陰陽頭
!
「いつの間に」
思わず俺はそう声を出していた。
だって狭霧と会話しながら、じっちゃまが旦那三人衆を診ている様子は目に入ってきていた。
じっちゃまは医者のように、目にペンライトを当てたり、胸に耳を近づけたり、頭をマッサージしていた。
それなのに今、じっちゃまは俺たちのそばに移動してきていた。
旦那三人衆の方を見ると、じっちゃまと一緒に動いていた神職者たちは、まだ三人衆のところにいた。
「神降ろしを一人でやってのけた割にはまだまだじゃのう」
じっちゃまはカッカッカッと豪快に笑った。
「天野狭霧、黒雷蓮、ついて来い」
俺と蓮は慌てて立ち上がると、じっちゃまの後を追った。
◇
じっちゃまが向かったのは、授与所の裏の建物だった。
授与所まで渡り廊下を進み、授与所の扉の脇に置かれた番傘と下駄をはいて、その建物まで行った。見るからに重厚な作りで、宝物殿かと思ったが、違っていた。
重い扉をじっちゃまが開け、明かりをつけると、そこは、なんというか、神社らしからぬ部屋になっていた。
そう、壁には女性アイドルの写真が飾られ、箪笥の上にはアニメのフィギュアが並んでいた。
「ほれ、そこで下駄を脱いでそこの新しいタオルを使うといい」
そう言ってじっちゃまは自分はさっさと下駄を脱ぐと、部屋の中へ入って行った。
部屋の中央にはちゃぶ台と座布団、奥の方には小さな水場、他に本棚がいくつも並んでいた。
じっちゃまは畳んだ布団の横に積み上げていた座布団を二つとり、ちゃぶ台のそばに置いた。
ここに座れ、ということだと思い、俺と蓮は足早に座布団の方に向かった。
本棚の半分は古書、残りの半分は漫画だった。
「おい、狭霧、これ、どう理解すればいいのかな」
「僕に聞くな、蓮、分かるはずがない……」
さすがの狭霧もお手上げのようだった。
じっちゃまは水場で何かしていると思ったら、どうやらそこにコンロがあるようで、火をつけて何かを作り始めた。
「蓮、お主の後ろの食器棚に湯飲みがあるから、三つ、出すのじゃ。そしてポットがあるからスイッチオンじゃ」
「は、はい」
俺は食器棚の横に置かれたポットのスイッチを押し、湯飲みをちゃぶ台に置いた。
「狭霧、冷蔵庫の中に総菜が入ったタッパーがあるから、適当に出してちゃぶ台に並べるのじゃ」
「はいっ」
狭霧は本棚の隣の冷蔵庫を開け、タッパーの中身を確認しながら、いくつか取り出した。
俺は食器棚から皿と箸をとりだした。
狭霧が持ってきたタッパーには、野菜のマリネ、ローストビーフ、煮物、きんぴら、野菜炒めが入っていた。
少し大きめのお皿にそれぞれを盛り付けていると、「チンじゃ」というじっちゃまの声と共にラップが飛んできた。と同時にポットのお湯が沸いた。
狭霧は煮物ときんぴらと野菜炒めにラップをかけ、俺はちゃぶ台に置かれていた急須にお茶の葉を入れ、ポットのお湯を注いだ。狭霧はその間にレンジで総菜を温めた。
これは間違いなく朝食の準備だ。俺たちが朝食をとってないから……。
すべてが終わると、じっちゃまがおもちの磯辺焼きを持って戻ってきた。
「朝食じゃ。いただきます」
「は、はい。いただきます」「いただきます」
俺はローストビーフに飛びついた。
「うん! 柔らかくて旨いです」
狭霧は煮物を頬張った。
「味が染み込んでいて美味しいです」
じっちゃまは当然だという顔をしている。
「あの、これ、陰陽頭が料理されたのですか?」
狭霧が尋ねると、じっちゃまは磯辺焼きのおもちを盛大に伸ばしながら答えた。
「洋風の料理はわしじゃ。和風のはな、芽衣が作って冷蔵庫に入れておいてくれたものじゃ」
そしておもちを咀嚼すると続けた。
「わしの趣味は料理じゃ。考え事があったり、煮詰まった時に料理を作るとすっきりするからのう」
料理が趣味でしかも和食ではなく洋食を作るのが好きなんて……意外過ぎる要素がてんこ盛りだ。
「ということは、ここは陰陽頭の自宅なんですか?」
俺が尋ねるとじっちゃまはローストビーフをうまそうにペロリと食べて答えた。
「いや、自宅は別にある。ここはなんというか、わしの趣味の部屋じゃ。宝物殿用に建てたものの、収めておく宝なんてないことに後から気づいたのじゃ。それでまあわしの若い頃の趣味のあれやこれやをばあさんに捨てられる前に、ここにこっそりとな。隠したんじゃ」
いろいろとツッコミたい要素は満載だが、とりあえず飲み込んだ。磯辺焼きと一緒に。
この投稿を見つけ、お読みいただき、ありがとうございます。
じっちゃま……陰陽頭は知れば知るほど面白そうな人です。
引き続きお楽しみください。




