正しい知識
―そう言えば黄泉の国の軍勢……黒い影について正しい知識を得たいと言っていたな。
「はい。影に食われる……この言い方も初めて聞きました」
―基本的なことから教えてやろう。
葦原の中つ国に留まる死者の魂をお前たちは幽霊と呼び、我々は虚ろと呼んでいる。
こいつらはあてどなくさ迷い、何もできない。
この虚ろに黒い影の血が浸食すると、悪霊となり、人間に害をなすようになる。
黄泉の国に行った虚ろは黄泉の国の住人と言われる。
基本的に黄泉の国で暮らしている。
輪廻転生が巡ってくるまでは。
まれに黄泉の国の入口からさ迷い出てしまう者がいるが、太陽光を浴びて消滅してしまう。
人間を襲うことはないが、人間が触れてしまうと、記憶を食われる。
そう、人間は生命力を奪われると思っているが、それは違う。
黄泉の国の住人は生前の記憶を持たない。
だから記憶という概念に強い憧れ、執着、見たいという願望を持っている。
ゆえに人間が触れてしまうと、記憶を食われてしまう。
記憶を食った黄泉の国の住人はその記憶を、まるで映画を見るように追体験できる。
それはとても強烈な体験で黄泉の国では味わえないものだ。
そしてこの味を一度覚えてしまい、人を襲うのが黄泉の国の軍勢だ。
黄泉の国の軍勢の本来の目的は、黄泉の国からさ迷い出てしまった黄泉の国の住人を連れ戻すことだった。
だが、ひとたび記憶を食べ、鮮烈な体験をしてしまった黄泉の国の軍勢は、黄泉の国の入口が開くと、さ迷い出た黄泉の国の住人を連れ戻すという名目で、生者が暮らす葦原の中つ国に繰り出し、人間を襲い、その記憶を食らうんだ。
記憶を食われた人間は、成長の記録を失うことになる。
だから記憶も体も退行してしまうんだ。
「黄泉の国にも神がいると聞きました。黄泉の国の軍勢が記憶を食うことを止めないのですか?」
―止めないな。奴らは軍勢がやっていることに関心がない。
「え……」
―関心がないから、黄泉の国の軍勢が葦原の中つ国で倒されても、やり返してやろうとか、復讐しようとも思わない。
奴らの関心は、虚ろと黄泉の国の住人にしかない。
虚ろが黄泉の国にやってきて、黄泉の国の住人となり、それが正しく輪廻転生の流れで循環していくことに最大限の注意をはらっている。
その一方で、黄泉の国の入口が開き、ふらっとさまよい出た黄泉の国の住人がいれば、黄泉の国の軍勢を使い追わせるものの、見つからなくても放置する。
黄泉の国の外での出来事には基本的に無関心だからだ。
「なるほど……」
―あと黒い影の血だが、あれは記憶を食うことができない。その代わり、人間の体内に侵入し、浸食という形で人の体を操ることができる。
「あの、影の血は人の形を作ることはできますか?」
―どういうことだ?
俺は一の鳥居に現れた巨大蛇型の黒い影のこと、影の血が参拝客に化けたことを話した。
―黒い影と言っても、もとはただの黄泉の国の住人だ。
その黒い影が、そんな大型の蛇のような姿になるのはもちろん無理だ。
そして黒い影の血が、見分けがつかないような人間の姿になるなんてことも、当然あり得ない。
もしそう言ったことができるとしたら、黄泉の国の神かそれと同等のものだろう。
「同等のもの、ってなんですか?」
―黄泉の国には、人間以外の魂も集まっている。
例えば神話の時代を生きた八岐大蛇、悪樓、塵輪鬼などだ。
ざっくり言えば、蛇や魚の化け物、鬼なんかの魂だ。
「なるほど、理解できました。ありがとうございます。いろいろ教えてもらったこと、これから絶対に役に立つと思います」
―黒い影の襲撃はどれぐらい起きているんだ?
「影の血の襲撃をいれると、四回ですね。あと黄泉の国の入口が開いて、昨日、黄泉の国の軍勢が現れました」
―そんなに……? 早く神降ろしをするんだ。
「は、はい」
―手を出せ。
「……?」
―手を出すんだ。
「は、はい」
俺と縁のある神は俺の手に黒いビー玉のようなものを三つのせた。
―これは電撃玉だ。
神降ろしをやるまではこれを肌身離さず持っておけ。
使い方は簡単だ。敵に投げつける。
当たらなくてもその近くで爆ぜれば黒い影の五~六体は倒せる。
俺は形ある武器を初めて手に入れた。
「ありがとうございます!」
―使わないで済むのが一番なんだが……。
とにかく、一刻も早く神降ろしをするよう、そこにいる陰陽師に言っておけ。
「……!」
俺は雷神の視線を追って、後ろを見た。
そこには祈祷をするじっちゃまの姿が見えた。
俺は首を戻し、雷神の方を見たが、もうその姿はなかった。
そして。
「お、目が覚めたようじゃな」
「……!」
天井が見える……。
俺はそこで初めて、自分が横たわっていることに気が付いた。
いつの間に横になっていたんだ……?
俺は起き上がろうとしたが、力が入らなかった。
この投稿を見つけ、お読みいただき、ありがとうございます。
ついに蓮の神探しが無事完了です。
引き続きお楽しみください。




