056 虚空の少女
10階に到着すると、すぐに受付カウンターのようなものがあった。
もうすでに特別な人が入院していますオーラがすごい。もし氷彗さんが入院したらこのフロアになるのだろうか。
「すみません。面会希望です。羽田茜さんという方と面会したいのですが……」
私が看護師さんにそう言うと、看護師さんは明らかに疑念の目で私を見てきた。たぶん今までも接触を図ろうとした人は多いんだろうなぁとわかる。
「面会目的は何ですか?」
「えっと……羽田さんは結界術に長けていると姉である山吹氷彗さんから聞きました。私も結界術を使ってみたいので、羽田さんからお話を聞こうかと……」
「へー。山吹隊員からの案内ねぇ」
少し違うけど、一応氷彗さんからの案内ということにしておいた。そうすれば会える可能性も上がるかな〜って思って。
「では面会を認めます。1号室にお入りください」
「はい。ありがとうございます」
思ったよりもあっさりと面会を許可された。良かったような拍子抜けなような。
1号室の前に立つと、中から声が聞こえてきた。誰か他に面会しているのかなって思ったけど、聞こえてくる声は1つだ。
3回丁寧にノックして、引き戸を開けると中には朱色の髪の毛をストレートに伸ばした、童顔の女性がベッドの上で独り言を呟いていた。
「そう、七海も大変だったんだね。アタシは今日も訓練だけど一緒にどう? 行かないの? 残念。じゃあご飯を食べていてよ。元気じゃないと、アタシすっごく心配だからさ( ^ω^ )」
思ったより明るい人だ。表情も豊かだし。
でも、目は虚空を見つめている。それに誰もいないのに、七海という人と話しているようだ。たぶん、亡くなったという茜さんの妹だろう。
「こ、こんにちは」
私の声かけには返事はなかった。
なるほど、これは強敵だ。おそらく茜さんは今も七海という人との幻想を見ているんだ。そこから抜け出すことができずに、長い時間が過ぎているんだ。
「茜さん、こちらの世界へ来ませんか? あなたの力が必要なんです」
私の声には一切関心がないのか、聞こえてすらいないのか。わからないけどとにかく無視されている。
と思ったら、茜さんは不意に私の方を向いた。
「あら七海、かわいいお客さんが来ているじゃない?」
お客さんとは私のことのはず。私に関心を向けてくれた今がチャンスだ!
「初めまして桜坂愛梨です! 茜さんに結界術を学びに来ました!」
「アタシかぁ。残念だけどアタシ、もう魔法少女は引退する予定なんだよね〜。この前怖い夢を見たの。七海がね、エネミーに切り裂かれる夢を。もうそれで嫌になっちゃった」
おそらくそれは夢などではなく、現実に過去で茜さんが見た光景だろう。
「七海、お客さんにバイバイってしなさい。……うんうん、いい子だね」
茜さんは死んだ目のまま、虚空を撫でていた。まるで愛しい少女の頭を撫でるように。
私は舐めていたと実感した。もっと簡単に打ち解けられるものだと思っていた。
でもこれはダメだ……私の手に負えるものじゃない。
私は黙って病室を出て、その後も茜さんに会ったことを氷彗さんには言わなかった。
寝る時まで茜さんの言動は瞼の裏にまで付いてきた。これは一生、私を縛る気がした。
そんな時に足が向かったのは、卑弥呼さんのお墓だった。
「壱与さんなら、きっと……」
私は1人で、歴史の叡智が詰まった場所へ踏み入れた。




