陽菜は鼻が利く
なんとなくあの応接室の一件を木ノ花先生や建御名さんがいるところで話さない方がいい気がしていた。多分、最初に仙人爺さんの話を俺にした狭霧が小声で打ち明けてきたからだ。直感で、狭霧はこの話を俺たちだけにしたいと感じたのだ。
結果、俺は陽菜の質問にどう答えればいいか分からなくて、無言になってしまった。
「ねえ、陽菜は応接室で出してもらったアフタヌーンティーセット、何が一番美味しかった?」
狭霧が俺の様子を察知して、助け船を出してくれた。
「え、ああ、アフタヌーンティーセット。う~ん。多分、全部美味しかったと思う」
あれだけ喜んで食べていたはずなのに、歯切れが悪い。
「陽菜、『美味しい、美味しい』を連呼して食べていたのに」
狭霧も俺と同じ疑問を持ったようだ。
「それがね、多分食べ過ぎで眠くなって寝ちゃったでしょう、陽菜。なんか寝たらアフタヌーンティーセットで食べたお菓子の味とかも綺麗に忘れちゃったんだよね~。テヘヘヘ」
応接室での一件を鮮明に覚えているのは狭霧、俺は話した内容はほとんど覚えていないが、仙人爺さんの姿はかろうじて思い出すことができた。
だが、陽菜は……。
あの時、陽菜は俺と同じように動けなくなっていたと思ったが、眠っていたのか……? いや、眠らされていたのか? そしてあの応接室での出来事そのものを忘れている?
「あ、でもね、陽菜、香りとか匂いには敏感だから、甘いスイーツの美味しい香りはしっかり覚えているよ。あの香りからすると、美味しかったはずなんだ~」
‼
言われてみると陽菜はいろいろな場面で香りのことに触れていた。
そうか、陽菜は鼻が利くんだ!
「なあ陽菜、応接室でお年寄りの匂いがしなかった? 加齢臭っていうか……」
だんまりだった俺が唐突にした質問に陽菜はキョトンとしたが、「どうだったかな~」と考え込み、答えてくれた。
「加齢臭はしなかったけど、熱田大臣の香りがしたよ。応接室にいた時は分からなかったけど、執務室に行ったときに、同じ香りだなって」
「そっか……」
応接室なら熱田大臣が来客に会うために何度も利用しているはずだ。熱田大臣の香り……体臭?……がしてもおかしくない。
再び俺が黙り込み、陽菜は困った顔で俺を見た。
「陽菜の利き鼻は特技というか武器になるレベルだね。ちなみに僕や蓮にも匂いを感じる?」
狭霧がまたもいいアシストをしてくれた。
「うん。狭霧はね、無臭に近い限りなく透明な澄んだ空気の香りがする。蓮はね、しっとりした雨が降る前の空気の香りがするよ」
「……陽菜、すごいね。香りをそこまで繊細に表現する人は初めてだよ。でもそんなに香りを感じ取れると、くさい時に困らない?」
狭霧は驚嘆の面持ちで陽菜を見た。
「確かに子供の頃から匂いとか香りには敏感だったけど、今ほどじゃない、っていうか、東京に来てからさらに精度が上がった感じ。香りを感じたくない時はシャットアウトするというか、そこはなんか不思議とコントロールできているよ」
「それは驚きだ。本当にすごいよ、陽菜」
いつも冷静な狭霧が高揚感を抑えきれない様子が新鮮だった。
「みんな、もうすぐ寮に着くわ。トイレ休憩をとったらそのまま歓迎会の会場へ向かうわね」
「了解です」「は~い」「分かりました」
「今日は盛沢山でかなり疲れていると思うけど、黒影の先輩たちが楽しみにしているから、よろしくね」
そうだ。歓迎会は任務を終えた先輩黒影がわざわざ開いてくれるのだ。みんな任務の後で疲れているはずなのに……。
俺は「よし、頑張るぞ」と自分自身に活を入れた。
この投稿を見つけ、お読みいただき、ありがとうございます。
今回の更新分で一癖も二癖もある黒影の仲間が続々登場します。
ぜひお楽しみください。




