終~ 天界の鳥 其の弐~
遺体が運び去られていったあと、女を引き立ててきた若い兵士が血だまりに歩み寄った。
彼はいるはずのない魚がそこで踊るのを見たのだ。しばし不思議そうに眺めた後、あっと叫んで手を伸ばす。いぶかしむ輩の声に慌てて立ち上がったとき。赤く染まった手には小さな鱗が握られていた。少なくとも彼はそう信じた。
そして兵士は兵士ではいられなくなった。
※ ※ ※
若者は意外に節くれ立って逞しい老人の手を見つめる。そして。
「彼は、彼はそれで幸せだったのですか」
急きたてられるように早口で問うた。
語り部はゆっくりと首を振る。
「さて……」
若者は焦れたように続ける。
「あなたはどう思われますか、呪いなのでしょうか。祝福なのでしょうか。それは……人として」
必死な様子に、語り部はすこし微笑んだ。
「それは大仰な……。それは、ただ、そうあるというだけのことでしょう。呪いでもなく。祝福でもなく」
若者は物足りなそうに、頬をゆがめ唇をかむ。
老人は愛おしげな表情になった。
「まあ。なんと。詮無いことを申しましたな。これは私がそう思うだけのこと。あなたには、また違うやもしれない」
黙り込んだ若者に深く礼をして、彼は歩き出す。残された若者は途方に暮れたような眼差しでその背中を見送った。
老人の答えは、彼を満足させるものではけしてなかった。この世界にあの鳥が存在していることを知ってしまったことが、なにか特別なことでないはずがない。
しかし……。
この苦い焦燥は、いつか彼の語り部のまとうような透明な諦念に代わってくのかもしれない。いかざるを得ないのかもしれない。
悲しい予感は、安らぎへの予感でもあった。
だが、それは今ではない、あきらめきれない苦さを抱いたまま若者はその場に立ちつくしていた。
語り部は細い露地を入り、宿へと向かう。だが、やがてふと立ち止まると、彼は、なにかを確かめるように懐の奥に手を差し入れた。
再び現れた手は、何か小さなものを持っているかのような形をしている。
視線が指の間に落ちる。老いた顔に、悲しみとも慈しみともつかない不思議な表情が浮かんだ。
その時のこと。
幾人かの者は、語り部の手の中で、何かが銀色の光をはじくのを見た。
昔々に書いた、いろいろと気恥ずかしい、と、同時に思い入れもある作品です。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。