何もできないもどかしさ
「話をしたら怒られるかな?」
「いや、大丈夫じゃないかな。そもそも僕たちが邪魔だったら、朝飯を食べて終わったら戻ってこい、という指示を出したと思う」
「そっか。じゃあ、神降ろしの話をしてもいいか。俺、狭霧がなんでそんな姿になったのか気になる。さっき聞いた時は途中で俺が脱線しちゃったから」
「……ああ、その件か。でもそれは多分、話しちゃまずいのかな?」
そう言うとじっちゃまの方をちらっと見た。
つられてじっちゃまを見ると、ギロッと眼光鋭いじっちゃまの視線と目があった。
あわっ。
俺は慌てて目を伏せた。
そうか。神降ろしは秘儀。
どのような神降ろしだったのか、ということはおそらくじっちゃまと当人しか話せない内容なんだ。
そこで俺は当たり障りのない範囲で、昨晩の出来事で気になっていたことを聞いた。
「声に導かれて本殿に行った、って言っていたけど、扉の鍵はどうやって開けたんだ? 鍵はあの時、芽衣さんが持っていたのに」
「僕は宿泊棟側の扉から中に入ったんだ。まさか開かないよな、と思いつつ、押したら簡単に開いたから、中に入れた。中に入って扉に触れて、あの扉は内鍵だったと気が付いた」
「つまり、鍵をかけ忘れたか、狭霧と縁のある神が開けてくれた……?」
「うん。僕を呼ぶ声が『入りなさい』と言っていたから、かなりの確率、僕と縁のある神が開けてくれたのだと思う」
「すごいな……。神が自ら招きいれるなんて。あ、じゃあ、授与所側の扉の鍵が開いていたのも、神の仕業だったのか! どっちからでも入れるように」
「違う」
「うん?」
今、狭霧が答えたんだよな? なんかいつもと声が違ったような。
「れ、蓮、あれは旦那三人衆が開けたんだよ。鍵を使わずにどう開けたのかは知らないけど……影の血に操られていたんだろうね」
「狭霧は見たのか、その三人が鍵をあけるところを」
「いや、見ていない。僕は見ていないけど、僕と縁のある神は感知していた。旦那三人衆の中にいる影の血も見えていた。ただ、神域に黄泉の国の者は許しなしに入れないし、神事の最中だったから、そのままに」
「なるほど……。俺と芽衣さんが中に入ったのは気づいたか?」
「もちろん気づいていた。僕のそばにきて、僕に触れたり、持ち上げようとしているのも分かっていた。……ただ、蓮と同様、僕の神降ろしもじっちゃま抜きでイレギュラーな形で進んでいたし、中に入ってきたのは、神職である巫女の芽衣さん、神の力の発現が始まっている蓮だったから、目をつぶった、って感じかな」
「なるほど……」
「さらに言えば、旦那三人衆が入ってきた時も、もちろん感知していた。けれど、あの時は本当に動けなかった。神降ろしの最終工程だったから……」
そんな大切な局面で影の血を本殿に入れてしまったのは本当に不覚だった。
「僕が倒れていた場所は内陣で、その外側の外陣とそれぞれに結界がはられていた。内陣と外陣には本殿全体とは別の結界がはられていたんだ。でもそれは芽衣さんは知らないと思う。知っているのは結界をはったじっちゃまだけだ。あと、そもそもこの神社にはとても強力な結界がはられている。一の鳥居、二の鳥居、玉垣、拝殿、という具合に。でも旦那三人衆の影の血は、これらをかいくぐって入り込んでいた。内陣と外陣の結界に、もし踏み込まれていた場合、結界が役割をきちんと果たしたかどうかは分からない。だからこそ、神降ろしには最高位の陰陽師が同席するんだろうね」
「そうだったのか……」
「……正直、きつかった。芽衣さんも蓮も丸腰も同然なのに、助けに行くことができなくて。結界が機能するか分からなかったけど、せめて結界のある外陣に二人を呼んでほしいと頼んでしまったり……。最終工程という重要な局面なのに、全然集中できてなかった。でも、僕と縁のある神が教えてくれたんだ。集中して、一刻も早く儀式を終え、助けに行くことが最善だ、って。その後はもう儀式以外のことはシャットアウトで集中した」
目の前で仲間が危機にあるのに、何もできないもどかしさ、それは俺もよく分かっていた。
「あの時は本当、どうなるかと思ったけど、芽衣さんの機転で二人抑えることができたから、ラッキーだったよ」
「そうか、あの二人は芽衣さんが……。彼女は巫女さんにしておくのはもったいないね」
俺が芽衣さんは黒影になりたがっていたと話すと、狭霧は「ぜひ入隊してもらいたいよ」と微笑んだ。
「僕の神降ろしがようやく終わったと思ったら、蓮が神降ろしを始めていて、あれは本当に驚いたな」
「いくら緊急事態で無我夢中だったとはいえ、俺はとんでもないことをした気がする。狭霧と縁のある神が見逃してくれてホント良かったよ……」
「とんでもないことをしたのお主だけではないから安心せい」
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