田畑さんの回想~その一~
その老人は採掘場で働いている人に水とか食料を届ける役目をしている、と語ったが、田畑さんはその日、初めて見かけたという。
そしてその出会いは、もう仕事を終えて帰る直前だった。
当時まだ婚約者だった奥さんにプレゼントされたタオル、それは腰にかけていたはずなのに、なくなっていた。
みんな帰宅するために出口に向かって歩いていたが、田畑さんは一人、その流れに逆らい、坑道の奥へ走っていった。
するとほどなくして一人の老人とすれ違った。
すれ違いざま、老人は田畑さんに「これはあなたの忘れ物ですか」と声をかけた。
田畑さんは立ち止まり、振り返った。
老人は婚約者にもらったタオルを田畑さんの方に差し出していた。
田畑さんはタオルを受け取り、御礼を言って立ち去ろうとした。
ところが、老人が話しかけてきた。
「このタオルは女性からの贈り物ですか」
確かに多くの作業員が、汗をぬぐうものだからと、手ぬぐいを腰につけていることが多い中、田畑さんのタオルは目立っていた。紺色のしっかりした生地で、田畑さんの名前も刺繍されていたからだ。
「はい。このタオルは婚約者からプレゼントされたものです」
田畑さんが答えると、老人はこう続けた。
「結婚を控えているのですね。それは何かとお金が入用でしょう」
それは確かに事実だったので、田畑さんは「そうですね」と答えた。
するとその老人は、食料や水が入ったかごから布に包まれた塊を田畑さんに差し出した。
「私からのお祝いです。これで婚約者と良い暮らしができるでしょう」
田畑さんは驚き、見ず知らずの老人から物を受け取ることはできないと思い、受け取りを拒んだ。
すると老人はこう言った。
「わたしがみすぼらしい姿だから受け取らないのですか」
田畑さんは慌てて「そんなことはありません」と答えた。
すると老人は「では受け取ってください」と半ば強引にその包みを田畑さんに押し付けた。
渡された包みはずっしりと重みがあった。
「中身はなんなのですか」
田畑さんが尋ねると、老人はあっさり「金ですよ」と答えた。
採掘場では、採掘した金を懐に入れることは禁止されている。
そもそも金山を出る前に金属探知機で検査され、さらに荷物検査もされるため、悪いことはできないようになっていた。もちろん田畑さんもそんなことをするつもりはなかった。
「金属探知機でも手荷物検査でも絶対に引っ掛かりませんよ。帰宅したら、布から出し、金槌で叩けば簡単に割れるので、それを質屋で売りなさい」
老人はそう言ってのけた。
さらに、婚約者にも話していないことをその老人は知っており、田畑さんの耳元で囁いた。
「あなたの両親には借金がある。あなたはここで働いた給与の一部をその返済に充てている。でもこれからあなたは婚約者と所帯を持つのです。子供もやがて生まれるでしょう。そのためにお金はあるに越したことがないのでは」
その言葉を聞いた瞬間、田畑さんは突然激しい頭痛に襲われ、座り込んでしまった。
頭痛はしばらくすると止んだので、なんとか立ち上がることができた。
だが、そこに老人の姿はなく、老人に押し付けられた金だけが残っていた。
どうするか悩んだ田畑さんは、坑道の死角になりそうな場所に包みをこっそり隠し、その日は帰宅した。
帰宅すると、家には婚約者がご飯を作りに来ていて、楽しい夕食の時間を過ごすことができた。もちろん、老人のことは忘れていた。
ところが、婚約者が結婚式に関する話を始めたことで、田畑さんの楽しい気持ちは変化する。
ドレスはこれがいい、引き出物はこんな物がいい、指輪はこれが欲しいと、スクリーンモニターにカタログを出して婚約者が話を始めると、その一つ一つの値段が高く、田畑さんは驚愕した。
そして想像以上にお金が必要なことを痛感した。
「お金がないからこんなに高いものは無理だよ」とは、婚約者の嬉しそうな顔を見ると、言い出すことができなかった。
田畑さんは翌日、あの塊を家に持ち帰った。
老人の言う通り、荷物検査も金属探知機も問題なく通過できた。そして金は簡単に割れ、田畑さんはそれを質屋で売り、信じられない金額のお金を手に入れた。
結婚式の費用はそのお金でかなりまかなえたが、まだ足りなかった。
すると、タイミングよくまた老人が現れ、金をくれた。
そうやって田畑さんがお金を必要とする時に限って老人は現れ、金を渡した。
次第に田畑さんはその人が神様に思えてきていた。
みずぼらしい姿をしているが、実は困っている人を助ける神様なのだと、思うようになっていた。
この投稿を見つけ、お読みいただき、ありがとうございます。
三回に渡り、田畑さんの回想となります。
お楽しみください。




