忘れ物!
勢いです。久しぶりにあげました。ゆるく読んでください。
走れ!走れ!今ならまだ間に合う!今年が終わる前に、あの子が飛行機に乗ってしまう前に届けないと!
ただいま時刻は2021年12月31日午後3:00。あの子の乗る飛行機は今日の午後6:00に飛び立つ。それまでに私はこの忘れ物のマフラーを届けないといけない。あちらはこっちよりもとても寒いから飛行機を降りた瞬間からこれを持っていないと冷えて風邪をひいてしまうだろう。
最寄りまで2kmを全力で走りきり、息で視界を白く染めながらホームで電車を待つ。あぁ、電車、早く来てくれ!
吊り下げられた電光掲示板によれば次の電車が来るまであと5分かかるらしい。その5分ですら惜しかった。手持ち無沙汰でどう乗り換えれば早いかを乗換案内で調べる。乗換4回の方が早い様だ。
プォーン
電車が来た。座っている人は少ない。ドアが開いて中に乗り込んだ。10秒くらいしてドアが閉まると徐々に加速する。 3つ先の駅で特別快速に乗り換える。席は空いているけれどそわそわして座って居られないと思ったのでドアの脇に寄りかかるようにして立っていた。
そうして各駅でドアが開いて3回目。
私は脱兎のごとく電車を飛び出し、向かいに止まる特別快速に乗り込んだ。座れないくらいに混んでいる。それでやはり私はこの電車でもドア付近に立つことにした。
特別快速と言うだけあってやはり速い。いつも乗らない電車であったのですこし面食らってしまった。
しかしこの速さのおかげではやる気持ちが紛れた。
このまま終点まで頑張ってくれればきっと間に合ってくれる。
20分ほど乗ってやっと終点に着いた。
次はどこだ…
どうやら改札をまたいでから乗る電車のようだ。
特別快速の終点の駅は構内が広い駅で迷ってしまいそうである。
…。
は、待て、この電車乗り換えまでが15分しかない…
あんまり来たことの無い駅でしかもこんなに広いのに間に合う気がしないぞ…
…いや、行かないとならない。
とりあえず急ぎ足でその路線を探す。
どっちだ…?ここの道は右でいいのか?
スマホと構内の看板とを交互に見ながら進んでいく。少し狭い道に差し掛かる。その時。
うわぁーん!お姉ちゃぁん、お母さぁん!
子供が大声で泣いている。迷子か…?
ううーん、時間が無いんだけどな…。案内所に連れて行ってあげるくらいなら出来るか…?
いやでも間に合わなくなってしまう。
そこを1度とおり過ぎようとする。
しかし子供は依然としてしゃくりあげながらお母さん、お姉ちゃんと連呼している。
ぅぅううう…気になる…
ダメだ!もうこんなに気にしてしまって気もそぞろな状態ならきっと自分は道を間違えてたどり着けなくなる。案内所に送るだけやってあげよう。
くるりと踵を返し子供の所へ行き声をかける。
お嬢ちゃん、迷子?
少女は知らない人に声をかけられびっくりしたからか、だんまりを決め込んでいる。そりゃそうだ、お母さんもお姉ちゃんもいない所でこんな知らないおじさんに声をかけられているんだからびっくりもするだろう。
でも、やはりここにいるよりは案内所にいた方が安全だろう。
おじさん、お母さんとお姉ちゃんに会えるように駅員さんの所まで連れて行ってあげるから着いてきてくれないかい。
その言葉でふっと顔をあげた少女は
じゃぁがんばる…
と言って腰を上げてくれた。
後ろから着いてくる少女を気にかけながら気持ち急ぎ足で案内所に急ぐ。
緑の看板が分かりやすくその場所を示していた為体感的にはあまりかからず到着することが出来た。
あの、すみません。そこにいた駅員に声をかける。
はい、なんでしょう?
この子迷子みたいで…
あっ!お母さん!お姉ちゃん!
どうやらこの少女の母親と姉もこの子を探して案内所に来ていたようだ。なら丁度いい。
じゃあ、見つかったみたいだしそろそろ行くか。心の中で独り言を吐いて元来た道に戻ろうとする。
あ!待ってください!
母親に呼び止められた。
まだお礼も言ってないのに行ってしまうなんて…申し訳ないです。
律儀な母親なようだ。
いえいえ、当然のことしたまでですよ。お気になさらないでください。見つかって良かったです。
ありがとうございます、本当にすみません。
では急いでいるので失礼します。
そう言って一礼をして先程まで向かっていた方へ歩き出す。
時間を確認する為にスマホを確認するとあと2分で電車が来るところだった。
歩が止まる。
…これは乗れないな。
次の電車は何時だ?
画面をタップし時間を調べる。
次の電車は25分後らしい。
ほぼ30分じゃないか!
どうしよう、間に合わないかもしれない。
通路で止まってしまった私を避けながら周りの人は歩いていく。
どうしようかと思っていた矢先の事だった。
あの、すみません。何かお困りですか。
声をかけられてふっと振り返る。
さっきの母親だった。
すみません、ずっと立ち止まってたから何かあったのかと思って…
先程のお礼が出来て無いですし何か困っていることがあったら力になりますよ。
あ、いや、ちょっと乗ろうと思ってた電車がダメそうなので次を調べてただけなんです、気にしないでください。きっと次もすぐ来るので大丈夫ですよ。
…失礼ですけどもどちらに行かれますか?
母親がおずおずと聞いてくる。
えっと、ハネダ空港まで…
ハネダ空港なんですか?それなら私たち帰り道の方向にあるので送れますよ。
えっ…
正直とてもありがたい提案だ。きっと次にくる電車に乗ってもあの子が搭乗するのに間に合うかどうかといった様子だから。
とてもありがたいんですけれども、悪いですよ…
大丈夫ですよ。
でもやはり悪い気がしてやはり断る。だって迷子の子を送ってあげただけだぞ?
いいえ!大丈夫ですよ、それにうちの子を送ってくれたから乗れなくなってしまったんでしょう?
それで何もしないなんてさすがに後味が悪いですから。お願いします、送らせて下さい。
深々と頭を下げられてしまう。
い、いえ!頭をあげてください!
お礼をさせてください。
わ、分かりました、分かりました。
ありがとうございます。
急いでいますよね?すぐ出られるので来てください。
は、はい…本当にすみません。
母親はつかつかと歩いていき、後ろで待っていた子供達を連れてたまに私を振り返りながら外へと歩いていく。
5分くらい歩いて駐車場に着いた。
ちょっと待ってくださいね。
母親はそう言って子供達を後ろの座席に座らせていく。
その後、助手席を開けて
どうぞ。
と言った。
俺が座ったのを確認するとドア閉めますね、と喚起しながらドアが閉められた。
車の前を回って運転席に母親が座りシートベルトをつけエンジンをかける。
じゃあ行きますね。
そう言って車は進み出した。
車内は賑やかでもなく静かすぎるでもなかった。
というのも子供たちは知らない大人が車に乗っているからかあまり喋らないものの私と母親はぽつぽつと会話をしていたためだったからだ。
…あらそうなんですね!彼女さんのために忘れ物を届けようと来たなんていい彼氏さんじゃないですか。
いえ、そんなことは無いですよ…ただあの子が行く先がすごく寒い場所なのでこれがないと寒いかなと思って。気に入っていたものだし。
いやいや、こんな寒い中電車乗って届けに行くなんてすごく優しいですよ。あ、そういえば国内線ですか?国際線ですか?
あ、国際線です。
分かりました!
そちらに近い方に停めますね!
ありがとうございます。
そんな会話を車内でしていた。
静かな瞬間と会話の瞬間を繰り返しながら1時間半くらい道を走った。
そろそろ着きますよ。
あ、ありがとうございます…
車が止まった。
すみません。ここあんまり長く止められないので開けてもらってもいいですか?
あ、全然大丈夫です!ここまで送ってくださってありがとうございました。
いいえー。こちらこそ娘を送って下さったり、こちらのお礼がしたいワガママを聞いていただいてありがとうございました。
いえ!そんなことは!長い間ありがとうございました。
早く彼女さんの元へ行ってあげてください。
はい!ありがとうございました。
振り返ってぺこりとお辞儀をした後に彼女のいるであろうゲートを目指す。
186番ゲートらしい。
結構距離があるから急がないと。
競歩かってくらい急ぎ足でロビーを歩く。
まだ乗ってないでくれ!
そう祈りながら更に歩みを早める。
そして目的のゲートの前に到着した。
まだあの子はいるか?間に合ったか?
しかしその姿は見つからない。
でも周りにはまだ人がいるし大丈夫じゃないのか。
係員さんに聞いて見るか。
あの、すみません。
はい、どうされましたか?
あの、ここのゲートってもう開いていますか?
知り合いに忘れ物を届けたくて通ってしまったのか知りたいんです。
はい、ここのゲートは先程開きましたよ、でもまだ全員は乗られてないみたいですから通ってない方でしたら忘れ物を届けられると思いますよ。確認されますか?
お、お願いしま
あっ、優心くんだ!どうしたの?
若葉!探してたんだぞ!ほら、これマフラー!
あっごめん。それ忘れてたんだね。道理でないと思ってた、ありがとう!
はぁ、あっちはここよりもっと寒いんだろ、ちゃんと防寒しないと体調崩すぞ。
うん、ごめん。でもこんなわざわざ届けてくれたの嬉しい。
そのマフラー気に入ってたの知ってるからな。
向こうでも楽しく若葉らしくいてくれよ。
帰ってくるの待ってるから。
うん!頑張って来るね。長期休みの時は帰るからそっちこそ待っててね。
わかった。さあ、ほらもうゲート開いてるんだから早く行ってこい。
うん。じゃあ行ってくるね。
ああ。
彼女は何度も手を振りながら搭乗ゲートの奥へと消えて行った。
彼女は留学でしばらく帰ってこない。
寂しくなるが彼女のためだ。辛抱強く待っていてやろう。
…最後に一目会えて良かった。忘れ物をちゃんと届けられて良かった。
今年はこれでなんの悔いもなく終えることが出来そうだ。
来年が待ち遠しい。また彼女の元気な顔が見られることが楽しみだ。
ここまで読んでくださりありがとうございました。あけましておめでとうございます。実を言うと年を越す前にあげたかったのですが間に合わず泣く泣く明けてからの投稿になりました。今年もスローペースだとは思いますが投稿して行けたらいいな…