057 初めての結界
『おや、また来ましたか。でも今日は1人なのですね』
卑弥呼さんのお墓へやって来ると、壱与さんはそう話しかけてくれた。ただ鍵を持っていないし、氷彗さんみたいに氷で鍵を作って無理やり侵入なんて真似もできないから白い建物に入ることができない。
「このままでも壱与さんとお話しできますか?」
『結界の外に出せる声は最低限の知能しか持っていません。複雑なことを尋ねたいのなら入って来ることをお勧めします』
茜さんのことは複雑という表現以外適さないようなケースだ。だから入るという選択肢以外にないのだろう。
でもどうやって入れば?
悩んでいる間に、後ろから足音が聞こえてきた。
誰か来たと本能的に警戒し、足音を立てぬよう動いて物陰に隠れた。
顔が見えるとすぐに全身の毛が逆立った。あれは……伊月大臣!
伊月大臣は鍵を取り出し、扉の中へ入っていった。
『誰か来ましたね。声に出さず、脳内で話してください。彼のことを知っていますか? 愛梨』
えっと、この前の話に出てきた月という人だと思います。今は伊月と名乗っていますが
『なるほど、月様ですか。このところ毎日来ているのですよ』
ま、毎日……?
『愛梨、魔法少女が優位であることに変わりはありません。とにかく今は私に接触したいのでしょう? ならば結界術の中の基本の一つを教えます。己が身体を透明なるものにする術です』
と、透明!? そんなことできるんですか?
『結界術に限界はありません。この場で教えられる最低限のものですが、すぐに覚えてください。もっとも私の魔力を引き継いでいる愛梨ならすぐに扱えるはずです。いいですか、まずは魔力を澄んだ水のようなものに変えることを想像してください。そうしたらどこか心地よくて、湖と一体になれるような感覚を味わえるはずです』
澄んだ水……氷彗さんの瞳みたいに澄んでいるのかな。そう思うとイメージしやすいかも。
私の魔力を、毎日見ている氷彗さんの瞳のように澄んだものにする……
イメージを深めると、なんだか心地よい水に浮いているような感じがした。これだけで自律神経を整えてくれている気がする。
『梨……愛梨! 成功していますよ。早く月様を追ってください』
あ、あまりの気持ちよさに忘れていました。すぐ向かいます。
しれっと新しい魔法を覚えちゃった。自分にかける透明化の魔法か〜、『透過結界』と名付けよう。かっこいい。
私は伊月大臣を追って、白い建物に侵入した。ちょっと動きを大きくしてみたけど、バレる気配はない。
まぁ伊月大臣も1000年以上生きているとはいえただの人間。私のことに気がつくなんてできるはずもないね。
「姉上、私は魔法少女を育てることができているでしょうか」
やっぱり伊月さんは月って人なんだ。卑弥呼さんの実弟なんだよね。
こうやってお姉さんに確認したくなるほど迷っているのかな。そう思った。
「もちろん、できています」
……え? と声を出したくなった。迷っているんじゃなくて確信を伝えに来ただけ?
「もうすぐ戦争が始まるよ、姉上。魔法少女と、魔法少女の戦いだ。ゾディアックは同盟国アメリカの魔法少女と訓練をする。そうすればきっと、姉上すら凌ぐ魔法少女を地球上に作れるはずだよ。そしたら褒めてくれるよね? 姉上……」
この人のやっていることの根底に何があるか、今はっきりとわかった。
この人は姉離れができていないんだ。ずっと、ずーーっと。
壱与さんは卑弥呼さんが亡くなったことを受け止めて、墓守りをしている。でも伊月さんはそれを受け止めきれていないところがあって、今も卑弥呼さんに縛られているんだ。
私は脳内で声を出すように切り替えた。
ごめんなさい壱与さん。突然来訪しましたが、やはり帰ります。
『どうしました? 話はいいのですか?』
はい。なんとなくわかりました。姉離れ、妹離れができないと人はおかしくなってしまう。それなら私……少し強引でも現実を見せたいんです。あなたの妹はもういないって。その上で立ち上がらなきゃいけないんだって。
『……なるほど。愛梨がそう考えたのなら私は止めません。お行きなさい。月様に見つかる前に』
はい!
私は白い建物を飛び出した。
戦争なんて始めさせない! 茜さんをルナミに引き入れて、私も結界術を極めて、とことん反対勢力を伸ばしてやる。
氷彗さん、私、あなたの役に立ってみせます!




