いやいやいや
「芽衣さんはこのお部屋を見て、ビックリされたんじゃないですか。この漫画とか絶版ですよね。あと、あの漫画は一連の災害で作家さんが亡くなって、最終話が完成しなかった。その結果、ファンの間では行く千万通りのエンディングが創作されたという伝説的な作品ですよね。それにこれは……」
「天野……、おぬし、もしやわしと共通の趣味を持つのか?」
「陰陽頭の足元には及ばないですが、父が好きだったようで、幼い頃から漫画に囲まれていました」
じっちゃまは狭霧に握手を求め、狭霧は目を丸くしながらそれに応じた。
「おぬし、もっと早くに言えばいいものを隠しおって。まあ良い。今日からおぬしはわしのことをじっちゃまと呼ぶことを許す」
俺は思わず野菜のマリネを吹き出しそうになり、なんとか、なんとか堪えた。
狭霧は表情が引きつっていた。
「おまけで、お前と玉依陽菜も、じっちゃまと呼ぶことを許可してやろう」
「……あの、どうしてその呼び方を……」
狭霧が声を絞り出していた。
「わしは忍者に憧れとってな。忍者といえば、手裏剣やくないのイメージが強いが、彼らの最も得意とするのは情報収集や偵察、潜入、破壊工作などの諜報活動じゃ。この活動に必要な技術が遁術じゃ。わしは十代の頃にこの遁術を極めたのじゃ」
つまり、どこかでじっちゃまと呼ぶのを聞かれたのか……。
「おぬしらが愛称として、じっちゃまと呼んでいたのはわかっとるから、そう恐縮するでない」
じっちゃまはそう言うと、俺たちの皿を見た。
「まだ全然食べ取らんじゃないか。この後みっちり話をするのじゃから、ちゃんと食べておくのじゃ」
「はい」
俺と蓮は声を揃えて返事をすると、ありがたくじっちゃまと芽衣さんの手料理をいただいた。
◇
朝食を終えると、じっちゃまは早速俺たちに問診を始めた。
「まず、本殿でおぬしらが危機的状況にあると、すぐに気が付けず、申し訳なかったのう。油断は禁物というが、雨降ろしをしていたので、気が緩んでおった。わしのお膝元じゃし、結界は強固にはっておったし、と、そっちに人員を割いておらんかった。黒影の一人でも配置しておけばよかった。本当に申し訳なかったのう」
じっちゃまが頭を下げた。
「や、やめてください、じ…じっちゃまは何も悪くありません。不測の事態が起きて、町は大変な状態だったって聞きました。壊された結界をはりなおしたり、何が起きたのか分析したり、敵の正体や目的を探ったり、他にも俺たちが知らないところで沢山いろいろなことをしていたんだと思います。黒影の隊員だって、俺たちがのんきに飯を食べたり、風呂に入っている間も、必死に働いていたこと、わかっています。俺が社務所に行ったのは午前三時過ぎです。そんな時間でも芽衣さんや氷川さんは起きて仕事をされていました。俺たちは寝ていたのに……」
「そもそも、騒動の原因は僕にあります。僕が、呼ばれる声に従って、ふらふら本殿に行かなければ、こんなことにならなかったと思います。蓮や陽菜、木ノ花先生に相談すればよかったんです」
「二人が無事でよかった。そして芽衣を守ってくれたこと、感謝する」
「じっちゃま……」
「……、ここまではのう、わしの気の緩みもあったから目をつぶるが、今後は二人とも無茶は禁物じゃぞ」
「はい」「わかりました」
俺たちが素直に返事をすると「よろしい」と言った後、じっちゃまは本殿で起きたことを時系列に整理したいので俺に説明するように言った。
俺は深夜に目覚めたところから始まり、最終的に狭霧が沢野さんの影の血を倒すところまでを話して聞かせた。
「芽衣を助けたい一心で、武器、強さ、神の権能を強く求め、それに縁のある神が応えたとは……。まさに驚きじゃのう……」
じっちゃまは俺の神降ろしによっぽど驚いたのか、しみじみそう言うと俺を見た。
「あの、木ノ花先生に神降ろしの儀式の前に、神探しを行うと聞きました。すぐ見つかる人もいれば、時間がかかる人もいるし、見つからない人もいるとのことでした。狭霧の場合はこの神社の御神体が狭霧のお父さんの剣だったと芽衣さんが教えてくれました。縁があったので神探しをするまでもなかったと思うのですが、俺の場合はどうなのでしょうか?」
「……まあ、狭霧と同じように、お主とその神に強い縁があったのかもしれん。神探し自体、自分と縁のある神への呼びかけ。お主の強く求める気持ちが神を探し当て、そして神も応えてくれた。さらには神降ろしまで成し遂げた。ただ」
そこでじっちゃまはお茶を一口飲んだ。
「神降ろしは一度行うと、以後はわしがいなくとも、また最初のような儀式を行わずとも、できるようになる」
「えっ」
俺は驚いて手にしていた湯飲みを落としそうになった。
それってつまり、俺が過去に神探しと神降ろしをやったことがあったから、すんなり神降ろしができたということか⁉
いやいやいや。どう考えてもこれまでに神探しや神降ろしの儀式をやった記憶はない。
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じっちゃまと狭霧の思わぬ共通の趣味が判明しました。
引き続きお楽しみください!




