正式入隊
次のオリエンテーションでは各種規則や手続きの話が二十分行われた。
黒影の隊員になるといっても最初は訓練の日々で、消灯時間が決められていたり、施設外への外出には届け出が必要だったり、学生生活の延長線上のようだった。
「それでは各種規則の説明も終わったので、機密保持の契約書にサインをしてもらいます。スクリーンモニターに表示される書面を読んでもらって、同意できるならサインを。同意できない場合は残念ですが退所になります」
木ノ花先生の言葉に緩んでいた気持ちがピシっと引き締まった。
学生生活の延長なんて思っていたけど、学生の時に契約書へサインなんてなかった。
俺は緊張の面持ちで機密保持契約書に目を通した。
機密保持契約書に書かれていたことは、主にここで知りえた情報を外部に漏らさないように、ということだった。
俺は指でモニターにサインをした。隣を見ると、陽菜もサインを終えたところだった。
「三人とも同意にサインね」
木ノ花先生はそう言うと、背筋を伸ばし敬礼のポーズをとつた。
「金山統括庁 金剛お台場山防衛本部 金窃盗団制圧部隊 第十三期『黒影』への入隊を正式に認めます。入隊、おめでとう」
自然と俺ら三人は立ち上がり、木ノ花先生同様、敬礼のポーズをとっていた。
そして。
「ありがとうございます」
三人の声が見事に揃い、教室に心地よく響いた。
◇
休憩をはさみ、最後のオリエンテーションは施設見学だった。教室を出て最初に向かった場所、それはドーム状の訓練施設だ。
学校の体育館に近かったが、その広さは体育館の比ではなかった。
訓練施設は七つのエリアに分かれていて、何も設置されていない中央の円形エリアだけ天井まで吹き抜けていた。
巨大プールのエリアの周囲にはガラス窓があったが、それ以外のエリアはネットで仕切られているだけだった。
ネットの仕切りは地上から十メートルぐらいにある天井からつりさげられていた。
その天井は中央が吹き抜けている円形エリアにそってぽっかり空いているが、ぐるりと円形につながっていた。そしてこの天井は十メートルおきにいくつも設置されていた。上にいくほど天井の幅が狭くなっている。
この不思議な段々形状の天井について木ノ花先生は「訓練で使う」とだけ言っていて、一体どんな訓練に使うのか、見当もつかなかった。
「キャットウォークみたいだけど、雨の日の室内ランニング用じゃない~?」と陽菜は推理していたが。
天井の謎は残ったがそれ以外のエリアは分かりやすかった。
プールの隣は平均台や跳び箱などがあり、体操エリアだった。その隣はヨガマットやバランスボールがあり、ストレッチなどを行うエリア。
その隣は各種トレーニングマシーンが置いてあり、筋トレエリアだった。筋トレエリアの隣は畳張りになっており、さらにその隣は巨大なトランポリンが置かれていた。
「訓練は体力作りや筋トレなど二名の教官がつけてくれるけど、黒影の隊員がつけてくれることもあるわ。隊員による訓練だとより実践に使える動きを覚えられると思うわよ」
「黒影の隊員だけがつけることができる訓練があったりしますか?」
狭霧の質問に木ノ花先生はギクリという分かりやすい反応をした。
「天野くん、もしかして訓練についても何か知っているの?」
「流石にそれは。機密保持契約に反するので知らないですよ」
「ということはこの施設を見て推理したわけね。天野くん、ホント、お父さんと同じ、鋭いわね。正解よ。教官ではなく、黒影の隊員が直々に指導する訓練があるそうよ。その内容は……私でも知らないのだけど」
「……黒影の訓練ってそんなに特殊なの⁉」
そう質問する陽菜の顔には「陽菜、ついていけるのかな(汗)」という不安が見えた。
「陽菜、大丈夫よ。訓練での脱落者は黒影史上ゼロ人だから」
「ええ、それは逆にプレッシャーかも。だって陽菜が一人目になったら……」
「そーゆうことはそうなった時に考えればいいの。先生は陽菜もちゃんと訓練についていけると思っているわよ。そうだ、陽菜が訓練を無事終えたら、このあたりで一番美味しいケーキ屋さんで好きなだけケーキを御馳走するわ」
「……! 陽菜、頑張ります」
この様子を見ていた俺は思わずプッと吹き出して笑ってしまい、狭霧も微笑ましいという表情をしていた。
狭霧は一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、表情が柔らかくなってきている気がした。
「あの、木ノ花先生、あちらにいる方たちはもしかして教官ですか?」
狭霧が木ノ花先生に質問した。
すると木ノ花先生は、「あ、そうそう」と言い、二人の教官に挨拶をすることを提案した。
こうして俺たちは筋トレエリアでトレーニングしていた安藤教官と体操エリアにいた鈴野教官に挨拶をしに行った。
安藤教官は黒髪に黒ぶちメガネ、頬がすこしこけているが、首から下の体はバリバリの筋肉マンで、そのギャップが印象的な教官だった。
鈴野教官は手足が長くスリムな女性で穏やかな教官に見えたが、木ノ花先生によると「慈しみあるあの顔立ちで、腕立て百回、とか平気で言うのよ」とのことだった。
「先生、プールで泳いでいる人は~?」
俺も気になっていた質問を陽菜がしてくれた。
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