035 訃報と就任
『昨日未明、奈良県にて魔法大臣である工藤かず子氏54歳が何者かに刃物で刺され、遺体で発見されました。警察は犯人の特定を急ぐとともに、近隣住民への聞き取り調査を行っています。また、魔法大臣の後任には宮内庁長官である伊月秀斗氏が務める方向で政府の意見が一致しています。繰り返します……』
氷彗さんとデートをして、有馬さんと出会い、幸ちゃんと訓練をした次の日。朝、ニュースで流れたのはそんな訃報だった。
「そんな……大臣が……」
「…………………………」
氷彗さんは口を開こうとはしない。必然的に私たちの部屋には沈黙が走る。
そんな沈黙を破ったのはコンコンという扉をノックする音だった。
「氷彗、愛梨、入ってもいい?」
この無機質な声。間違いなくブラッディさんだ。
「氷彗さん、どうしますか?」
「……いいわよ。入りなさい」
氷彗さんの許可を得たブラッディさんはゆっくりと扉を開け、私たちの部屋へと入ってきた。
こんな重い空気だ。私も今日ばかりは学校をサボろうと決意する。
「氷彗、愛梨。今までありがとう」
「……何の挨拶かしら?」
「別れの挨拶。私は今日、ルーマニアへ帰る」
「えっ!?」
早すぎる! まだまだブラッディさんの留学期間は残っているはずなのに!
「どういうこと? あなたはまだ日本に来てやっと3日目じゃない」
「日本政府、魔法省から通達が来た。『ルーマニアに帰れ』と。どうやら私は厄介者らしい」
「な、なんでブラッディさんが厄介者扱いされなきゃいけないんですか!」
私は納得がいかなくて立ち上がった。ブラッディさんは優しい人だ。なぜ魔法省が突然厄介者扱いをするのか、まったく理解できない。
「……おそらく新大臣の伊月は」
「えぇ。あなたの予想通りの思想を持つ男よ」
「……そう」
ブラッディさんはひどく悲しそうな顔をした。伊月っていう新大臣がどんな人かはわからないけど、氷彗さんとブラッディさんにとっては大きな問題らしい。
「見送りはいらない。氷彗と愛梨が伊月に目をつけられても困る」
「そうね。その方がいい。ただ……一つ。あなたのこと、嫌いじゃなくなったから。それだけは伝えておくわ」
あはは……まぁ氷彗さんなりのデレだね。
「それなら良かった。これから距離が離れていても、ずっと同じ志を持っていてくれると嬉しい。それから愛梨、あなたは強くなれる。いつかまたどこかで会おう」
「はい! もちろんです、ブラッディさん!」
私はブラッディさんの元へ駆け寄り、手を握った。少し冷たい手をしているのは氷彗さんとよく似ている。
「じゃあね。2人とも。最後に氷彗、できれば日本でも味方を増やしておいて欲しい」
「えぇ。わかっているわ」
ブラッディさんは氷彗さんと目を合わせて互いに頷き、満足そうな表情をして部屋を出ていった。
ブラッディさん……ありがとうございました。
「それにしてもブラッディさんが緊急帰国しないといけないほどの伊月という人、どんな人なんですか?」
テレビで見ただけの印象ではただの好青年だ。こんな若くして大臣になったのだから凄いとすら思える。
「一言でいえば好青年よ。ただ……腹に抱えているものは私には隠せないわ」
「腹に抱えているものですか……」
ピーーーーンポーーーーン
魔法少女寮にチャイムが鳴った。全体への呼び出しだ。
『ニュースの通り、工藤かず子氏が亡くなりました。その追悼式を行います。魔法少女たちは9時に魔法少女センター跡地へ集まってください』
9時にって……あと30分もないじゃん!
「行きましょうか、氷彗さん」
「えぇ」
氷彗さんの顔が、ほんの少し暗くなった気がした。
キングの死は魔法少女にとって大きなダメージになるかもしれない。私はそう思ってしまった。
喪服に着替え、外に出る。
魔法少女センターだった跡地はもう綺麗に瓦礫がよけられていて、いつの間にか次の魔法少女センターを建設するための建築会社によるプレハブが建っていた。
技術力の高さに感心しながら氷彗さんの後ろについていると、同じく喪服を身に纏った風香さんと幸ちゃんに出会った。
「氷彗ちゃん、今回は……」
「中谷先輩、慰めの言葉は結構です。憧れの人だったのは確かですが……あの人と同じクラス6の魔法少女になった以上、憧れの感情も不要です」
「そう……」
そっか、大臣は氷彗さんの憧れだったんだね。人一倍落ち込んでいる理由がよく分かったよ。
「みな、ここに整列!」
おじさんの叫び声が聞こえた。
声の主の方を見ると、魔法少女になって初めて来た時に見た以来の須藤室長が立っていた。
須藤室長に従って、列を作って待つ。まるで小学校の朝礼みたいだ。
「えー、ニュースになっている通り、工藤大臣が亡くなった。死因は刃物による刺殺。犯人はまだ特定されていない」
それはニュースで聞いた通りの内容だ。みんなを集めたということは何かわけがあるはず。
「そして今日、ここに新たに魔法大臣に任命される伊月氏が立ち寄ってくださった。では伊月さん、どうぞ」
伊月という言葉を聞いて、氷彗さんの肩がピクリと動いた。
ブラッディさんを返した人……一体どんな人で、どんな考えを持っているんだろう。
壇上に上がった伊月さんはテレビで見た通りの好青年だ。でもなんか……どこかであの顔、見たような気も……?
「うっ……!」
「愛梨?」
「ごめんなさい。ちょっと一瞬頭痛が」
「そう? 持続するようなら病院に行きなさい」
「は、はい」
おかしいな……こんな症状出たことないのに。
「皆さん初めまして! 伊月秀斗です。この度、新たに魔法大臣に任命されました。魔法少女センターのエネミー襲撃と大臣の死去。この二つが重なり、皆さんには心労をおかけしています。ですが私が大臣になった今日より、魔法少女はより強く、より競争力あるものに生まれ変わるでしょう!」
伊月さんは手を広げ、天を仰いだ。
こういう集会では人の話を聞かない子も多い。でもみんな、伊月さんの話をしっかりと聞いている。
「どうかこの国を守るため、皆さんの力をお貸しくださいね。皆さんの健康と安全をお祈りします」
そう言って伊月さんは壇上から降りて、どこかへ歩いて行ってしまった。東京に帰るのかな?
伊月さんの紹介が終わると今日はもう解散になった。氷彗さんはいつも通り訓練室に行くのかなと思ったけど、足は寮に向かっている。……やっぱり悲しいのかな。
「愛梨、あなたの力が必要よ。ついてきてくれる?」
「え? 何をしに行くんですか?」
「愛知にいるクラス6の魔法少女を一人、私たちの側に迎え入れるのよ。伊月が動く前にね」
そう言う氷彗さんの目は鋭かった。




