前代未聞
二階へ着き、大部屋をのぞくと、男性陣はすでに起きていた。
布団も片づけ、洗濯物をまとめ、箒とちりとりで掃除をしていた。
「おはようございます」
芽衣さんが声をかけると、皆口々に「おはようございます」と挨拶を返した。
「あ、君、よかった。いなくなっていたから心配したんだよ」
この中で一番年齢の高い、確か高島さんが俺と狭霧を見て、声をかけてくれた。
「結婚一周年記念の旦那三人衆の姿もなくて、みんなで心配していたんですよ。さっき部屋に来た黒影のお嬢さんに尋ねても、自分もそれについては何も聞いていないとのことで……。ご無事で何よりでした」
「ご心配をおかけし、すみません」
俺と狭霧は頭を下げた。
「我々は、あらかたこちらの部屋の片づけを終えました。なにか他にお手伝いできることはありますか?」
高島さんが芽衣さんに尋ねた。
「部屋の片づけ、ありがとうございます。実は女性の皆さんはすでに下で朝食の用意を始めてくださっています。おそらく部屋の片付けも済んでいるのではないかと思うのですが、三階へ行っていただいて、もし片付けが済んでいなかったら、お願いしてもいいですか?」
すると皆、「お安い御用です」と頷き、皆、掃除を再開した。
「それで巫女さんはこちらへ何をしに?」
高島さんが俺たちのそばに残って尋ねた。
「実は、姿が見えなかった三人が発見されまして、今、拝殿にいます。命に別状はないのですが、大事をとって休んでいただきたいので、拝殿に布団を運びにきました」
「運ぶって、この女性三人とこちらの黒影さんお二人で?」
「はい」
「巫女さん、階段もあるんですよ。敷布団は思いのほか重い。それこそ我々の出番ですよ。お手伝い、させてください」
「すみません。そう言っていただけると助かります」
「お安い御用ですよ。おーい、勝彦さん、なかさん、郁夫さん、田中さん、ちょっと巫女さんを手伝ってあげてくださいよ」
呼ばれた四人は快諾してくれ、枕を女性陣にまかせ、俺たちは敷布団と掛布団を分担して運んだ。
拝殿に戻ると巫女さんが旦那三人衆を膝枕して待っていた。
勝彦さんとなかさんは「うらやましい」「わしもしてほしい」と口にして、芽衣さんに「だめですよ」とたしなめられ、少年のように笑っていた。
芽衣さんは、宿泊棟の皆さんのお世話をします、と勝彦さんら四人と戻っていった。
俺たちは拝殿に布団を敷き、旦那三人衆を寝かせた。
それを終えたタイミングでじっちゃまが戻ってきた。
俺たちが本殿を出た時は沢山の神職や職員がいたが、今じっちゃんについてきているのは神職三人だけだった。おそらくじっちゃまの指示を受け、皆、それぞれのやるべきことをこなしているのだろう。
「ようやく本殿の清めが終わったわい。全く昨日から働きづめじゃ。結局結界はズタズタで修復じゃすまんかったし。全くじじぃ使いが荒いのう」
辛口だが顔はやる気満々で、むしろ嬉しそうだ。
「戻ったか、ご苦労じゃった」
じっちゃまは俺と狭霧を一瞥すると
「ここの一般人を診た後に問診をするから、そこで待つのじゃ」
そして木ノ花先生と陽菜を見て
「社務所を手伝ってくれたと聞いたぞ。手間をかけたのう。ここはもう大丈夫じゃから、朝飯でも食べているといい。昨夜起きたことは、あらかた芽衣から聞いたか、ハナノコ」
「はい。芽衣さんからお聞きしました。神降ろしの細事を聞くつもりはありませんが、いくつか本人に聞きたいことはあるので、それは後程聞くようにします」
「よろしい。あと、ここにいる三人の一般人、結婚指輪をつけておったのう。ということは、嫁もここにいるのじゃろうな。ハナノコ、朝食の折にうまいこと話しておいておくれ。まあ、夜に神社を探検して、猪に遭遇して追いかけっこになり、転倒して頭でも打ったことにでもしておけ。辻褄をあわせるように、当人には伝えておくゆえ」
「はい、わかりました」
「あと目を覚ましたら使いを送るから、それまでは待機しておくよう、嫁さんには言うておくのじゃ。……それにしても雨降ろしの日にこんなことが起きるとは、前代未聞。熱田なんぞ連絡をいれたら『私は夢を見ているのか』なんてぬかしておったわ」
そう言って豪快に笑った。
「私もこのような経験初めてで驚いています……。では、私たちはこれで失礼します」
じっちゃまは早くいけとばかりに木ノ花先生たちに手を振った。そして早速、旦那三人衆の元に向かった。
俺と狭霧は拝殿のはじにおかれた床几に座り、待つことにした。
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高島さんはこの町の歓楽街の居酒屋の店主です。
勝彦さんは従業員、なかさんと郁夫さんはお店の常連さんです。
それでは引き続きお楽しみください。




