初代黒影
熱田大臣の執務室は、秘書官がいる待合室の奥にあった。
木ノ花先生は、秘書官に来訪目的を伝えた。すると秘書官がその場で電話をいれ、俺たちの来訪を熱田大臣に伝えた。そして電話を切った秘書官は、執務室へ行くよう促した。
ちなみに待合室には俺ら以外にも何人も人がいて、大臣の忙しさを物語っていた。
木ノ花先生は襟を正すと、執務室のドアをノックした。
「どうぞ」
低音の落ち着いた声がした。
「失礼します」
木ノ花先生がそう言いながらドアを開け、俺たちはゆっくり執務室の中に入った。
執務室は想像以上に広く、右手に応接セット、左手には十人ぐらいが座れる椅子とテーブルがあった。そして中央に熱田大臣がいた。
スクリーンモニターから顔を上げた熱田大臣は想像よりも若く、さすが初代黒影、がっしりとした体つきで精悍さをたたえていた。
「大臣、こちら、金山統括庁 金剛お台場山防衛本部 金窃盗団制圧部隊『黒影』に本日入隊した第十三期の、天野狭霧、黒雷蓮、玉依陽菜の三名です」
木ノ花先生が俺たちを紹介すると、熱田大臣はメガネ越しに鋭い眼差しを俺たちに向けた。
俺たちの間に緊張が走った。
「よく来てくれた。君たちの入隊を心から歓迎するよ」
鋭さは消え、柔らかい笑みで大臣は声をかけてくれた。
鋭さはかつての黒影頭領、柔らかさは大臣としての姿、みたいな感じだった。
大臣はさらに立ち上がり、俺たちのところへ来ると、一人ひとり握手をして、声をかけてくれた。
「金剛お台場山では大変だったようだね。無事で安心したよ。これからの訓練、頑張ってください」
「は、はいっ」
陽菜は返事をするので精一杯という感じだった。
「君は……立派に成長したね。父君と瓜二つだ。ここでもさらに成長してくれることを期待しているよ」
「ありがとうございます。精一杯がんばります」
狭霧は落ち着いた様子で大臣と握手を交わしていた。
「入隊おめでとう。うん、君の手は力強いね。……柔道や空手の経験がありそうだ」
「はい。子供の頃から祖父や父に稽古をつけてもらっていました」
「素晴らしい。ここでの訓練は厳しいが、その強靭さがあれば大丈夫だろう。頑張ってください」
「はいっ」
……⁉
俺は見間違いかと思い、二度見してしまい、慌てて目をそらした。
熱田大臣は俺の視線に気が付いたようで、さりげなく口元を指で撫でた。
どこにも隙がなさそうな大臣に食べかすがついているなんて……。
俺の中で熱田大臣に対する好感度がグッと上がった。
◇
熱田大臣との面会が終わると、みんな自然と「はぁ~」と大きく息をついていた。
木ノ花先生もつられたように大きく息をついて、思わず全員で笑ってしまった。
「さあ、防衛本部に戻りましょう。残すは歓迎会のみ。もう緊張する必要はないわ」
「先生、歓迎会って、豪華なお食事が出るんですか~?」
陽菜が木ノ花先生と話し始めると、狭霧が俺の横に並び、小声で話しかけてきた。
「さっきの白髪のお爺さん、何者なんだろう?」
「白髪のお爺さん……?」
ああ、待合室に何人もいたな。
「もしかして待合室にいた白髪のお爺さんの中に、誰か有名人でもいたのか?」
俺の言葉に狭霧は眉をひそめた。
「待合室……? 違うよ、蓮、応接室に現れた白髪のお爺さんだよ」
応接室……?
応接室では豪華なアフタヌーンティーセットを三人で楽しんでいて、白髪の爺さんなんて……。
応接室のことを思い出そうとすると急に頭の中に霞が広がった。
「……蓮、まさか覚えていないのかい? 蓮自身も木ノ花先生に『木ノ花先生、仙人みたいなお爺さんを見ませんでしたか?』って聞いていたじゃないか」
「……そうだっけ?」
「僕の隣に突然白髪のお爺さんが現れて、僕が奈美先輩や凪先輩の隊服がコスプレみたいだと批判したら、個性があっていい、その服装で最高のパフォーマンスを出せるなら問題ない、って言っていたの、覚えていないかい?」
なんだか聞いたことがある話だが、俺がその場にいて本当に聞いた話なのか確信が持てなかった。
「あと、金山での襲撃。護衛なしであんなところへ行ったのは問題だって、僕が指摘したら、護衛は防衛本部からずっとついている、って」
その話も聞いたことがあるような、聞いたことがないような、なんとも判然としなかった。
「じゃあこの話は覚えていないかな。金山の塀は監視塔に行くための通路に過ぎない、あくまで重要なのは監視塔で、監視したい場所が見えていれば問題ないって話」
「ごめん。どれもこれも聞いたことがある気もするけど、よく覚えていない。そもそも白髪のお爺さんが応接室にいたのかもわからない」
俺の言葉に狭霧は唇をぎゅっと噛んだ。
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