女医
俺はリツコ先輩のことを思い出し、微妙な表情になったが、何も知らない陽菜は「はーい」と返事をした。
狭霧は無言だが、医務室のドアから目を逸らしていた。多分行かなくてもいいと思っているに違いない。
が。
木ノ花先生に男子二人の気持ちは届かず、医務室のドアは開けられてしまった。そして受付のスタッフに話しかけ、俺たちのところに戻ってきた。
「ここの医務室は防衛本部の人が利用しているの。でもね、ここだけの話、町の上層部の人もわざわざここの医務室に来るよ。ただの風邪とか二日酔いとかなのに。なんでだと思う? 実はここの医務室に元黒影頭領の凄腕の医師がいてね……」
「もう、私は今でも十分忙しいのよ。そうやってハナノコが私のことを吹聴するから、患者が増える一方よ!」
そう言って木ノ花先生の耳たぶを引っ張るのは、リツコ先輩を狭霧からから引き離してくれた女医さんだった。
「それで、誰が具合悪い……あら、新入隊員の子じゃない。まさかもう怪我したの⁉」
「先ほどはありがとうございました。怪我はしていませんよ」
狭霧の言葉に女医さんはホッとした顔になった。
「あいたたた……」
木ノ花先生の言葉に女医さんは忘れていたという表情を浮かべた後、つまんでいた耳たぶから手を離した。
「怪我でもなければ病気でもない。……何しにここへ?」
「あ~~~♡」
俺はこの声を聞いた瞬間、狭霧の頬がピクリとしたのを見逃せなかった。
「ちょっと、リツコ、なんでおとなしくベッドで寝ていることができないのよ!」
女医さんの絶叫に受付のスタッフが飛んできた。
「せ、先生、待合室の患者さんがビックリしています」
◇
受付スタッフの案内で、俺たちは医療スタッフの休憩室で、混乱した状況を整理した。
ちなみにそのまま一緒についてこようとしたリツコ先輩は、看護師三人により病室へ強制連行された。
一番騒がしそうなリツコ先輩が去った後、スタッフが出してくれたお茶を飲み、まず俺たちがここに来た理由、すでに俺と狭霧が女医さんを知っていた理由とリツコ先輩が乱入した経緯、そしてお互いの自己紹介をした。
女医さんは須虞那 紬という名で、第三期入隊。実は木ノ花先生と同期だった。
そう、木ノ花先生も元黒影隊員で、須虞那先生は入隊から三年後に頭領に選ばれ、木ノ花先生はずっと裏方だったという。
須虞那先生は狭霧が自己紹介をすると、胸ポケットから眼鏡を取り出し、狭霧を見た。頬がぴくっと動いたが、ゆっくり眼鏡外し、胸ポケットに戻した。
「須虞那先生、回診のお時間です」
スタッフが須虞那先生を呼びにやってきた。
「私たちもオリエンテーション再開ね」
木ノ花先生は壁に寄りかかっていたが、俺たちはソファに座っていたので、立ち上がった。
去り際に須虞那先生は狭霧に声をかけた。
「天野くん、リツコにマントを貸してくれたよね? リツコは自分のだって主張したけど、裏地に名前が刺繍されていたのを見たの。……とても大切なものでしょ? 私が預かっているから、時間がある時に連絡を頂戴」
「お気遣いありがとうございます」
狭霧がペコリと頭を下げた。
「みんな、急いで~」
先を行く木ノ花先生に呼ばれ、俺たちは駆け出した。
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