だん先輩の考察
「まず、佐保ちゃんもお酒を飲んでいたと思う。そんなにがぶがぶ飲むようなタイプじゃないけど、佐保ちゃん、天津頭領と同じ舟だっただろう。天津頭領は酒豪だから、飲める相手には無理強いとまではいかなくても、グラスが空だと遠慮なく注ぐ人なんだ。だから佐保ちゃんも少し酔っていて、いつもみたいに冷静な判断ができなかったんじゃないかな」
俺はまだお酒を飲める年齢ではないので、「酔う」という感覚が分からないが、お酒で人がどんな風になるか、ということは情報として知っていたし、その可能性はあると思った。
「あとはね、佐保ちゃん、なんだかんだで今日一日、君たちをずっと見守ってきたわけでしょ。あのスペシャル・ムービーを見ただけでも、僕は君たちにとても好感を持った。いい新入隊員が来てくれて良かったな、早く新入隊員のみんなと仲良くなりたいな、って。それは佐保ちゃんが君たちのいいところ映像に収めてくれていたのはもちろん、佐保ちゃん自身も君たちに好感を持っていたんじゃないかな」
確かにあの映像は俺たちをからかいつつも、そこに愛があった。決して嫌がらせとか俺たちを貶めるための映像ではなかった。
「佐保ちゃんの同期の怜くん……、あ、装甲車で見事な運転テクニックを見せた隊員が怜くんね。その怜くんとたまに一緒にいるぐらいで、任務以外の時間は一人で自主トレしているこが多かった。友達を作ってワイワイやるタイプではないけど、それでも君たちと接して嫌な感情は持たなかっただろう。だからこそ、お姉さんが亡くなる原因となった作戦の指揮をした頭領の息子と知った瞬間に、裏切られた、みたいな気持ちになちゃったんじゃないかな……」
狭霧は情報を分析してそこに隠された真実を読み解くのがうまいが、だん先輩はその人の行動から気持ちを読み解くのがうまいな、と思った。
この歓迎会中の気遣いもそうだし、ひまり先輩や夜見先輩の態度からも、おそらく今の黒影の中で皆から好かれ、慕われているように思えた。
「だん先輩、ありがとうございます。この話を聞いてなかったら佐保先輩と距離を置いていたかもしれません。お話聞けて良かったです」
「それは良かった。ところで蓮くんはトイレとか大丈夫?」
「あ、はい」
「私、行きたい」
ひまり先輩が手を挙げた。
「夜見くんはトイレ、大丈夫ですか?」
「ええ。わたしは大丈夫ですよ。ふふ」
「じゃあ僕とひまり先輩はトイレに行くので、舟を入口のドアの方に寄せますね」
そう言うと、だん先輩は棹を使い、ゆっくりと舟を入口に寄せた。
よくよく考えると舟の下のこの水、プールでもない食堂にあるってどーゆう仕掛けなんだ⁉
「では行ってくるね~」
だん先輩の声に我に帰ると、だん先輩とひまり先輩は舟を降り、廊下の先に消えていった。
二人を見送った瞬間に、ぞわっとする気配を感じた。
!
だん先輩がいた左の席に、夜見先輩が移動してきていた。
「だん君が飲んでいる梅酒ソーダ、わたくしもいただいてみましょうかね」
俺に聞かせるためか独り言かわからないが、お酒をとるためにこちらへ来ただけだった。
どこかホッとする自分がいた。
「おや、黒雷くん、グラスが空ですね」
!
「たまには後輩にもサービスしないとですね。ふふ」
そう言うと、夜見先輩は俺のグラスにオレンジジュースを注いでくれた。
その瞬間、俺はハッと気が付いた。
だん先輩は俺に対してもひまり先輩に対しても夜見先輩に対しても、わけへだてなく同じように接してくれた。
そもそも俺は夜見先輩とは初対面で、どんな人なのかもまだよくわかっていない。それなのに見た目や雰囲気で自分から近寄りがたいと思ってしまい、距離を置こうとしてしまっていた。
俺は一呼吸して気持ちを落ち着かせ、夜見先輩に声をかけた。
目はまだ直視できないが、鼻のあたりぐらいなら見ることができた。
「夜見先輩、ジュース、ありがとうございます。自己紹介をしていた時、俺に聞きたいことがあると言っていたと思うのですが……」
「ああ、それですか。その件はもう解決したので大丈夫ですよ」
あっさりそう言われ、俺は意を決して話しかけたのに、会話の糸口を失ってしまった。
そうだ! 佐保先輩の騒動の時、夜見先輩はとんでもないことを言っていなかったか?
あの時は佐保先輩の名前を把握するので頭がいっぱいだったが……。
俺は記憶を辿った。
……「おや、おや。やはり天野狭霧くんは我々の仇でしたか。しかし、佐保さん、こんな大勢の前で感情を爆発させるとは。ダメなお方ですね。ふふふ」
そうだ! 夜見先輩は「我々の仇」と言っていた。夜見先輩も狭霧のことを、いや狭霧の父親のことを憎んでいるのか……?
俺は顔をあげ、そこで夜見先輩の黒く、暗い、深い、闇に引き込まれそうになった。
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