001 桜坂愛梨
"誰かの救いに、なりたかった"
人を助けて、人を守って、人の笑顔を守る。そんな胸を張れる人に、私もなりたかった。
この世界は常に"エネミー"という脅威との隣り合わせだ。でも、そんなエネミーから人を救ってくれる存在がいる。
それが魔法少女! 誰かの救いになっている、とてもキラキラしてて……私の憧れ。
私もそんな魔法少女に憧れて、今日、15歳になって初めての4月ということで魔法少女試験を受けにきました。これで私も魔法少女の仲間入りです!
「えー、桜坂愛梨さん」
「はい!」
私の名前が試験官に呼ばれる。しっかりとした返事をして、これからの自分に胸を弾ませた。
「残念ながら不合格です。また来年、お待ちしています」
「え……」
えええええっ!?
〜愛知県立トヨタ中央高等学校〜
「やだやだやだ! 魔法少女になりたい!」
不合格通知を握りしめながら私、桜坂愛梨は机に座りながら手足をバタつかせた。
一個前の席に座る、まだ5月だというのにすでに小麦色の肌になっている友人はそんな私の桃色ツーサイドアップの髪をいじりながら引き攣った笑いを浮かべている。
「駄々こねるなよー、もう高校生だろぉ?」
「……高校生とこれとは関係ないもん」
15歳になっての4月。ようやく訪れた魔法少女になるチャンス。それを私はふいにしてしまった。
魔法少女になる試験は体力テスト、学力テスト、そして魔法テストの3部構成だった。もちろん人間は魔法少女への変身なしで強力な魔法なんて使えないから、指先から水を出すとかその程度でいい。
だから受かったと思ったんだけど……学力がダメだったのかなぁ。
机に伏してぶつぶつ言う私を見守る友人は覗き込むようにして訪ねてくる。
「どうして愛梨は魔法少女になりたいのさ。あんな危険な仕事、アタシならいくら給料がいいからってやりたくないけどね」
「だって……人のためになる仕事だから。私も人のために頑張りたい。昔、私を助けてくれた魔法少女さんみたいに誰かを助けたいの!」
「お人好しだね。まぁ頑張りな」
友人は先生が教室に入ってきたことを確認すると手をひらひらと動かして適当な言葉を使って私を励ました。
もう少し親身になってよ! と抗議したかったけどこの先生怖いから、教室に入ってきた段階でもう無駄話はできない。
1時間目は数学。……魔法少女試験にも出題される科目だ。
魔法少女になるためには基本的にあと1年待たないといけない。だから私は今日くらいサボってもいいか、と思って頭のスイッチをoffにした、その時だった。
グシャッ。
あまりに安っぽい音。
タルトを作る時に失敗して、クッキー生地を割ってしまったような、そんな音。
そんな陳腐な音で、私たちの高校にポッカリと穴が空いた。
「えっ……」
気がつけば上は天井でなく、空を映していた。4階建てのトヨタ中央高校で、3階にある1年生教室から空が見えるなんてあり得ない。
空が見えるのだとしたらそれは……4階が、消し飛んだということを意味する。
一瞥できる空にはぽっかりと黒い穴のようなものが空いており、そこから白くて丸い化け物がこちらを覗いて笑っているようだった。
"エネミー"。
古来から人々を苦しめてきた未知のモンスター。人である以上、この生物との争いは避けられない。
私の人生でエネミーを見るのはこれで2度目だ。
「に、逃げろぉぉぉお!!」
先生の叫びによって、生徒たちは一目散に教室を飛び出した。それを確認したエネミーはニタっと笑って黒い穴から出てくる。
不自然なくらい白い体に、魚のような胴体。そしてゾウのような手と足にまん丸の目と大きな口、さらには長い尻尾。気持ち悪いと言わざるを得ない、典型的なエネミーだった。
半壊した教室からみんな逃げ出そうとするけど、下手に動いたらエネミーの餌食だ。それはこの世界に生きてきたら習うこと。でも不思議とみんな有事の際にはそれを忘れて逃げ惑ってしまう。
私の中に、それほど恐怖心はなかった。だって信じているから。憧れている、彼女たちの存在を!
エネミーが手を伸ばし、先生を掴もうとしたその時、橙色と黒色の光が視界の端で光った。
次の瞬間エネミーの身体は吹き飛び、一度穴へと逃げ帰っていった。
いつの間にか尻もちをついていた私の前に降り立って、ヒラヒラの衣装を風に揺らす少女2人。そう、彼女たちは……
「お待たせ。魔法少女、ここに推参!」
「あとはお任せください」
私の憧れ、魔法少女だ。
1人は茶髪ロングの活発そうな女性。もう1人は黒髪ボブの大人しそうな女の子だ。
魔法少女はすぐに光になって空へ飛んでいく。早すぎて目に追えない!
「サポートA! 『エアショット・ワン!』」
「サポート! 『エアリング・バインド』」
茶髪の女性が風の攻撃魔法を使って、黒髪の少女がそれが確実に当たるようにエネミーを拘束した。
穴から再び顔を覗かせていたエネミーは顔を歪ませ、風のパンチを受ける。口から紫色の液体を垂らしているけど、たぶんあれは血だ。
「よし、追い込むよ」
「はい! ……えっ」
「……!? 危ない!」
思わず叫んでしまった。黒髪の子の顔を、いつの間にか移動したエネミーが掴んでいる。そして投げ飛ばして校舎へ墜落。私の目の前へと転がってきた。
少女の頭からは鮮血がドクドクと流れ出ている。このままじゃ魔法少女と言えど命が危ない。
「美空! ……はっ!」
茶髪の女性の方は完全に気を取られていて、エネミーの接近に対して反応がコンマ数秒遅れた。この世界ではその誤差が命取りになる。
茶髪の女性は魔法の発動を試みるけど間に合わずにエネミーの尻尾による打撃をお腹に受けて吹き飛んでしまった。
そんな……魔法少女が負けるなんて……
エネミーは笑って勝鬨を上げているようだった。そして口を大きく開いて、何かを溜めている。光のように見えるそれはきっと遠距離攻撃だ。たぶん、校舎を吹き飛ばしたのもあの攻撃だろう。
今度あの攻撃を受けたら校舎も生徒も目の前にいる魔法少女もみんな死んでしまう。黒髪の少女は変身が解けていて、ただの少女に戻ってしまっていた。その手には大事そうに白くて薄い、半月状の何かが握られている。
これは……魔法少女への変身装置だ。勉強したからわかる。
魔法少女試験に合格した者はまず変身することから訓練が始まる。通常、4ヶ月ほどの訓練を経て魔法少女になれると習った。
私は無意識のうちに変身装置を黒髪の子から奪い取っていた。そして願いを込める。
お願い……試験に落ちた私だけど、こんなどうしようもない私だけど、どうか……どうか……!
「みんなを助ける、力を!」
叫んだ瞬間、白くて薄い半月状の板が桃色に光り輝いた。そしてその光は私を優しく包み、ブレザーから魔法少女の装束へと変貌する。
驚いている場合じゃない。とりあえず今は……エネミーの攻撃をどうにかする!
魔法の使い方なんて習っていない。変身できただけで奇跡だけど、お願い神さま!
「2連続で奇跡を起こして! 『私の魔法!!』」
手をエネミーへ向けて伸ばすと、手のひらから桃色のレーザー光線が照射された。
エネミーの顔に桃色の光が直撃し、溜めていた光を空中に撒き散らす。よかった……みんなを、守れたんだ。
ただ、エネミーはよろけただけでまだ生きていた。絶望的状況。もう一度奇跡を起こしてなんて厚かましいこと、言ってられる状況じゃない。
泣きそうになる、そんな時だった。
水色の光が視界の端から飛んできて、次の瞬間エネミーは真っ二つに割れてしまった。
「……え?」
エネミーを倒したのは水色ポニーテールの少女。エネミーを一瞬で討伐したと思ったらどこかへ電話をしているみたい。
私は一瞬で緊張が解けて、意識が遠のいていった。
……これ、夢なのかなぁ。
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