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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生ヒロインは、悪役令嬢の破滅エンドを阻止したい

作者: 翼弥






 初めまして。私はマリアベル。マリアベル・ベルガー。入学と同時に衝撃の出会いを果たし、前世とでも呼ぶべき記憶を取り戻したしがない子爵令嬢です。


 前世の記憶。


 そんなうさん臭いもの、自分以外の誰かに言われたってきっと信じない。信じないから、私も誰にも言わないでいる。だって、



 「この世界は恋愛ゲームの世界で、私はその主人公でみんなから愛される運命なの!」



 なんて。夢見がちな子供でも言わないような夢物語すぎるでしょ。笑い飛ばしてくれるならいいけど、精神病を疑われたら溜まったものじゃない。

 とはいえ、これから何が起こるか知っているからには、なんとかしたいと思うわけで。正直なところ、攻略対象たちには興味がないんだけど、悪役令嬢のエリザベート・アーベルラインは何とかしたい。

 悪役令嬢。つまりは、ヒロインである私のライバルであり、この国の第一王子の婚約者。


 そして、ヒロインを苛めたことを責められ、罪人として国を追われることになる人。


 初めてエンディングを見た時、正直唖然とした。どこかに救いがあると信じて他のキャラを攻略しても、彼女の最後は破滅しかなかった。それまで心ときめいていたはずの攻略対象たちが顔色一つ変えずに断罪する姿を見て、一気に感情が冷めてしまったのを覚えている。

 私には、エリザベートがそこまで酷いことをしたとは、どうしても思えなかった。だって彼女はいつも「礼節をわきまえろ」と注意してくるだけだ。彼女の信者は物理的な嫌がらせもしていたけれど、彼女自身は一切しなかった。むしろ、「品がない」としてヒロインの味方をしてくれることだってあったのだ。

 そんな彼女に、国を追われる理由など一つもない。記憶を取り戻した私がやるべきことはただ一つ。



 目指せ! エリザベート様のハッピーエンドルート!!



 ということで。エリザベート様が悪役にならないよう考えた結果。私の出した結論は一つ。

 悪役だなんて思われる余裕もないくらい、エリザベート様と仲良くなることだった。






















 「ごきげんよう、マリアベル様」



 「ごきげんよう、エリザベート様!」



 馬車で学校に送ってもらうと、ちょうどエリザベート様も到着したところだったらしい。優雅に声をかけられて反射的に笑顔を返せば、エリザベート様はむっと眉根をしかめた。



 「リボンが曲がっていてよ。鏡を見る余裕もないのかしら?」



 ・・・言葉はね、とても冷たいのよ。うん。周りの人たちが一斉に凍り付いたのが私にもわかった。

 でも、みれば確かにリボンが少し歪んでいるのだから、エリザベート様の言うことは正しい。



 「教えていただき、ありがとうございます」



 笑顔でお礼を言ってリボンを直せば、エリザベート様はそれ以上何も言うことなく立ち去って行った。・・・仲良しには程遠いけど、まだゲームが始まって一週間。気を長くしていこう。うん。

 そう決意して、エリザベート様の後を追うように、私も教室へと足を進めた。





















 その日の昼休憩の事。中庭でのんびりと本を読んでいた時だった。



 「やぁ。君がマリアベル・ベルガー?」



 突然話しかけられたその声に、私はイベントが始まったことを理解した。

 ゆっくりと声の主を振り返れば、そこにいたのは金髪の美青年。間違いようがない。この国の第一王子・カール殿下だ。

 エリザベート様の婚約者にして彼女に絶望を突きつける凶悪犯にして、私が記憶を取り戻すきっかけになった人がいた。



 「はい。お初にお目にかかります、カール殿下」



 「ああ、初めまして」



 爽やかな笑顔に、私以外の女性ならば黄色い悲鳴を上げるのだろう。現に、遠くからこちらの様子をうかがっている令嬢たちのテンションが明らかにおかしい。ゲーム内ではわからなかったことも、自分が当事者になるとはっきりわかった。

 正直なところ逃げたい。全力で逃げ出したい。逃げ出したいけど。



 「隣いいかい?」



 「・・・どうぞ」



 これが殿下との出会いイベントならば、きっとエリザベート様が乱入してくるはずだ。遠くの令嬢たちがきゃいきゃいはしゃいでいる中、数人が違う動きをしているし、きっとエリザベート様を呼びに行ったのだろう。

 だとしたら、これは絶好のチャンス。エリザベート様と仲良くなるための手段など選んでいられなかった。



 「何を読んでいたの?」



 「領地の昔話です。兄がくれたので」



 「ウォルフが? 昔話を?」



 「私はまだ領地のことに不慣れですので」



 言い忘れていたが、私には両親がいない。正確には、事故で二人とも死んだ。約半年前のことだ。悲しみに暮れていた私を引き取ってくれたのが、両親とは絶交していたはずの祖父母だった。その時初めて、私は母が貴族だったことを知ることになった。そして引き取られた家で、祖父母が引き取ったもう一人の子供・ウォルフ兄様に出会ったのだ。

 ウォルフ兄様は、一人娘である母が駆け落ち同然に家出した後、家を絶やさないために養子縁組した子供らしい。つまり祖父母とも私とも血が繋がっていないのだが、穏やかで優しい人だった。前世の記憶が戻った今は彼も攻略対象の一人だとわかっているが、半年間の優しさは忘れていない。祖父母の養子なので正確には叔父にあたるのだが、兄として尊敬している。

 だから、本をくれたことは素直に嬉しかった。たとえ子供向けの昔話でも、兄様が私を気遣ってくれたのはわかっている。

 なお、我が家の事情は貴族の世界ではそこそこ有名らしい。貴族の娘が、一般人と駆け落ち。当時はかなりセンセーショナルだったらしく、出戻り貴族となる私も変な注目を浴びている。だからこそ、ゲームのヒロインができるのだろうけど。


 はぁ・・・鬱だ。


 思わずため息をついて、殿下がいたことを思い出し、慌てて表情を取り繕う。が、時すでに遅かったようだ。



 「不服そうだね」



 にこにこと楽しそうに笑う殿下は、いったい何がしたいのか。わからないけれど、無視するわけにもいかない。



 「・・・兄様は私を子供扱いしすぎなのです」



 ため息の本当の理由は隠して言えば、やっぱり殿下は楽しそうに、



 「初めてできた妹が嬉しいんだろう。僕も羨ましい」



 だなんていうものだから。思わず「うへ」と声が出てしまった。

 だって、殿下には弟も妹もいるはずだ。羨ましがる要素なんて一つもないのに、こんなことをさらりと言うのはどういう心境なんだろう。わからなくて怖いんだけど。

 慌てて口を押えたけど、時すでに遅し。恐る恐る殿下の顔を窺えば、先ほどと同じ笑顔にも関わらず、同じには全く見えず。思わず背筋が伸びて、謝罪の言葉を口にしようとした時だった。



 「殿下、マリアベル様」



 「え、エリザベート様ーーー!!」



 現れた救いの神に、反射的に声を荒げる。立ち上がってエリザベート様の後ろに隠れれば、予想外だったのだろう。エリザベート様の驚きが伝わってきた。エリザベート様だけではない。殿下も驚いているのがよくわかる。

 だが、これはチャンス! エリザベート様が冷静さを取り戻す前に、この流れに乗って殿下を追い払わなくては!!



 「あ、あの、私、殿下と話すなんて恐れ多くて・・・エリザベート様、助けてください!」



 前半は若干盛ったけど、後半は素直な気持ちだ。一刻も早く、とにかく助けてほしい。本来であればここでエリザベート様の小言が始まるイベントではあるが、そんなこと知るものか。

 私にはエリザベート様のほうが大事だ!!

 エリザベート様の後ろに隠れながら訴えれば、エリザベート様がしばし固まった。だが、



 「・・・殿下。彼女に何を?」



 「何も? 雑談していただけだよ」



 殿下の言葉を受けて、エリザベート様が私を見た。が、否定も肯定もしないまま縋りついていたら、エリザベート様はいいように解釈してくれたらしい。



 「とにかく、これ以上無様な姿を晒すのは彼女も不本意でしょう。御前失礼いたします」



 「し、失礼いたします」



 エリザベート様に背中を押されて、私も礼を返せば、殿下も引き止める気はないのかひらひらと手を振ってきた。それを許可ととって、私はエリザベート様にくっついたまま、あとを追いかけるようにその場を歩き去る。

 そして、殿下の見えない場所まで来た時だった。



 「マリアベル様」



 「・・・はい」



 歩みを止めるエリザベート様に合わせて、私も立ち止まる。振り返った彼女はまっすぐに私を見て、



 「貴女、私が怖くないの?」



 なんて思っても見なかったことを聞いてくるものだから。こちらがびっくりしてしまった。



 「いいえ、まったく」



 びっくりして反射的に答えてしまったけど、これ少しは怖がらないとダメだったのでは? 返答を間違えたのでは?

 そう後悔するも、もちろんやり直しなんてできないし、エリザベート様の問いかけも止まらない。



 「どうして?」



 「どうして、と言われましても・・・理由がありません」



 「・・・ないの?」



 「ええ、まったく」



 私の反応をどう受け取ったのだろうか。エリザベート様にしては珍しく、額に指を当てて唸っている。そんな姿も様になるのだから、公爵令嬢ってすごいな。

 エリザベート様を観察すること数秒。やがてゆっくりと額から手を下ろす姿を眺めていると、



 「通じそうにないから、ストレートに言いますわ。私、貴女に厳しい言葉しか掛けていないと思うのだけど、どう思っているのかしら?」



 「どう、と言われても・・・優しい人だな、と思ってました」



 「・・・は?」



 わーお。すごい反応。エリザベート様でもこんな表情するんだなぁ。ぽかんと口を開けて、まるで信じられない物でも見るような目で見られても、真実なのだから仕方ない。

 とはいえ、変な誤解をされるのも嫌なので、私はにこりと微笑んだ。



 「エリザベート様もご存じかと思いますが、私は市井の出です。貴族の世界には慣れておりませんし、皆様から見れば非常識なことも多々ありましょう。エリザベート様には不本意かもしれませんが、貴女のしてくださる忠告が私にはとても嬉しかったのです。感謝することはあれど、怖がることなどありえません」



 何せ貴族の常識というのは、庶民の私には聞いたこともないものばかりだ。挨拶は「ごきげんよう」だし、話しかける順番とかあるし。正直、理解できないことが多すぎる。伝統って怖い。

 けど、それらは家で過ごす分には不要なものばかりで。一応マナーは教わったけど、いきなり現場に出されてすぐにできるようなものでもない。他の貴族たちは笑うだけで済ませる「非常識」を教えてくれるのは、エリザベート様だけだった。ゲームの中のヒロインたちが、どうしてこれを「苛め」だと認識したのか、本当に理解できない。

 私の説明を聞いて、エリザベート様はきょとりと目を丸くした。そのまま数度瞬きをして、フリーズしたかと思えば・・・

 顔どころか、耳まで一気に真っ赤に染まった。ぼふんという音がこちらにまで聞こえてきそうなほど、それはもう一気に。



 「あ、貴女、何を言って!?」



 なにこれ可愛い。え、すごく可愛いんだけど!

 思わず目を輝かせてしまったら、エリザベート様が数歩後退った。しまった。えっと、えーっと・・・



 「もしご迷惑でないようでしたら、今後もぜひ教えていただきたいのですが!」



 前のめりになりながら紡いだのは、無意識のお願いだったけど。

 エリザベート様は真っ赤な顔のままで、



 「仕方ありませんわ、特別ですからね!!」



 なんて言ってくれるものだから。こんなの喜ぶしかないだろう。



 「はい、ありがとうございます!!」



 喜びが全身に出てしまったけど、今更取り繕っても仕方ない。これで一歩エリザベート様に近づけた気がする。この調子でいこう、うん!!





















 「マリアベル。殿下に話しかけられた、って本当かい?」



 その日の夜のこと。兄様に話しかけられた私は静かに頷いた。別に隠すことでもないよなぁ、と思ってたんだけど、兄様はとても渋い顔をして、



 「あの方は珍しいものに目がない。市井上がりのお前が珍しいんだろうが、何を言われても真面目に受け取ってはいけないよ。いいね?」



 「わかりました」



 仲良くする気は欠片もないので大丈夫です! とは、流石に答えるわけにもいかないので、貼り付けた笑顔で頷けば、兄様は安心したように笑って頭を撫でてくれた。

 優しい人なんだよなぁ・・・優しいんだけど、兄様のルートでもエリザベート様は破滅エンドを迎えてしまうのだから、人生何があるかわからない。分岐って怖い。

 まぁ、誰のルートにも乗る気はないので、きっと大丈夫だと思うけど。エリザベート様と少しだけ近づけたことを励みに、明日も頑張るだけだ。


 こうして始まった私の学園生活は、覚悟していたよりもずっと楽しいものとなった。まず心掛けたのは、攻略対象に近づかないということ。兄様は仕方ないとしても、他の人たちには一切近づかないよう徹底した。クラスにも攻略対象の人はいるけど、イベントが発生する場所に近づかなければ、あちらから接触されることもなかった。

 そうすると何が起こるかというと。乙女ゲームにありがちの女生徒の嫉妬を一切受けなかった!! これはすごい!! なぜすごいかというと、ゲーム中にエリザベート様に怒られる理由のほとんどが「男にだらしない」なのだが、それがないのだ。つまり、エリザベート様に怒られる理由のほとんどがマナーや教養についてになるので、とても勉強になる! 嬉しい!!

 とはいえ、こちらは下級貴族。あちらは上級貴族。エリザベート様が他の貴族と話している時は、私が邪魔をするわけにはいかない。なので、第三者が見ると、私はやっぱりエリザベート様に虐められているように見えるらしく。



 「本当にエリザベート嬢に虐められているわけではないんだね?」



 兄様に何度同じことを聞かれたかわからない。そのたびに私は「はい、もちろん」と答えるのだが、いい加減に同じ問答に疲れてきた。

 それ以外はいたって平和な学園生活を送っていたある日のこと。



 「手紙?」



 エリザベート様から直接手渡された手紙のようなものに、私は全力で首をかしげていた。



 「惜しいですわね。手紙ではなく、招待状ですわ」



 「招待状? なんのです?」



 「私の誕生日パーティーのです」



 「・・・え!!」



 エリザベート様の誕生日パーティーの招待状!?

 あった。確かにあったぞ、このイベント。ただし、ゲーム中ではエリザベート様から招待状をもらうことはない。攻略対象から同行者として誘われるだけだ。そしてエリザベート様にすごく嫌な顔をされるイベントなのだが・・・

 エリザベート様から招待状をいただけるとは! え、これ現実!?



 「貴女を招くかどうかは迷ったのだけど・・・これから他の家のパーティーに招待されることもあるでしょう。それならば、初めては私の目の届くところで迎えたほうが、多少の無礼も目を瞑って差し上げられるわ」



 無礼を起こすことが前提! はい、間違ってません!

 早口の説明でも、エリザベート様の気遣いは痛いほど伝わってくる。となれば、私の答えは一つだけ。



 「ありがとうございます。絶対絶対、伺います」



 招待状を大事に抱きしめて返事をすれば、エリザベート様は一瞬だけきょとんとしていたけれど。すぐに笑って「待ってます」と言ってくれたから。

 私はもう、天にも昇るほど嬉しかった。























 公爵令嬢の誕生日パーティーともなれば、それなりに盛大なものとなる。ゲームの中でも、特に豪華なイベントの一つだった。となれば、招かれる側も相当の準備が必要となるわけで。ゲームの中ではほぼ登場しないそれも、現実となれば話は違う。

 まずはエスコートをお願いする人。普通に考えれば兄様にお願いすべきなのだろうが、一人で行くことにした。何せこれはイベント。攻略対象の一人である兄様と一緒に行く、という選択肢などあるはずがない。却下、却下。エリザベート様に一人でもいいかお伺いしたところOKをもらったし、きっと問題はないはずだ。

 もちろん兄様にも言った。大反対された。けど、エリザベート様に許可をもらったことを話せば、しぶしぶ納得はしてくれたらしい。・・・ドレスだの装飾品だのを選ぶ際は、すごく口を出されたけど・・・まぁ、ね。これくらいはね。我慢しますとも。どういうものが正解なのか、私はさっぱりわからないし。

 あとはエリザベート様へのプレゼント選びだが・・・こればっかりは、私に選ばせてもらった。高価なものは無理だけど、小さなアクセサリーくらいならば用意できた。うちの領地の鉱石を使ったペンダント。たぶん、他の貴族の人たちに比べれば素朴な品なんだろうけど・・・私にはこれが精いっぱい。エリザベート様なら、きっとわかってくださるだろう。


 そしてやってきた当日。ゲームのスチルで見るよりもずっと豪華なお屋敷を前に、私は一人で来たことを激しく後悔していた。一緒に来てくれた執事さんの後ろで、見事に硬直してしまった。

 そんな私を放置して、執事さんは淡々と受付に入場券代わりの招待状を渡している。



 「マリアベル・ベルガー様、ようこそお越しくださいました」



 確認が済んで、中に進む許可がでたらしい。ここから先は完全に一人。使用人は受付まで、なんて変なルールを決めた貴族出てこい。



 「お嬢様、どうぞ楽しんできてください」



 笑顔の執事さんに背中を押されるが、内心は戦々恐々だ。うう、怖気づいたら、挨拶だけして早々に帰ってこよう。そうだ、そうしよう。


 ゆっくりと歩き始めた私は、中に入ってまた足を止めてしまった。うっわぁ・・・なにこれ。迫力が違う。

 屋敷の中はまるで別世界だった。天井から吊り下がっている巨大なシャンデリアに、見たこともない装飾品の数々。数百人は入りそうなロビーはダンスホールを兼ねているのだろう。「これ本当に個人の家?」と疑いたくなる広さに、驚くなというほうが無理がある。

 さすがは公爵家。恐ろしいくらいの豪華さに、頭がくらくらしてきた。

 何かを触るのも恐ろしくて、すぐに壁際へと移動する。目の前では参加者たちが続々と入場して談笑してるけど、あの中に入っていく勇気もない。何人かクラスメイトも見かけたけど、以下同文。エリザベート様に挨拶をしたら、ほんとすぐに帰ろう。

 壁際で気配を消すことしばし。私にとっては1時間にも2時間にも思える時間だったけど、たぶんそんなには経ってない時間が経過した時。ふと会場の空気が変わったことに気付いた。



 「エリザベート様だ」



 「殿下がエスコートされているぞ」



 「いつ見てもお似合いだわ」



 聞こえてくる言葉たちから、何が起きたのかは理解できたけど・・・全然見えません、はい。エリザベート様、どこにいるの? みんなが向いてるほうを探せばいるのかな。えー、でもほんと全然見えない、わからない。思わずぴょんぴょん飛び跳ねてしまったところで・・・

 ばっちりと、エリザベート様と目があった。

 笑顔のエリザベート様が、ものすごい勢いでこっちに向かってくる。いや、優雅なんだけど。優雅なんだけど! それであの速度ってどういうこと!? いや、そうじゃない。今はそうじゃない。それどころじゃない!!



 「マリアベル様」



 「ご、ご機嫌麗しく、エリザベート様」



 にっこり笑顔で話しかけてくれたエリザベート様とは対照的に、私の笑顔は若干引きつっていたと思う。そんな私を見てどう思ったのか、エリザベート様はぱっと扇を開いて口元を隠したけど、きっと笑ってる。



 「私の言いたいことはわかっているようで、何よりですわ」



 「はい。以後気を付けます」



 「そうして頂戴。飛び跳ねている貴女を見た時、心臓が止まるかと思いましたわ」



 でしょうねー! 普通の令嬢は飛び跳ねたりしませんよねー! はい、すみませんでした!!

 大人しく謝罪をすれば、ぱたんとエリザベート様が扇を閉じる。そして、



 「それで? 他に私に言うことがあるのではなくて?」



 と言われて。一瞬きょとんとした後に、今日ここに来た意味を思い出した。



 「お誕生日おめでとうございます。この一年、エリザベート様に更なる幸せがありますように」



 何度も何度も練習した言葉を口にすれば、なんとか噛むことなく言い切ることができた。ちゃんとできましたよ、うん!!

 だけどエリザベート様はちょっと不服そうだ。



 「あら、一年だけですの?」



 「今は。来年もまた同じことを言わせてくださると嬉しいです」



 「・・・そう。来年も楽しみにしているわ」



 やっと相好を崩してくれたエリザベート様をみて、私もほっと胸をなでおろす。

 一年。来年の誕生日までに、この方は破滅を迎えてしまう。そうならないように頑張るわけだけど、無事に来年の誕生日を迎えられた暁には、もしかしたら泣いてしまうかもしれないなぁ。

 ・・・って、そういえば。



 「そういえば、殿下はどうされたんです? エスコートされていたのでは?」



 「邪魔だから置いてきました」



 ・・・はい? え、邪魔っていいました、今?



 「用事でもありました?」



 「いえ、まったく」



 用事なんて欠片もないけど、「おいてきた」というのは驚きだ。婚約者同士って、こんなにもドライなものなんだろうか? うーん・・・私にはわからない、かも。ゲームの中でも、この二人はこんなものだった気もしてきたし・・・

 よくわからないなぁ、と思っているその時だった。



 「君がエリィが気に入っているという令嬢かい?」



 「みきゃあ!?」



 急に耳元に響いた声に、思わず変な声がでた。全身が総毛立つような驚きに、反射的にエリザベート様の後ろに避難してしまう。

 そんな私を責めることはせず、エリザベート様は唐突に現れた人に淡々と話しかけている。



 「お兄様、人を驚かすのはやめてくださいまし」



 「ごめんごめん。まさかこんなにもいい反応をするとは思わなくて」



 ・・・お兄様? え、お兄様っていった? 嘘でしょ?



 「マリアベル様、紹介しますわ。私の兄のクルトです」



 嘘じゃなかったー! え、エリザベート様、お兄さんいたの!? ゲームには一切出てこなかったけど!!

 エリザベート様に紹介された人を改めて見れば、確かに雰囲気はよく似てる。少し年が離れているのだろうか。学園に通っている年齢には見えないから、ゲームで出てこなかったのは仕方ないのかもしれない。



 「クルト・アーベルラインだ。よろしく」



 「よ、よろしくお願いいたしま、わぁ!?」



 差し出された手を反射的に握り返せば、ぐいと思い切り引っ張られる。そして行き着いたのは、なぜかクルト様の腕の中だった。



 「うん。エリィが気に入るのもわかる。小さくて可愛いな」



 「ひっ!?」



 「お兄様!!」



 反射的にエリザベート様に助けを求めれば、間髪入れずに引き離されて、今度はエリザベート様の胸の中。



 「マリアベル様が可愛らしいのは認めますが、気安く触れないでくださいませ」



 はい!? え、今、エリザベート様の口からも信じがたい言葉が出ませんでしたか!?

 あ、いや、そりゃあね。ゲームのヒロインの顔なのだから、整っているのは当たり前。綺麗で美しいエリザベート様と対になるようにか、身長だって彼女に比べれば低いけど。

 エリザベート様に言われるとなると、破壊力が違うんです!!



 「ひぇぇ・・・」



 言葉にできない感情のせいで、口から出るのは言葉とも言えない音だけ。おまけにどうしていいかわからず震えていたら、兄妹それぞれと目があった。



 「・・・うん。やっぱり可愛いな」



 「マリアベル様、本当にお気を付けくださいませ。私、貴女にずっとついていて差し上げるわけにもいかないのですから」



 は!? そ、そうだよね。今日はエリザベート様の誕生日のパーティーなのだから、主役はエリザベート様だ。彼女にお祝いを言いたい人はいっぱいいるはずで、私なんかとずっと話していていいはずがない!

 私は慌ててエリザベート様から離れると、



 「大丈夫です。エリザベート様にお会いできて満足したので、恥をさらさないうちに帰ります」



 目的は早々に達したし、私には他に挨拶すべき人もいない。もう少しエリザベート様を見ていたい気もするけれど、攻略対象たちもいる以上、早めに退散したほうがいいだろう。

 決めてしまえば、あとは早い。ぺこりとお辞儀して、この場を辞そうとしたのに。



 「帰れとは言ってません」



 「そうだよ。せめて一曲くらい踊っていったら? 私が相手をしてあげるから」



 なぜか左右から待ったをかけられ、その上思ってもいなかった誘いを受けて、私は首振り人形と化していた。



 「無理無理無理です! 踊ったこともなければ、練習だってしたことないです!」



 何せ、私は一般人。なりたて貴族だ。ダンスなんて縁がなかったし、学園の授業にもダンスはない。一般教養すぎて、今更教えることでもないんだろう。仮に授業があったところで一人だけボロボロの成績になるだろうから、なくていいんだけど。

 だからといって、初めてがエリザベート様の誕生日のパーティーなんて死ねる。無理すぎる。心臓止まる。無理無理。

 なのにエリザベート様と来たら、



 「・・・不本意ですけど、尚更お兄様と踊ってみたほうがいいですわ。この人、ダンスだけは得意なので」



 「そういうこと! いこうか、マリアベルちゃん」



 「え゛!?」



 問答無用とはまさにこのこと。クルト様に無理矢理にダンスホールに引っ張り出されながら、私は死を覚悟した。エリザベート様に助けを求めても、笑顔で手を振られてしまった。うあー、いい笑顔!

 それからのことは・・・うん。思い出したくもない。一晩中クルト様に付き合わされて散々な目にあった、とだけ言っておきます・・・






















 エリザベート様の誕生日パーティーから数日。一晩中クルト様に付き合わされて筋肉痛になった以外は、以前と変わりない日々が続いていた。

 ただし、毎朝エリザベート様と挨拶をする、ということが増えた。ただ挨拶を交わすだけ。それでも、今までは注意がない限り話しかけてくれることはなかったことに比べたら、ずいぶんと進歩したと思う。

 そしてなぜか、エリザベート様の送り迎えにクルト様が同行することが増えた、ように思う。毎日エリザベート様に会っていたわけではないから、確信があるわけではないけど。それでも、使用人でもないクルト様が毎日のように送迎してる、っていうのはやっぱりおかしいと思う。パーティーの日もテンポのいい会話をしていたし、仲のいい兄妹なのかもしれない。

 それ以外は以前と何も変わらない。攻略対象たちのキャラと会うこともほとんどなく、穏やかな学生生活を送ってる時だった。



 「やぁ、マリアベル嬢」



 「げっ」



 ・・・おっと。いきなり殿下に話しかけられたものだから、思わず素が出てしまった。

 口元を抑えるが、時すでに遅い。殿下にはばっちり聞かれていたようで、にっこりと微笑まれた。



 「おかしいな。君にそんな反応をされるほど、話したことはないはずなんだけど」



 「あ、はははは。すみません、私のような下級貴族にとっては、殿下は雲の上の人なので・・・」



 「ふーん?」



 にこにこにこにこ・・・え、なにこれ怖い。めちゃくちゃ怖いんだけど。でも走って逃げるわけにいかないし、どうすればいいんだこれ。

 いつでも逃げれるように、気持ちは常に臨戦態勢。思わず一歩後退ったら、殿下は逆に距離を詰めてきた。



 「エリザベート嬢とは普通に話しているのに、今更身分なんて気にするのかい?」



 ・・・は?



 「エリザベート様と貴方が同じだとおっしゃってます?」



 え、そう言った? 言ったよね? 少なくても私にはそう聞こえたけど、本気で言ってるのか、この人は。

 思わず声音低くなった自覚がある。だって、今の私は殿下と話すのはこれで2回目だ。1回目は出会いイベントだったとはいえ、エリザベート様にくっついてすぐに撤退したから、ノーカウントに等しいと思っている。

 その殿下が? ことあるごとに気にかけてくれるエリザベート様と同じ? 正直に言って、何を言ってるのかまったくわからないんだけど。



 「へぇ? 君、そんな顔もするんだ」



 なぜか愉しそうに言われても、こちらとしては不愉快なだけ。思わず顔をしかめてしまったけれど、殿下はなおも言葉を止めない。



 「君がエリザベート嬢と友達だ、という噂があるから、真偽を確かめたかったんだけど・・・その様子じゃ、根も葉もないデマカセというわけでもなさそうだ」



 「・・・え、皆さんには、私とエリザベート様はお友達に見えているんですか?」



 え、今、そう言った? 言ったよね? え、本当に?



 「らしいね。不服かい?」



 殿下の言葉は意地悪だ。何かを推し量っているのだろう、とわかったけど・・・今はそんなことはどうでもいい。



 「いえ。嬉しいです」



 嬉しい。そうだ、嬉しいのだ。やっとここまで来れたのか、と思うと、嬉しさしかない。

 入学当初の私たちは、誰がどうみてもいじめっ子といじめられっ子だった。それが今や、第三者からみてもちゃんと友達に見えているのだというなら・・・

 こんなにも嬉しいことは他にない。



 「・・・ああ、確かにエリザベート嬢が好きそうだな」



 殿下がぽつりと呟いた言葉は、嬉しさでいっぱいの私には聞こえない。崩れそうになる表情を抑えるように頬に手を当て、それでもやっぱり我慢できなくてにこにこしてしまう。

 うん、嬉しい。これからも頑張ろうと強く思える。

 なのに、この瞬間。私は完全に油断していた。



 「殿下、マリアベル様。こんなところで何を?」



 「っ」



 急に現れたエリザベート様に、思わず体が跳ねた。エリザベート様の訝しむような視線を受けながらも、とっさに言葉が出てこない。

 そんな私とは真逆に、殿下はとても楽しそうだ。



 「やぁ、エリザベート嬢。まるで見計らっていたかのようなタイミングだね?」



 「偶然ですわ。それより殿下、彼女に何をしたのです?」



 「何も? 君たちが友人のように見える、って話をしてただけさ」



 「あ、あの、エリザベート様!」



 婚約者同士の会話だ。割って入ってはいけないのはわかっている。わかっているけど我慢できずに声を上げた私に、エリザベート様はわずかに眉間に皺を寄せ、



 「・・・何かしら?」



 「とてもとても恐れ多いとわかっているんですが、あの、私は貴女を友達だと思っていていいのでしょうか!?」



 今、このタイミングを逃せば、きっと聞ける機会はない。そう思って口にした疑問に、エリザベート様は不思議そうに瞳を瞬かせた。



 「・・・おかしなことを聞く子ですわね。ダメとでも言われたいの?」



 「まさか!!」



 そんなことない。駄目だなんて言われたくないと即答すれば。



 「では、そうなのでしょう」



 「・・・はい・・・はい!!」



 直接的な言葉はない。けれど、これで私には十分。エリザベート様の笑顔を見れば、本心なんて明らかだ。

 嬉しすぎて、今度こそ表情が保てなかった。だらしなく相好が崩れているのがわかる。わかるけど、もう引き締めるなんて無理。できない。だってこんなにもハッピーなのだ。耐えきれるはずがない。



 「・・・エリザベート嬢、ほどほどにするんだよ?」



 「あら、なんのことかさっぱりわかりませんわ」



 にこにこ幸せ絶頂の私には、笑顔で交わされる婚約者同士の会話はまったく聞こえていなかった。






















 あれから数週間。今思うと、あの日の出来事は、ルート分岐の条件だったんだろう。何せ、あれからぱたりと攻略対象たちに会うことさえも少なくなり、代わりにエリザベート様と一緒にいる時間が格段に増えた。

 とはいえ、私たちは学年が違う。学校で一緒にいる時間が少ない代わりに、放課後もエリザベート様の屋敷に招かれるようになった。そうなると自然とクルト様とも話す機会が増え、なんだかんだと3人で放課後お茶会をする毎日が続いていた。何気ない世間話をしたり、時々勉強を教わったり、貴族のマナーを教えてもらったり。

 最初は訝しんでいた兄様も、毎日同じことを繰り返せば何も言わなくなっていた。

 なんだかんだと楽しい毎日。そして私はこの日を迎えた。



 エリザベート様の卒業式。つまり、ゲームのエンディングの日である。



 私たち下級生も参加する卒業パーティーは、貴族の学校らしく皆正装だ。つまりはドレス。攻略対象のキャラを同時進行している場合、この時選ぶドレスで最終的に結ばれる人を選ぶのだが、エリザベート様は攻略対象ではない。だから誰向けでもない、以前のエリザベート様のバースデーパーティーの時と同じドレスにしようとしたら・・・

 エリザベート様の家からドレスが贈られてきてびっくりした。流石に送り返そうと思ったけど、



 「私、一度お揃いをしてみたかったの」



 と言われては、拒否などできない。でも、エリザベート様とお揃い。つまり、エリザベート様に似合うドレス。着こなせる気がまったくしない。体格が違うんだから仕方ないけど・・・仕方ないんだけど!! 実際に着てみて落ち込んだのは、私だけの秘密だ。

 気分を取り直して、同じく卒業予定の兄様と一緒にやってきたパーティー会場。ゲームで見た通りの光景に、私は思わず息を飲む。

 見慣れた会場。見慣れた階段。見慣れた踊り場。あそこで、エリザベート様は断罪をされる。人々の注目を一身に浴びて、それでも凛とした姿を崩さずに、前だけを見据えて。

 ・・・大丈夫だ。今日はきっと、そんなことにはならない。大丈夫、だってエリザベート様は何も罪を犯していない。きっと何事もなく今日が終わるはずだと、何度も何度も言い聞かせる。



 「ベル」



 そんな時、ふと愛称を呼ばれて振り返る。この学園で・・・否、この世で、私をこの名で呼んでくれるのは、エリザベート様だけだ。

 予想通り、そこには着飾ったエリザベート様がいた。お揃いとおっしゃってたけど、私のドレスとは微妙に型が違うように見える。けれど、そんなことどうでもよく思えるくらい、エリザベート様はただただ綺麗で。少しだけ、涙腺が潤んでしまった。

 だけどここで泣くのはまだ早い。込み上げてくる感情をぐっと押し殺し、私は笑顔で話しかけた。



 「エリザベート様、ご卒業おめでとうございます」



 「ありがとう」



 ふわりと笑うエリザベート様は、この世の物とは思えないくらい美しい。ああ、この人に毎日のように会ってた日々も今日で終わるんだな、と思うと、寂しさがこみあげてくる。

 でもまだだ。今日はまだ始まったばかり。まだまだ油断はできないと気を引き締める。


 卒業パーティーは、元の時代のような厳かなものではない。だってパーティーだ。楽しむためのものだ。みんなが学生生活の最後を笑顔で締めくくるためのものであり、卒業証書の授与みたいなイベントは一切ない。

 明日からは、卒業生たちはそれぞれの道を歩む。領地に帰る人もいるし、婚約者に嫁ぐ人もいる。エリザベート様も、本格的に王家に輿入れするための準備が始まるのだと言っていた。その前に、学生生活最後の一日を楽しむ日。それが卒業パーティーの本質だ。


 そんな日の大部分を、エリザベート様は私に割いてくれた。いろんな人が挨拶に来たけれど、私が離れようとすると「どこに行くの?」とすかさず引き止められる。そして早々に挨拶を終わらせたら、また私とお話。何とも言えない幸せな時間は、徐々に終わりへと近づいて・・・



 「やぁ、エリザベート嬢。マリアベル嬢」



 殿下が話しかけてきたとき、私は反射的に背筋を伸ばしていた。

 来た、と思った。この人の出方次第で、エリザベート様の今後が決まる。そう思うだけで、緊張で体が強張った。



 「まぁ殿下。ご機嫌麗しゅう」



 「君こそ。相変わらず美しいね」



 笑顔で交わされる挨拶を、私はただ聞いている。けど、ふと私を見た殿下は、きょとりと目を丸くした。



 「珍しいな。同じデザインに見えるけど」



 意外そうな声に、私は釣られるように自分の姿を見下ろした。ああ、やっぱり貴族がお揃いって珍しいのか。

 でもこれはエリザベート様のご要望だし、おかしいことはないはずだ。そう思ってエリザベート様を見れば、彼女は上機嫌ににこにこと笑って、



 「ええ。私の我儘を聞いてもらいましたの。褒めるならベルも褒めてくださいな」



 「そうしたいところだけど、やめておこう。マリアベル嬢がそのドレスの意味を分かっているなら、褒めるよりも祝ったほうがいいだろうし」



 ・・・ん? 今、妙な言葉が聞こえたような?



 「・・・祝う?」



 祝ったほうがいいってなんだ。何を祝うことがあるの?

 鸚鵡返しに紡いだ言葉に、殿下がまた目を丸くする。そして、じとりとエリザベート様を睨み付けた。



 「・・・やっぱり。教えてないな、エリザベート嬢?」



 「これから教える予定でしたわ。無粋ですわね」



 何々? なんか空気が不穏になってきた。断罪ルートとは違うのはわかるけど、え、本当に何・・・?



 「エリザベート様、お揃い以外に意味があるんですか?」



 「ええ。我が公爵家の人間のみが纏うことを許された華押をあしらってありますの」



 「・・・・・・え?」



 今、なんと?

 思わず思考がフリーズした私とは対照的に、エリザベート様はどこまでも嬉しそう。



 「やっと卒業出来て嬉しいですわ。もう何にも遠慮しなくていいんですもの。お兄様も喜んでましたわ。でも貴女を一人で学園に残すのは不安ですし、何事も早い方がいいでしょう? 我が家はみんな貴女を待っていましてよ。パーティーが終わったら、まっすぐうちにいらしてくださいな。お兄様も首を長くして待ってますし、私も」



 「え、え、ちょっと、本当に待ってください。何の話をされているんですか?」



 どこまでも続きそうなマシンガントークに、流石に割って入らずにはいられない。エリザベート様は幸せそうだけど、何を言っているのか全く理解できないのだ。音としてはわかるのに、言葉の意味がわからない。脳が完全に思考を停止している。

 そんな私に助け舟を出してくれたのは殿下だった。



 「端的に言うと、君とクルト殿の婚約の話をしているね」



 婚約。

 え、誰と誰が。君とクルト殿? クルト殿はエリザベート様のお兄様として、君とは・・・



 「もちろん、君のことだよ。マリアベル嬢」



 「・・・・・・ええええ!?!?!?」



 私とクルト様の婚約!? なんで!? いつそんな話になったの!?

 思わず絶叫してしまったけど、こればかりは仕方ない。だって、そんな話一回もでなかった。驚くなというほうが無理がある。だって、本当に・・・なんで!? いつ!?

 殿下はそんな私の反応をみて、じとりとエリザベート様を睨むと、



 「やっぱりな。本人に内緒で話を進めていたのかい、エリザベート嬢」



 「仕方ありませんわ。ベルは市井上がりで、こういうことに不慣れでしたし。あ、ベルガー家のご当主には許可をいただいているので、安心してくださいませ」



 「おじい様が!?」



 「はい。我が公爵家からの縁談とあれば喜んで、と快諾していただきました。これで卒業してからも、ずっと一緒にいれますわね」



 エリザベート様はそれはそれは嬉しそうにおっしゃるけど、私にとっては寝耳に水。開いた口が塞がらない。

 そんな私に、殿下はため息を一つついて、



 「だから忠告しただろう。君、本当にあれと友達なのかい、って」



 「・・・・・・まだ思考が動いていないので、言いたいことはストレートに教えていただけると助かります」



 「じゃあ遠慮なく。彼女は生粋の貴族だよ。それも、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れてきた公爵家だ。君は見た目が彼女の好みそうだったから、囲い込まれる前に逃がしてあげたかったんだが・・・友人同士を無理矢理引き裂くのは趣味じゃない。君は全部わかって友情を育んでいるんだと思ったが・・・その反応じゃ、どうも違ったようだね」



 「!!!」



 「悪いが、もう私にも手出しはできないよ。諦めて公爵家で幸せになる道を探してくれ。義理の家族になるわけだし、愚痴くらいは聞いてあげるから」



 え、待って、本当に待って。じゃあ何か。ゲームの中でのエリザベート様が「悪役令嬢」と言われていたのは、主人公には見えないところでいろいろとやらかしていたということ? ヤンデレ的にヒロインを気に入っていて、殿下たちはヒロインに知られないよう、いろいろと守ってくれていた・・・と。そういうことなの!?

 呆然としている私の肩を、ぽんぽんと殿下が叩いてくれる。まるで慰めるような仕草に、なんでこの人の話をちゃんと聞かなかったんだろう、と思うけれど、もう遅い。



 「これからもどうぞよろしくお願いいたしますわ、お義姉様」



 目の前でエリザベート様がにっこりと笑う。それはそれは綺麗な笑顔で。

 対する私は、あまりにもいろいろなことが一気に起こりすぎて・・・ぐるぐると視界が回ったかと思えば、そのまま気を失っていた。




















 ロード! やり直し! やり直しをさせてください!! 誰かーーー!!





















(了)



補足。

マリアベルは攻略対象の中では、兄であるウォルフが一番好感度が高いです。

ただし、攻略対象を除くと、毎日お茶会をしていたクルトがダントツで高くなってます。

エリザベートとクルトは好みが似ており、「マリアベルを手放したくない=他の家にやりたくない」という発想で誕生日のパーティに招待し、兄に会う機会を作り、予想通りクルトが気に入った後から、結託して囲い込みを始めてます。

カールやウォルフはそれに気付いているのでなんとかしたいと思ってたけど、マリアベル本人に聞く気がなかったため、何もできずにこの結末になりました。

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