初耳
歓迎会で流れたスペシャル・ムービーには、俺たちの今日一日の様子が時におかしく、時に熱く、笑いと涙なしでは見られないドキュメンタリーとして収められていた。
映像には食堂やオリエンテーションの様子だけではなく、リツコ先輩に絡まれている姿、沫那美先輩との卓球の様子、そして金山での襲撃まで含まれていた。
そう、つまり狭霧が鋭く分析した沫那美先輩の行動も、このスペシャル・ムービーをとるためだった。
不自然な金山での襲撃、これもこの映像のために演出されたものだった。
つまり、窃盗団ではない何者かの襲撃と狭霧が推理したが、それは正解だった。
装甲車を運転していたのは、黒影隊員の阿曇 怜という人だった。そして見事な運転テクであの揺れを演出していたというのだ。
さらに、一日中ついていた護衛……もちろんいざという時は護衛として機能するのだろうが、このスペシャル・ムービーを作るために隠し撮りをしていのは、あの佐保という少女だった。
陽菜がトイレで気が付いた香りというのも、この佐保のものなのだろう。
そういえばあの佐保という少女はどうなったのだろう……?
ふと会場を見渡すと、狭霧とは別の舟に佐保はおとなしく座っていた。
「いやぁ、本当に素敵な映像だったね。装甲車の中で、蓮くんが自分も戦えるって懸命に言う姿に感動したよ~」
スペシャル・ムービーを見終わっただん先輩が目尻の涙をぬぐった。
「まさか隠し撮りされているなんて気が付きませんでした」
「うん、それはそうだよ。佐保ちゃん、最初は任務でもないのになんでそんなことを自分がやらなきゃならないんだって、すご~く嫌がっていたんだ。でも天津天領に、尾行や相手に気が付かれずに行動するスキルは任務でも役に立つって説得されて。まあ、確かに任務でも役立つんだよね。で、佐保ちゃん真面目だからやるからには絶対にバレないようにって、公休の日に別の仲間の隠し撮りをして練習を重ねて今日を迎えたみたいよ」
そんなに真面目でストイックな人なのに、狭霧に対して……というより、あれは狭霧の父親に対してだと思うけど、あんなに激しい怒りを急に向けたのだろう?
「あの、だん先輩、その佐保……先輩はどうして狭霧に……いや狭霧の父親に敵意を向けたんですかね? 何か知っていますか?」
梅酒ソーダに口をつけていただん先輩は、グラスをテーブルに置いた。
「それ、気になるよね。僕もいまいち理解できていないんだけど……」
そう言うとだん先輩は、自身が知っていることを教えてくれた。
佐保……佐保先輩の名は、春秋 佐保で第十一期入隊。
姉がいて、名は春秋 竜美。
第六期入隊で、任務中に命を落としたのだという。
その任務がどんな任務だったのか明らかになっていないが、さきほどの佐保先輩の発言により、第三次掃討作戦なるものだったことをだん先輩も初めて知ったという。
しかもその任務で佐保先輩の姉だけでなく、他にも亡くなった者がいたことも、だん先輩は初耳だった。
さらに、その作戦の指揮をとっていたのが天野頭領だということも、その天野頭領の息子が狭霧だということも、だん先輩は佐保先輩の言葉で初めて知った。
「たぶん、僕以外の、この歓迎会にいる多くの黒影、裏方隊員がすべて初耳のことばかりだったと思う」とだん先輩は言っていた。
つまり周知の事実だったことは、佐保先輩には黒影に姉がいた、そしてその姉は残念なことに任務中に命を落としていた、佐保先輩は亡き姉の仇を討つ為にこの黒影に入隊した、ということだけだった。
「もちろん、どんな任務で何が原因で亡くなったのか、ってことは黒影だったら誰もが気になることだと思う。だって僕らは黒影だし、亡くなったお姉さんと同じ敵を相手に戦っている。その死の原因は自分にいつ降りかかってもおかしくない、と思ったら、知りたくなるよね。でも、黒影の隊員はみんなよくできた大人。本人が話さないならあえて詮索はしない。それが暗黙の了解になっていたんだ」
だん先輩の言葉に、黒影隊員の崇高な意思の強さを感じた。
「普段の佐保ちゃんは本当に真面目で訓練も人一倍頑張っていたし、あんな風に感情を爆発させることはなかった。それにお姉さんの仇となる敵を憎んでいたとしても、作戦の指揮をとった当時の頭領に対してまで、ましてやその息子さんにまで、あれほどの怒りを向けるなんて想像もつかなかったよ」
「推測だけど」とだん先輩は続けた。
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次回更新のタイトルは「だん先輩の考察」です。
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