012 学校再開
結局これといった魔法の名前が思い浮かぶことはなく、1週間が経過してしまった。
氷彗さんからはもう今日からは稽古をつけてやることはないと宣言されてしまう。う〜ん、かなり残念。
ただ、その一方で楽しみなこともはじまる。そう、今日から高校の授業が再開するんです!
まぁでもそれに伴って新たな問題が発生もしてるんですけどね。今まで学校から徒歩5分のところにある賃貸に住んでいたんだけど、これからは名古屋から豊田市に通わないといけなくなった。
愛知県民なら一度は経験したことある……かもしれないけど、名古屋駅から豊田市駅までは電車で約1時間かかる。これが結構苦痛。
「通学時間、1時間越えか〜」
ポツリと部屋で呟いた。それが仇となる。
氷彗さんは読んでいた本を閉じて、珍しく私の方へ体を向けた。
「……魔法少女の身体でいることに慣れなさい。変身して、走って登校」
「……じょ、冗談ですよね?」
「私が冗談を言うタイプだとでも?」
ひぇっ……。
というわけでここは魔法少女センターの屋上。国会議事堂と瓜二つの建物の屋上からは名古屋の街を一望できる気分になる。
私は渋々ポケットからマギア・ムーンを取り出して変身した。袴姿になったら屋根伝いに走り出して豊田市へと向かう。
まず何より怖いのが遅刻。走って名古屋-豊田を移動だなんて正気の沙汰じゃない。人間の体なら間違いなく遅刻してしまうというか、そもそも終業時間くらいに着くような気がする。
ただ魔法少女の身体だとかなり速く走れるし、息切れもそんなにしない。道も好きなようにショートカットできた。
あれ? と思う間に豊田市駅に着いてしまった。目印にしていた電車はまだ到着していない。
時計を見てみると名古屋から出発して30分しか経過していなかった。何と驚きの電車超えの速さだ。
「もしかして氷彗さん……このことをわかっていて……? まさか、ね?」
でもまぁこれは完全にいい発見だ。交通費もかからない上に早い。何もデメリットがない……強いてあげるなら袴で走る恥ずかしさくらい?
そんな小さなデメリットを気にすることなく、私は心を弾ませてトヨタ中央高校の正門を久し振りに通過した。
4階建てだった校舎は3階までに減らされている。その代わりに厚い岩盤のようなものが屋上に備わっていた。あれがエネミー対策ってことかな?
教室に入るとまだ早い時間だったからか、生徒は2人くらいしかいなかった。明日からは出発時間を遅くして大丈夫そうだね。
続々と生徒たちが登校してきて、友人の夏美も小麦色の肌を輝かせながら席に座った。
「おはよう夏美。久しぶりだね」
「ねー。聞いたよ愛梨、魔法少女になったんだって? おめでとう」
「ありがとー! まぐれだったけど、なんとかね〜」
決して「良かった」なんて口に出さない。そのまぐれというのが67人の犠牲者の上に成り立っているのだから当然だ。
「先生も期待してたよ、『もう学校に魔法少女がいるのなら安泰ですな、ハッハッハッ』ってね」
夏美は声のトーンを落として校長先生のモノマネをする。それがそっくりだったから思わず吹き出しそうになった。
明るい日常が帰ってきた。でも、そうでない生徒もいる。現に朝のHR開始3分前なのに、まだクラスメイトの半分くらいしか集まっていなかった。
担任の先生が教室に入ってきても、その人数が変動することはなかった。
「えー、お久しぶりです皆さん。悲しい事件を乗り越え、こうしてまた会うことができたことを嬉しく思います。ただ……何人かの生徒はあの日以来PTSDになってしまい、外に出ることができなくなりました。他にも転校など色々なケースが重なり、35人いたクラスメイトも20人になりました。そのことはどうかご承知ください」
そっか……15人も減っちゃったんだね。
「ただ明るいニュースもあります。桜坂さん、前へ」
「は、はい!」
突然呼ばれたけど、なんとなく予想していたからそんなに驚くことはなく前に出ることができた。
「この度、桜坂さんは魔法少女として新たな一歩を歩み出すことになりました。それでも我が校で勉強を続けてくれるそうです。心強い彼女に拍手を送ってあげてください」
先生から促されたクラスメイトはパチパチと、そこそこ大きな拍手を送ってくれた。きっとまたあんな襲撃事件があっても解決してね、という期待の表れなんだろう。
「桜坂さーん、変身してみてよー!」
「ええ〜? まぁいいけど」
クラスメイトに言われて、ちょっと悪い気はしなかった私はノリノリで変身してみせた。袴を見に纏った瞬間、クラスから「お〜」という声が漏れる。
「袴いいじゃん。なんか逆に新しい感じ」
「お洒落じゃん? 似合う似合う」
クラスのギャルっぽい、いわゆる陽な子たちからも意外と好評だ。氷彗さんにも褒められたいなぁ……なんて、高望みかな。
私は変身を解いて自分の席に戻り、授業を受ける支度をした。また、日常が戻ってくるんだね。