたのか⁉」
俺は今見た不思議な現象より、狭霧の涙に心臓が飛び出るぐらい驚いていた。
俺が声をかけると、狭霧は「?」という顔で俺を見た。
とても涙を流している人の表情ではない。
もしかして目にゴミでも入って涙がこぼれているだけなのか?
「あれー、狭霧、泣いている。どうしたの⁉」
陽菜の指摘で狭霧は驚いたように自分の頬に触れた。
「え? あれ? 僕、泣いている……?」
狭霧は自分が涙をこぼしている自覚がなかったようで、戸惑っていた。
「何か悲しいことでも思い出しちゃった?」
陽菜が心配そうに尋ねると、狭霧は首を振った。
「いや、ただ、だん先輩の澄んだ歌声が美しい、癒される、って思っていただけなのだけど……」
「歌? 歌なんて聞こえるか、陽菜?」
「全然、聞こえないよ」
「え、すごく静かで優しい声で歌っているじゃないか」
俺と陽菜は耳を澄ましたが、聞こえてくるのは、草むらにいる虫の声、風で葉と葉がこすれる音ぐらいだった。
「どんな歌なんだ、狭霧?」
「どんなって……風は西に吹いている 船出するなら今だ 父も母も あなたを待っている……下手でごめん。こんな感じでとても澄んだ声で歌っている」
狭霧は嘘をつくような人間じゃない。
俺と陽菜には聞こえないが、狭霧には確かに聞こえているのだろう。
「なあ、狭霧、だん先輩の足元に黒い靄みたいなもの、見えるか?」
俺の言葉に狭霧は驚いたような顔になった。
「靄というか僕には黒い人影のようなものが、廃墟のあちこちに見える」
「えええ、なに、急に、二人とも、ちょっと怖いんですけど~」
陽菜が「幽霊とか無理~」と青ざめた。
幽霊という言葉に俺もギクリとした。
陽菜ほどではないが俺だって幽霊とか好きなわけではない。
「ひ、陽菜、幽霊なわけないだろう」
そう言う俺の声はちょっと裏返っていた。
俺と陽菜の様子を見ていた狭霧がぷっと吹き出して笑った。
「二人とも怖がりだなぁ。幽霊は人間の心が生み出す幻みたいなものだと僕は思うよ。誰かに『そこに何かいる』と言われたら、そこに本当は何もいないのに、何かいるんじゃないかという気持ちになって、ないものをあるものとして見てしまう。心が、そこに本当はないものを生み出してしまうんだ」
「うわああ、狭霧、怖いこと言わないで~。それじゃなくてもここについた時、変なにおいがしてちょっとやだなぁって思っていたのに」
陽菜は両耳をふさぎ、地面に伏せた。
「もしかして俺が黒い靄が見える、って言ったから、狭霧は本当は何も見えないのに、黒い人影みたいなもの(心が生み出した幻)が見える気がする、ってこと?」
「……、いやそれは違う。人影みたいなのはここについてからずっと見えている」
!!!
「狭霧、陽菜が怖がっている。もうその話は止めよう」
「大丈夫だよ。だん先輩がパラクールをはじめて、その黒い人影がいた場所を通ると、人影が消えていっているから」
!
それってだん先輩が黒い靄に触れると、靄が消えていくのと同じじゃないか。
ってことは俺も幽霊が見えているのか⁉
「お、俺は何も見えていないぞー」
俺は目をつぶり首をふった。
「ただいま~、っと、陽菜ちゃんと蓮くん、どうしたの?」
気が付くとだん先輩が数メートル手前からこちらに向かって歩いてきていた。
狭霧はこのシュールな状況をどうだん先輩に説明したものかと困り顔だった。
俺は恐る恐る周囲の廃墟に目をやった。
……消えた。黒い靄はどこにもない。
「うわっ」
短い声と共に、突然だん先輩の体が見えない力で後ろから強く引っ張られたように見えた。
「だん先輩!」
この投稿を見つけ、お読みいただき、ありがとうございます。
地道に更新を続けています。引き続きよろしくお願いします。




