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天界の魚  作者: mizuki.r
2/5

一つめの話 ~天空の花~

この話の一話目は「序 ~天界の鳥 其の壱~」 になります。

まだの方は、そちらからお読みください。 

 いつの日か。傾きかけた帝国があった。

 遙か昔に権勢を誇ったものの、今となっては首都の周りに、わずかばかりの領土を有するにすぎない弱小国だ。しかし、その都の壮麗さは、過ぎし日の栄光を思わせるに足りるものであった。

 その近くの国に、ある時、一人の若い王が立った。

 彼は、勇猛な民を一つにまとめ。周辺の部族をきり従え。人にとっては短くはない、けれどさほど長くもない歳月を経て、若くはない。けれど、強大な力を持つ大王となった。

 その結果、彼の領土は帝国と境を接するようになった。

 衰えたとはいえ名にしおう帝国である。

 己の力を多くのものに知らしめるために、攻めてみるのもいいかもしれない。そんなことを覇王は思った。

 だが、歳月が王をしたたかにしていた。

 強大な力をもってすれば、やみくもに攻めずとも、相手を従えることもできる。そのことを今の彼は分かっていたのだ。

 一人の使者が帝国に送られた。

 彼の携えた帝への親書には、さほど害のなさそうな要望が記されているだけだ。

 王は、塔の中を見ることを望んでいる。と。

 それは帝都のはずれ。帝の住む城よりも高い、巨大な煉瓦の建物のことである。

 建てたのは、遙か昔に帝国を広げ、都をその地に定めた古の帝だといわれている。だが、何のための建物なのかはまるで知られてはいなかった。

 中に入ることができるのは、時の帝ただ一人。そう言われていることすら、真実なのか、伝説なのか。外つ国の者には定かには分からない。

 人々の口に上る噂によれば、その中は庭園になっており、空を舞う花が密かに育てられているのだとか。

 その証拠に、かの塔には太陽を遮らぬよう天井が作られていないのだ。

 こんなことを言う者もいた。

 しかし、実のところ。塔は高すぎて、外から見ても、その言葉が真実なのかどうかを確かめることさえできない。

 また、一方でそこは生け贄の祭壇なのだと言う者もいた。

 帝の権力を支えてきた古き神々のもとに、罪を犯した者たちが人知れず捧げられているのだと。

 その中をこそ。ぜひ見たい。

 そう覇王は望んだ。

 帝国の主以外には、立ち入ることの許されない禁断の塔。その扉を開かせることで、戦をすることなく、己の力を示そうとしたのだ。

 もちろん、素直な好奇の思いもあった。

 今となっては王に抗う術も持たない帝国が、さして実害のあるとも思えない王の希望を拒絶するとも思えない。使者を送った王は、結局は要求が通るであろうと思っていた。

 しかし、戻ってきた使者が伝えたものは拒絶だった。

 開くことはかなわないと。

 国が滅びるときの他はけして開いてはいけないと伝えられた塔であるが故に。

 もちろん、帝国もただ拒んだわけではない。

 丁寧な詫びの言葉が記された書状と共に、送られてきた物は。

 特殊な技術で磨き上げられた宝石。細かな模様を織り上げた絨毯。白銀の食器。複雑な文様を描き出すモザイク。他国ではとても生み出すことのかなわない、高い技術によって作られた品々ばかりだ。

 だが、そんな品々では王の気は済まなかった。あるいは、そんな品々が贈られてきたからこそ、よけい王は激昂したのかもしれない。

 古いというだけしか価値のないしきたりを曲げようともせず。品物でなんとかごまかそうという、老いた国の老いた姑息なやり方が気に障ったのだ。

 従わぬのなら攻め滅ぼす。

 都が落ちたのは、王が心を決めてから、季節を一巡すらしない夏の日のことだった。


 悲鳴。炎。青銅の打ち合う音。血の臭い。兵士の歓声。

 宰相の遺骸を横にして王の前に頭を垂れた時の帝は、かつての王がそうであったように若い。けれど、都と同じくらいに老いて疲れ果てた若者だった。

 あなたをないがしろにしたわけではありません。ただ、祖先よりの言い伝えに逆らうことができなかっただけなのです。 

どちらにしても同じこと、われは塔を開く。

 帝はなおも塔を捨て置くことを懇願したが、聞き入れられるはずもない。

 王は青ざめた青年帝を伴い、かの塔へと向かった。

 しかし、中に入ることはたやすくはなかった。人が使えるような扉がしつらえられていなかったのだ。

 はるかな高みに、人一人くぐり抜けられるかどうかの小さな板戸がもうけられていたが、その向こうには降りるための階がない。

 だが、王には力強い部下たちが居た。

 壊せ。

 お願いです。止めてください。

 だが、敗残者の言葉は無視される。

 屈強の男たちが、古びた日干し煉瓦の上に槌を振るった。

 やがて開いた穴の向こうに、初めて見る大きな草が生えていた。

 人の胴体ほどもありそうな巨大な葉と、頭ほどもあるつぼみ。しかし、やせ衰え、力無い薄緑をしている。ふさがれていない上方から注ぐ日の光とわずかな雨水でかろうじて生き続けていたのだろう。

 なぜこんなものを大切にしまい込んでいるのだ。大きさの他にさして変わったことがあるとも思えぬが。

 控えていた学者が進み出る。

 おそらくこれが天空の花でしょう。言い伝えによれば。花が空を舞うのは一年に一度だけのことなのだそうでございますから。夏至の近くに、このあたりでは大風が吹きます。そのときに風の力を借りて、深紅の花が空を覆うのだとか。

 夏至か。あと数日だな。

 そのとき俯いていた帝が、しわりと顔を上げた。

 この命。その日までだけ長らえさせてはいただけませんか。封じられていたこの花が再びこの都の空を覆う様を、我が目で、この場所で確かめたいのです。

 よかろう。

 そう答えたのは慈悲からばかりでもなかった。高貴な虜囚を従えて、空を舞う花を見物するのも悪くないと思ったのだ。


 そして何日かが過ぎ。都に強い風が吹いた。

 亡国の主を伴い、王は塔を訪れた。彼の命によって、すでに壁は大きく穿たれている。

 つぼみはほころびかけていた。清らかに白い花びらが今にもこぼれ落ちそうになっている。  

 帝はいっそうやつれていた。

 親族や臣下の多くが処刑され。残された妻や娘たちが陵辱される姿を見続けているのだ。彼自身とて、王の気まぐれで生かされているだけ。今日より先は、いつ命が絶たれてもおかしくはない。

 だが、日差しをあびて輝く緑は、無情に美しかった。

 強い風にあおられ、太陽の光に照らされ、見ている間にも花は開いていく。

 眩しいほどに白い清楚な花だ。 

 王は首をかしげる。

 深紅と言ってはいなかったか。

 学者はとまどい、口ごもる。

 庭園の元の主が呟いた。

 これから赤くなるのです。

 学者が歓声を上げる。

 東の国には、朝咲くときには白く。夕べ散るときには紅に染まる花があると聞きます。おそらくはそういったものなのでしょう。

 帝は、つと目をそらす。

 しかしその面には、彼がいったいどんな想いにとらわれているのか、慮ることのできる何の表情も浮かんでいない。

 やがて、見事に咲いていた一輪の花が。ふわり。風に乗って葉を離れた。

 揺れて見物客の方へと流れてくる。

 王が歓声を漏らした。

 学者や兵士たちの間からもざわめきがおきた。

 重ねて一陣の風が吹く。

 ふと。帝が焚きしめているのだろう癖のある香が匂い立つ。

 しかし、そのことに気を留める者は居なかった。さらにいくつもの花が舞い上がったのだ。

 すでに風に乗っていた先ほどの花は、いったん帝の方へと流れかけ、緩やかに流れを変えて王の方へと向かった。 

 薄い花びらが、女神の衣の裳裾のように風をはらんで揺れている。

 王は手を差し出した。

 ゆっくりと、その手に花びらがからみつく。

 王は、笑いながらその花を引き寄せ、そして顔をしかめた。

 手を包んだ花びらを引きはがそうとするが、その腕にはさらに花がからみついていく。

 だれか、引きはがせ。

 鬱陶しげ命じる声。

 だが。

 痛いっ。つっ。やめろ。誰か。早く。これを。

 叫ぶ王の姿は、見る間に花に覆われていってしまう。

 あわてて兵士たちが飛びついた。が、花びらは離れない。それどころか、後から浮き上がった花々が、次々に兵士たちを覆っていく。

 兵士は剣を抜いて花びらを切り裂こうとした。

 しかし、たよりなく揺らぐ花びらを切り裂くほどには、彼らの刃は鋭利ではない。

 ところどころから、聞くに堪えない悲鳴が上がった。その中には王の悲鳴も混ざっていただろう。

 ゆっくりと花びらが赤く染まっていく。

 まだ花にとりつかれていない兵士たちは、喚き叫び、我がちに逃げ出した。

 その後をふわふわと白い花が揺れて追う。

 ほどなく全ての花が天空に舞い上がった。

 切ないほどに清らかな天女の舞。

 やがて悲鳴が聞こえなくなり、なまめかしく紅に染まった花たちは、さらに己の紅の色を濃くするために次の生け贄を求めて再び空へと舞い上がる。

 残されたのは、干涸らびた、かつて人であったものの残骸。

 花が全て飛び去った庭園には、しなびた葉だけが取り残されていた。その隙間には、古いものや新しいものや、人の骨が散らばっている。

 一人残った帝は、花に覆われた空を見上げていた。そして、かつて覇王と呼ばれたこともあった残骸にちらりと目を向けると、塔の外周にしつらえられた階段を登り始める。

 その日。都では多くの者が花に食われた。



            ※  ※  ※



 話が終わると、多くの者が不満を口にし、さっさとその場を去った。

 それはそうだ、親が子供に聞かせたがるような教訓に満ちた話ではない。豪傑たちが胸のすくような大暴れをするわけでもない。

 だが、若者は籠の中に小銭を投げた。

 物語だけではなく、声や語り口に、どこかしら引きつけられるものを感じたのだ。

 どこかで聞いたような、懐かしい物語は、しかし、ささやかな部分が異なり、彼の好みとしっくりと馴染んでいた。

「聞いたことの無い話だったが、どちらの国に伝わる話なのかな」  

 語り部は、今、目覚めたかのように彼を見上げた。

「さて、何処の国でございましょう。もう、誰から聞いた話かすら覚えてはいないのです。お客様が、珍しい話と思し召したところをみると、遠い国の話であるか……あるいは話してくれた男の作り話か。ひょっとすると、わたくしの記憶が不確かで、元の話からは随分と変わってしまっているのかもしれません」

 傍らにいた男が、肩をすくめてその場を離れていく。物語ではなく、他国の有り様を伺えるような何かを望んでいたのかもしれない。

 その背を見送る老人の顔には、無邪気なのか、したたかなのか、判別しがたい笑みが浮かんでいる。

 その笑みに魅せられるように、もう一枚小銭を投げ入れる。

「ならばぜひ、他にも珍しい話を聞かせてくれないか。私が聞いたこともないような話を」

 語り部は頷いて背を伸ばした。

「では、もう一つ。出所の不確かな話をいたしましょうか」



残りの三話分は推敲がが終わり次第投稿します。

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