030 復讐の徒
楽しいデート、美味しいスイーツ。
幸せしかないこの空間、私もついつい舞い上がってしまう。
「氷彗さん、スイーツまだまだいけますか?」
「当然。私の別腹は大きいわよ」
他のお店も見て回ろうと立ち上がろうとしたその時、私たちに冷たい声がかけられた。
「楽しそうだね、山吹さん」
ゾクっと背筋が凍る感覚。声に乗せられた感情のすべてを怒りや哀しみといった負のものに支配されているのがわかる。
声の主は知らない黒色で長髪の女の子だ。同い年くらいに見える。
「有馬皐月……」
氷彗さんがポツリとつぶやく。その表情はスイーツと向き合っていた時とは違い、かなり暗い。
「お、お知り合いですか?」
恐る恐る聞いてみた。このまま黙っていられるほど、私はできた子じゃない。
「私の……元妹よ」
その言葉を聞いた瞬間にハッとした。
氷彗さんには私の前に3人妹がいたという。ただ全員漏れなく氷彗さんが引退に追い込んだというのだ。
「山吹さん、その子は誰?」
「……妹よ」
氷彗さんは少し躊躇うように私のことを妹と紹介した。それは照れではなく有馬さんへの申し訳なさから来ているのだとわかる。
「ははっ、山吹さんでも冗談を言うんだ。山吹さんに妹なんて持てるわけないでしょ?」
有馬さんの乾いた笑いと、哀憎合わさった言葉に私たちは黙るしかなかった。
その沈黙を肌で感じた有馬さんは目のハイライトが消えるように虚空を見つめていた。でもしっかりと体は私に向いている。
「……嘘でしょう? あなた山吹さんの妹なんだ」
「は、はい。そうです……」
「山吹さんが、山吹さんの妹と楽しくスイーツを食べているんだ。へぇ……」
目があった時、ようやく気がついた。カエルを睨む蛇のように、有馬さんの視線は凍てつくほどの冷たさを持っていると。
「私にはあんな表情、一度も見せなかったのにね」
「……もういいでしょう? あなたの恨みはわかっている。それを私は自覚したところだし、今さら謝罪をして取り返せるものでもないのはわかってる。でももうこれ以上私たちの時間を壊さないでくれるかしら」
氷彗さんは有馬さんに向かって厳しめの言葉をかけた。
たしかに氷彗さんは私との一件以来、過去の自分を反省している。それはよくわかっている。でもそれは有馬さんには伝わることではない。
「ふふっ、楽しそうにしている山吹さんを見たらイジメたくなっちゃったの。ごめんなさい。次は……」
そう言いながらカバンの中に手を突っ込み、取り出した物に私と氷彗さんは驚愕した。
「魔法少女として、恨みを晴らすからね」
有馬さんが握っているのは白い半月状の板。私たちも携帯している、魔法少女になるための変身装置。マギア・ムーンだった。
「あなた……どこでそれを手に入れたの?」
「ふふっ、国営の魔法少女になることだけが魔法少女になるための道じゃないんですよ」
「まさか……あなた手を出したんじゃないでしょうね」
「そのまさかです」
何のことを言っているのかわからない。ただ氷彗さんの言葉に心配と驚きが混ざり合い始めたのは肌で感じ取れた。
「民間魔法少女団体、ゾディアック。いつか山吹さんを妹の前で泣かせてあげますよ。強くなったこの私がね」
そう言い残して有馬さんは名古屋の街へと歩いて行った。もちろん私たちは追うことなんてできない。
「ひ、氷彗さん! ゾディアックって何なんですか?」
「民間の魔法少女団体よ。ただやっていることはカルト宗教と変わらないと聞くわ。まさかあの子がゾディアックに所属する道を選ぶだなんて……」
民間の魔法少女団体があるだなんて聞いたこともなかった。やっていることがカルト宗教と同じって……大丈夫なの?
氷彗さんの顔に困惑と焦りが滲んでいる。それはたぶん、私も同じだ。
完全に壊されてしまった楽しいデート。何かが動き出す序章にすぎないことを、この時の私には知るよしもなかった。




