許婚
俺は拳をグッと握りしめ、夜見先輩から目を逸らした。
「おや」
「では俺から夜見先輩に聞きたいことがあります」
「ふふ。なんですか」
「さきほどの佐保先輩の騒動の際、夜見先輩は狭霧のことを……いや狭霧の父親のことを『我々の仇』と言っていましたよね? あれはどういうことですか」
「ああ、あれは事実を言ったまでですよ」
「夜見先輩も狭霧の父親を憎んでいるのですか?」
「憎む……。ええ、私は憎んでいますとも。私の許婚を死に追いやったものを、私から大切なものを奪ったやつらを! そのすべてを!」
夜見先輩はそこでがくっとうなだれた。
「……、私は、私は……私はただ愛する者とずっと一緒にいたかっただけなのです!」
え、え、え…⁉
佐保先輩の姉で任務中に命を落とした春秋竜美の婚約者が、夜見先輩ということなのか……⁉
俺は驚いてすぐに言葉が出なかったが、なんとか言葉を絞り出した。
「……許婚を失ったことは、その悔しかったし、悲しかったと思います。でも」
「勘違いしないでください。わたしから許婚を奪ったすべてが憎いですが、それ以上でもそれ以下でもないです。佐保さんは敵討ちをしたいようですが、わたしは別に敵討ちをしたいわけではありません」
「えっ……」
俺は拍子抜けしてしまった。
「ではなぜ黒影に入隊されたのですか?」
「私は元々第六期での入隊が決まっていたのです」
「⁉」
「許婚と共に、黒影への入隊が決まっていたのですが、私は持病が悪化し、一年遅れで入隊することになったのです。ですが、その間に許婚は命を落としました」
「……!」
「私は許婚を失ったと聞いて、この世から光が消えたと感じました。黒影への入隊の気持ちなど綺麗さっぱり消えてしまいした」
「……で、ではなぜ今ここに?」
「佐保さんですよ。佐保さんが黒影に入隊すると聞いたので」
夜見先輩は許婚の死で、何をする気にもならなかったのだろう。きっとそれは佐保先輩も同じだったはずだ。それでも、それが仇を討つという理由であったとしても、佐保先輩は悲しみを堪え、黒影入隊という道を選んだ。姉の死で立ち止まった人生を再び歩み始めた。
夜見先輩はそれを知り、自分も前に進むために、黒影に入隊したのではないか。
「それでは夜見先輩は佐保先輩のように、天野頭領が憎い、その天野頭領の息子である狭霧も憎い、だから狭霧を殴りたい、という気持ちはないのですね。狭霧に何かする気はないのですね」
「さっきも言った通りです。私は許婚を奪ったすべてが憎い。でもそれだけです。憎いからといって何かしたいわけでありません」
よかった。夜見先輩は狭霧に何かするつもりはない。憎しみの感情があってもそれをぶつけるつもりはないんだ。
「お待たせ~。今戻ったよ」
だん先輩とひまり先輩が戻ってきた。
トイレから戻っただん先輩は舟を動かし、他の舟のそばに移動、歓迎会の参加者を沢山紹介してくれた。狭霧やひなが乗った舟も同じように挨拶回りをしていた。
歓迎会には裏方の黒影隊員、教官、金山統括庁の職員など、一部町から参加している人もいた。俺は一生懸命名前を覚えようとしたが、あまりの多さに断念。とにかく顔を覚えることに専念することにした。
結果、お腹も頭もパンパンになり、歓迎会が終わると、大浴場に行くことも断念した。そして部屋のシャワーブースで汗を流すと、そのまま倒れるように眠ってしまった。
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