042 月と太陽
愛知へ派遣したゾディアック構成員3名のリストを見て、私は口角を上げた。
月明かりに照らされる東京。魔法省の大臣室にて飲むワインは格別ですね。
「さて、隠れられるのはあまり好きじゃないので出てきてもらってもいいですかね?」
「……さすが、衰えていないようで。月様」
私の言葉に反応したのは人間に備わっている顔の器官のうち、耳のみを有した生物だ。とはいえ話すことはできるし、私の顔も認識できるようです。
「今は伊月です。古い名で呼ぶのはやめてください。あなたは確か……炎魔天でしたか?」
私の問いに無言で肯定を表す炎魔天。白天七柱が一柱。姉上が作り出した化け物です。
「あなた方が私の側についてくださり光栄ですよ。私1人ではどうすることもできなかった」
「勘違いしないでいただきたい。我々はあくまで卑弥呼様のしもべ。月様のしもべではございません」
「わかっているよ」
あぁ……今の私を見たら、姉上はどう思われるだろうか。褒めて手を差し伸べてくれるでしょうか。
ついワインが進んでしまいますね。今日は……よい夢を見られそうです。
時は……約1800年、遡る。
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「月ー! 月はおらぬか?」
集落の中でも特別大きな竪穴住居から声が響く。
私は姉が大声を出して呼ぶ男のことを信頼してはいない。どこか少し、危険な匂いがするからだ。もちろんそんなこと本人にも言わないし、月様に信頼を寄せているお姉さまにも言えない。ようは一人で抱え込んでいるのです。
「はいはい、ただいま参りましたよ。姉上」
竪穴住居の一つしかない入り口から入ってきたのは見るからに好青年。誰もが認める色男、月様だ。
そんな皆から好かれる月様でも頭が上がらない私のお姉さま。そう、この国の女王、卑弥呼様は「遅い!」と叱るように鼻を鳴らした。
「はいは一回で良いわ! して月よ、魏に送った使者はいつ戻る?」
「せっかちですね。つい先日送ったばかりでしょう」
「妾がせっかちじゃと? ずいぶんな物言いじゃのこのこのこの!」
「痛い痛い! 痛いよ姉上!」
卑弥呼お姉さまが月様の首を絞め、頭に拳をぐりぐりと押し付けている。私はその様子を見て微笑むしかなかった。
ちなみに月様は私と違い、本当に血縁の上での卑弥呼お姉さまの弟だ。政治のほとんどを卑弥呼お姉さまより一任されている。
私にとってはそれが羨ましく、妬ましくもある。
複雑に混ざり合う感情を持ちながら姉弟のやりとりを見ていると、卑弥呼お姉さまは私を見て笑った。
「なんじゃ壱与、お主もやって欲しいか?」
「そ、そんなこと……ってあぁお姉さま! 痛いですぅ」
「ははは! 愉快じゃ愉快じゃ」
私を月様の逆の手で痛めつけるお姉さま。といっても私への攻撃はかなり優しい。そこのところはしっかりされているお姉さまだ。
「さて、お主らを呼んだのは他でもない。外敵についてじゃ」
外敵とはどこかより現れる白い化け物のこと。それを退治できるのは私やお姉さまのような鬼術を使う鬼女のみ。
お姉さまは倭の鬼女をまとめる総大将でもあった。
「知っての通り、ここのところ外敵の出現数が多い。そこでじゃが、妾が捕らえた7体の外敵に妾の鬼力を注ぎ込もうと思う」
「な、なんのためにですか?」
「わからぬか? 妾の管理下に置く。情報を引き出しつつな」
お姉さまはいつも私の想像の上をゆく。本当に、雲よりも高い存在だ。
「そんなに上手くいくかな? 姉上の鬼力をすべて取られるだけで終わってしまうかも……」
「そうなったら妾と壱与で殺せばよい。できるな? 壱与」
「は、はい! もちろんです!」
私はこの国でお姉さまに次ぐ鬼女の2番手。そう簡単に負けることはないと自負していた。
「ならば今から外敵に鬼力を注ぐ。二人とも着いてまいれ」
「「はい!」」
立ち上がった卑弥呼お姉さまに着いて行こうとすると、ふと月様が口を開かれた。
「あの姉上、なぜ私は"月"と呼ばれるようになったのですか?」
「ふふ、決まっておろう」
卑弥呼お姉さまはにっと笑い、私と月様を見つめた。
「妾を照らすたいよう(た壱与う)と月。これからも頼むぞ、2人とも」
その言葉を聞いて心臓が跳ねた。私の人生はやはり、お姉さまと共にある。
ならば支え合わねばなりませんね。少し怪しげな匂いもしますが、月様とも手を取り合わねば。
私は覚悟を決め、歩を進めた。




